第5話 移動

「…犬」


 深い眠りから目覚めて1分、草原が橙に染まっている。上半身を持ち上げたその視線の先には、小さな生き物がいた。白毛に包まれ、はぁはぁと舌を出しながら息を荒げる様子は正に犬。

いや、犬っぽい奴。

 

「……どの面で俺の前に現れやがった」

「この面だ。愛らしいだろ?」


 犬が見掛けとは遥かに乖離した野太い声喋る。態度は明らかに大きく、自らの変身にかなりの自信を持っていることが伺える。それを感じ取れると大斗は思わず顔を顰めた。うわ、という言葉を口から漏らしながら。


「何だその顔とその態度は。我は哀れなお前なために、せめて孤独を感じないよう来てやったんだ。感謝すべきそうすべきそうであるべき」

「誰のせいで哀れな目にあってるんでしょーね」パッパ


 彼は体に付いた土を軽くはたき落としながら、フラリと立ち上がった。そして【創造アピアー】と気怠そうな声で発音する。


 首から下の身体から強烈な青光が溢れ出す。光は一瞬の内に体にまとわる様な形に収まった。やがて光量が減少していくと同時に、光の下からは

損傷前の衣服が顔を覗かせる。そうして古風な飾り気のない服がそのままの状態で復元された。

 

「まぁこのスキルは便利だな」

「そうだろ?スキル選びの時、お前がコレ選ばなかったらどうしようってヒヤヒヤしてたんだぜ」フワ


 ふふんと可愛くない鼻息を慣らし、その場で一回転。


「……強化した人間を送り込むことが目的なら、なんでわざわざスキル選ばせたんだ?お前らが出来る最高級のスキルつけときゃ良いだろ」

「あぁ...それね...コホン。では天使の王の言葉を引用する『せっかく人間に任せるならやっぱ、できるだけ彼ら自身の知恵で魔王を倒して貰いたいよね。完全にわたちらの駒とするのは可哀想だし。というかぶっちゃけると、わたちそういうシチュエーションが大好きなわけよ!だから、そうしよう!』」

「へぇ、、、」


 彼は言葉を止めて、スゥーと息を大きく吸い上げった。半笑いにも似た引き攣った笑顔を浮かべながら体の向きを犬に向ける。犬もまた、真顔になって彼へと真っ黒な目をやる。両者はしばし見つめあうと叫んだ。


「バカ!」「バカだよな?」

「呑気すぎ、俺苦しいんだが。それにそんなおちゃらけた決め方でいいのかよ」

「それなんだよな。我らってなまじ生死が曖昧だから殆どのやつが死の危機を感じてねぇんだ!我が言わなきゃ多分魔王に対処するって発想もなかっただろうよ」


「はぁお前ら天使ってやつは...ん?お前が魔王に対象するように言ったのか?」

「そうだが?」

———ドカッ


 それは美麗な蹴り上げであった。様々な武術をスキルによりマスターした彼の一撃は重い。しかし犬は、宙を翔けるように手足を振りながら滞空。それからスタッと四つ足で着地する。


「わーお!なにすんだ」

「いや何してんだはこっちのセリフだわ!バカ!アホ!このボケェェェェェェェェェェェェェェェ!」


 大斗は涙ながらに言ったとさ。


・・・・・・・


 犬と人、一匹ずつが背丈の低い森林の中に突っ立つ。落ち葉がかさむ地面には黒と橙の縞模様が掲載されている。


 その上で、人は目前の苔むした廃墟を見ていた。彼は眉を顰める。犬は相変わらず愛嬌を振りまいていた。


「おーー?」


 この世界の地理を全て覚えている彼は、最寄りの小さな町に瞬間移動したはずなのだが...


「廃墟だ。犬、教えろ」

「あーーーーちょい待て…………」タンタン


 そう言って、四本の足を動かして廃墟の周りをぐるりと回る。更に頭を傾げたり、吠えたりした後、また彼の元に戻って言うには『羅刻によって隠されている』と。


「羅刻羅核って便利ですねホント。なんで俺は使えないんだよ」

「そりゃ認識できないからだ。認識出来ないものには手は出せない。当たり前だろ」


 そんなマジレスにあーはいはいと適当な相槌を打ち改めて遺跡を凝視する。建築物の大半は苔むした石だ。上から見た形は六角形で、中心に行くごとに石が階段のように積まれている。まるでピラミッド的なものだった。生活するというより、儀式に使う、そういう印象。言うなれば神殿だろう。


「いやーそれにしてもびっくりだ。今より10年前に視察した時は【秘匿の羅刻】はまだ普及してなかったのに。少し見ない間にこんなにも……」

「そこ、ノスタルジーに浸るのも大概にしとけ。それよりどうやって入るか分かるか?」

「あぁとも。多分この術は"合言葉"でその姿を見せる。いや、入れるのだろう。しかしまぁそれを知らない訳だが...ズルをしようか」


 犬はどうやってか身体中からポキポキという音を鳴らす。その途端、白毛に赤く細い血管のような色が現れ、犬は口を開いた。


「◼️◼️◼️」 

「な、なんて?」


 読解不可能の言葉を発されると共に周囲の空間に、縦横に規則的な線が入る。四角形に切り分けられた景色はパネルを裏返すように代わり行き、その町の姿を表した。


「……え?」


 町の様相を見た初っ端に強烈な違和感を受ける。


「そうそう、こういう感じ。変だよな」


 そう、彼等の視界にはポツンとある扉と舗装された人工的な道、そしてそこを行き交う幾らかの人々しかなかった。


違和感の正体はつまり、構造物がない事である。

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インフレーションに追いつけない。 ヨロイモグラゴキブリ @hikaemenaG

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