お隣の女優とご褒美の話


長かったテスト期間が終わった。

僕は今回のテストに確かな手応えを感じていた。

苦手だった数学も彼女のスパルタのお陰か自信を持って解答欄を埋める事が出来ていた。

点数の方は期待して良いだろう。

僕はそう考えながら、この後の予定を話し合うクラスメイトを尻目に帰路についた。


スーパーに寄ってから帰宅し、夕食の準備をしているとインターフォンが鳴った。

僕は料理の手を止め、玄関に向かう。


「今晩は、水野さん」


「今晩は、隼人君。お邪魔します」


彼女は靴を揃えた後、手を洗うために洗面所に向かった。

僕はその間に盛り付けをし、夕食の準備を進める。


「今日も美味しそう〜 良い匂い!」


洗面所から戻って来た彼女は顔を綻ばせて椅子に座った。


「じゃあ、食べましょうか」


「うん!」と彼女が頷くと二人で手を合わせ、「頂きます」と言って食事を開始した。


食事を終え、食後のコーヒーの準備をしていると彼女が声を掛けてきた。


「隼人君、部屋から取ってくる物があるから少し待ってて」


彼女はそう告げるとパタパタと部屋から出て行った。

何を取ってくるのだろう。

そう思って思い出されるのはテスト勉強の為に彼女が持って来たメガネだ。

また同じような物を持って来るのだろうか。

僕はコーヒーを準備し、ソワソワと待っていると「お邪魔します」と声が聞こえ、彼女が戻って来た。


その手には白い箱があった。

これは何だろうと僕が考えていると彼女は箱をテーブルに置いて、「じゃーん!」と言って箱を開いた。

中には美味しそうなチョコレートケーキとモンブランが入っていた。


「美味しそうですけど、これはどうしたんですか?」


驚いて彼女を見るとニコニコと微笑んでいる。


「今日、テストが全部終わったでしょ? だからお疲れ様って意味で買ってきたの」


「ありがとうございます! お皿とかを持ってきますね」


僕はキッチンから食器を持って来てケーキを取り分けた。


「ありがとう、隼人君」


「いえいえ。それより水野さんも今日でテストは終わりでしたよね。僕は何も用意してなくて……」


僕が言うと彼女は笑顔で首を横に振る。


「気にしないで。これは私へのご褒美でもあるし。隼人君の好きな種類が分からなかったから、二つとも私が好きな種類にしちゃった。好きな方を食べて」


「じゃあ、モンブランを頂きます」


僕の言葉に頷くと彼女はチョコレートケーキを自分の方へ引き寄せた。


「うーん!普段我慢してる分美味しいね!幸せ〜」


女優である彼女は体型維持の為に普段から気を付けているからだろう。

チョコレートケーキを口にした彼女はとても幸せそうだ。

そんな彼女を可愛く感じながら、僕はモンブランを一口食べた。


「……すごく美味しいですね。このモンブラン」


「そうでしょ。ここのケーキ屋さん有名で、私のお勧めなの。気に入ってもらえて良かった」


「こんなに美味しい物を用意してもらったので、今度僕も何か用意しますね」


「良いよ。そんなに気にしないで」


彼女はそう言ってくれるが何もお返ししないのは申し訳ない。

僕が納得していない事に気付いた彼女は「うーん」と考え始めた。

しばらく考えた彼女はやがて顔を赤くすると恥ずかしそうに頬をかき始めた。


「えーと、それなら一つあるかな……」


「何ですか? 何でも言ってください」


「ほ、本当? それなら頭を撫でながら『頑張ったね』って言って欲しいかな……」


その声を聞いて一瞬冗談かなと思ったが、顔を赤らめながらこちらを見ている彼女を見て考えを改める。


「も、勿論。水野さんのお願いなら……」


彼女は「ありがとう」と短く呟くと頭をこちらに差し出した。


心臓の音がうるさく、体が固くなっている。

まるで自分の体ではないようだ。

しかし、彼女が求めている事だと思い直し右手を彼女の頭に乗せた。

ゆっくり彼女の頭を撫でるとケーキと同じ甘い匂いが漂ってくる。

後は先程の言葉を口にするだけだ。


「頑張ったね、その……み、水野さん」


しどろもどろになりながら言い終えると彼女がじっと僕を見てくる。


「あたふたしてたね」


「格好つかないですね……」


「ううん、優しく触ってくれて、大切にしてくれてるなって思ったよ」


その言葉に恥ずかしさと共に嬉しさを覚える。


そして、彼女は僕の顔を覗き込んでくる。


「言葉もとても嬉しかったよ。ありがとう、隼人君!」


そう言って彼女は笑った。

まるで花が咲いたようだった。



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