お隣の女優とハグの話
「世間はゴールデンウィークだね、隼人君」
夕食後、僕と彼女はソファーに座りながらテレビを見ていた。
画面で帰省ラッシュの映像が流れている。
「そうですね」
そう答えると彼女は口を尖らせる。
「みんな休みなのに私だけ働いているのは不公平」
「いや、でも、働いてるのは水野さんだけじゃないですから……」
「今日お休みだった人に言われたくないです〜」
そう言われてしまうと僕の言葉は全部無意味になってしまうのだが……
「それだったら、何か料理のリクエストありますか? 今日もそうですけど、休みの日なら手の込んだ料理も作れますよ」
休みの日という事もあって、手の込んだ料理を作っていた。
彼女は普段からよく食べる方だが、それ以上にお代わりをしていたので、少しは機嫌を直してくれるといいと考えての提案だ。
「確かに今日のは美味しかったけど、いや、いつものご飯も美味しいけど。今日も結構お代わりしちゃったし、私の食べたい物をリクエストしたらもっと食べちゃいそうで…… ただでさえ最近お腹周りが気になってきたし……」
彼女は慌ててそのような事を口にする。
そんな事を言われると視線はお腹の方に向いてしまう。
「出会った頃と変わってないと思いますけど……」
すると僕の視線に気付いた彼女は慌てて両腕でお腹を隠す。
「少しでも変化したら気になるくらい女の子は繊細なの! まじまじと見ないで!」
彼女は相当気にしていたらしい。
申し訳ない気持ちになりながら「すみません」と謝ると彼女は少し落ち着きを取り戻したようだ。
一つ咳払いをすると口を開く。
「私はそんな話をしたかったんじゃないの」
「どんな話ですか?」
僕が促すと彼女は少しソワソワし始めた。
何か言いにくい事でもあるのだろうか……
少し心配になりながらも彼女が話始めるのを待っていると顔を赤くしながら口を開いた。
「その、改まると恥ずかしいけど…… 仕事頑張ったからこの前みたいに抱き締めたいって言いたくて……」
彼女の突然のお願いに固まってしまう。
するとそんな僕の様子を見て彼女は心配そうな顔になる。
「その、前に突然は嫌だって言っていたからお願いしたのだけど…… 嫌?」
その上目遣いに僕の心臓の動きが速くなるのを感じる。
「いや、嫌じゃないです。少し驚いただけです。全然大丈夫ですよ」
僕が答えると彼女は僕の目を澄んだ見つめてくる。
しばらくその時間が続く。
どのタイミングで来るのだろう、それとも僕からの方が良いのかと考えていると彼女が頬を掻きながら口を開いた。
「その…… 許可は貰ったけど、どのタイミングで行けば良いか分からなくなるね」
「確かに改まると緊張しますね」
そう言って彼女から視線を外した瞬間だった。
「隙あり!」
その声が聞こえると腕に柔らかな感触を感じる。
急な彼女の行動に慌てて顔を上げると目の前に彼女の顔があり、視線が交差する。
「驚いた顔貰った〜」
そう言うと彼女はイタズラが成功した子どものように笑みを浮かべた。
その笑みを見て思い出す。
こうして話している時はその影を感じさせないが彼女は女優なのだ、演技など朝飯前だろう。
そう思うと緊張していたのは僕だけなのだと感じ、それに恥ずかしさを覚えて彼女から視線を外した。
「緊張してたのは僕だけですか?」
「…‥そう思う?」
その彼女の声に導かれるかのように顔を上げると彼女の顔は赤く染まっていた。
「年上らしさを出したかったんだけど駄目だったみたい」
「水野さんも緊張してたんですか?」
「うん、してたよ」
「……同じ気持ちで良かったです」
「うん、強がって、揶揄ってごめんね」
「……全然大丈夫です」
「ねぇ、隼人くんも私も顔が真っ赤だよ? ……一緒で嬉しいね」
そう言うと彼女は僕をさらに抱きしめた。
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