お隣の女優とズボラ女子の話

ゴールデンウィークが終わって最初の登校日。

いつも通り授業を受けた後、家に帰り、課題を終え、夕食の準備をしているとインターホンが鳴った。

僕は料理の手を止め玄関に向かうと扉を開けた。


「今晩は、水野さん」


「今晩は、隼人君。お邪魔します」


彼女が手を洗っている間に夕食の準備を再開させる。

ゴールデンウィークが終わり数日がたった頃、いつものように彼女は僕の家に来ていた。


「そう言えば、隼人君は連休中は家族と合わなかったの?」


夕食を食べ終え、ソファーでくつろいでいた時、彼女が問いかけてきた。


「そうですね。父も忙しいみたいですから、話にも出なかったですね」


「隼人君のお父さんは海外で働いているって話だったよね」


「そうですね。母が事故で亡くなってからは、なるべく家にいるようにしてくれてましたけど、俺が高校に進学した途端、また海外に行って忙しく飛び回っているみたいですね」


「料理ご馳走になったり、隼人君にはお世話になっているから、いつかご挨拶をしなきゃね」


「うちの父はそこら辺、本当に無頓着ですから、気にしなくて大丈夫ですよ」


息子が高校に入学した途端、「高校生になったし、お前は一人でも大丈夫だよな」と言って海外に行ってしまうような親だ。

まったくと言っていい程気にしてはいないだろう。


「そう? まぁ、お忙しいようだし、タイミングが会った時でも声をかけてもらえるとありがたいな」


「分かりました。帰ってくる事があったら伝えておきますね。……そう言えば、水野さんはご実家は秋田でしたよね。帰省しなかったんですか?」


それを聞いた彼女の顔が渋くなる。

何か余計な事を言ってしまっただろうか。


「いや、仕事が忙しかったから帰れなかったんだけどね。その事を両親に伝えたら、食事を適当に済ませているんじゃないかとか、どうせ掃除してないだろうとかうるさいく言ってくるの」


「ご家族は水野さんが心配なんですよ」


「気持ちは分かるよ。今の世の中、料理や掃除が出来なくたって生きていけるんだから! それらが出来ないだけでダメな人の扱いは良くないと思わない? それが出来てなくても私は有名な女優になったよ!?」


相当嫌だったのだろう。

彼女は拳を握って強く言い切った。

そういう話を彼女のご両親はしているわけではないと思うが、その事を伝えてとばっちりを受けるのは僕だ。

なるべく彼女を刺激しないよう落ち着いた声色を意識して僕は口を開いた。


「そうですね。水野さんは他の人と比べてより忙しいですから仕方ないですよ」


僕の話を聞いて、うんうんと嬉しそうに頷いた。


「そうなの、私は時間があれば出来るから大丈夫! やれば出来るの」


それは出来ない人が言うような台詞にしか聞こえないとは口が裂けても言えない。

僕は「その通りです」とここぞとばかりに彼女を持ち上げる。


「それに料理の方はすでにもう僕やっている部分もあるので、掃除も僕がやりますよ?」


そう言って僕はさらに家事が出来なくても良いという事を伝えたつもりだった。

しかし、彼女からは何も言葉が返ってこない。

彼女の表情を見ると先程までの上機嫌な様子は鳴りをひそめ、その顔は真顔だ。

その表情の落差に今度は何があったのか考えるが全く原因が分からない。


「隼人君……」


「はい……」


彼女が小さな声で僕を呼ぶので、思わずこちらも小声で返す。


「女の子は繊細だとこの前言ったよね?」


彼女の語る口調は硬い。

そう言われ、僕は連休中の出来事を思い出す。


「覚えていますよ。僕が水野さんのお腹を見てしまった事ですよね」


その事はまだ記憶に新しい。

前回注意された通りお腹を見ないように言葉を返す。


「そこまで覚えているなら、原因は分かるよね」


流石女優とは思わずにはいられない迫力で言われ僕はお慌てて思考を巡らす。

恐らく、言われたくない事を言われたという事なのだろうか。

しかし、考えても全く分からない。

その様子を見かねて彼女が口を開く。


「そのね、女子は散らかっている部屋を男子に見られたくないの。それに掃除するって事は部屋を隅々まで見られるって事でしょ。わざとじゃなくても下着とか見えてしまうかもしれないでしょ?」


確かに異性に下着を見られるのは嫌だろう。

言われて僕は女子の気持ちを理解出来ていなかったと感じる。

それと同時に彼女の散らかった部屋にある下着を想像してしまう。

脱ぎ散らかした下着は生活感があるなと変態みたいな事を考えてしまう。

そんな事を考えていた自分が恥ずかしくなり、顔が赤くなるのを感じる。


「私の散らかった部屋にはどんな下着があるのかを考えていたんでしょう?」


赤くなった僕の顔を見て悟ったのか、凄みのある声だ。


「大丈夫です。下着を脱ぎ散らかしていても僕は見ないようにします」


考えていた事を当てられ慌てていた僕は的外れな事を言ってしまったと口にしてから気付くが、それはもう後の祭りだ。


「だから、わざわざ口にしなくていいし、流石に下着は脱ぎ散らかしてない!」


彼女はそう怒るとそっぽを向いてしまった。

その後僕は彼女に機嫌を直してもらうために一時間を費やす事になった。




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