悪鬼羅刹の刹那の邂逅
渡貫とゐち
悪鬼羅刹と魑魅魍魎
「――
「ごめんなさい」
綺麗なお辞儀だった。
しかも即答である。
手慣れた様子で、男子生徒からの一世一代の告白を断った少女は、実際、慣れているのだろう……、今日で何度目なのか、数え出したら手足の指では足らない。
朝から続いて、今はお昼休み……、授業の合間の休み時間に告白してくるのはどういうことだろう? そこにしかチャンスがなかった、としても――
体育の授業の寸前で呼び止められるのは悪印象にしかならない気がする。
実際、着替えが間に合わずに遅刻してしまったのだ……、あの男子生徒はマジで許さない。
遠慮なくフッてやったので、内心ではスッキリしているから……、後腐れはもうない。
繋がりこそ、最も邪魔になるのだから。
「あまねー、頼まれていたパン、買っておいたよ」
「ありがとーっ」
中学からの付き合いである友人から、購買で買ったパンを受け取る。
きちんと立て替えてくれていたお金を渡して――……ちなみに、その友達は彼氏がいるので、ここでお別れだ。
一緒に昼食を取るのは、その彼氏が自分に見惚れてしまった場合、喧嘩の火種となることを考え、周は同席を遠慮している……。
まあ、自惚れだとは思うが、しかし二人きりになれるなら二人きりの方がいいだろう。
多くの生徒から「一緒に昼食を、」と誘われる周だが、丁寧に断って、その場を後にする。
後ろから「ならっ、明日ならどうですか?」と次の――
さらに次の次の予定も聞かれるが、周は全てを断った。
未来のことは分からない、という考えもあるが、明日も明後日も誰かと一緒に昼食を取ることはないと言っているわけだ。
正直、一度でも強めにガツンと言えば、こんな誘いもないのだろうけど……、
ただ、まったくないというのは嫌なので、これは彼女のわがままである。
誘われた上で断りたい……
だけどしつこく誘われるのは嫌だ……面倒な考えだ。
「無下にしても、恨んでくる人はいないって、分かってはいるけど、ねー……」
桃色の髪が特徴的だった。
それを左右で結び、肩まで垂らしている……
手でその髪をかき上げる仕草は、彼女の癖のようだ。
彼女とすれ違えば、甘い果実の匂いがふわりと漂い……、
それが多くの生徒を彼女に信仰させる、とどめの一撃なのかもしれない。
誤解されないように言うが、薬ではない。
彼女の魅力を知って、信仰寸前まできた相手を一気に落とす、最後の後押しというだけだ。
……なぜだか、昔から、桧垣周は男女問わず、モテている。
好意はもちろん、信頼や信用もあるようで、周がなにをしても、批判する層が存在しない。
アイドルも顔負けの美少女だから?
……美少女なのは認めるが、だったら尚更、周を嫌うアンチがいるはずだ……それもない。
周は容姿も行動も思想も偏見も、全てが肯定されている……まるで神様のようだ。
集団で持ち上げているとすれば、その先の企みが見えなくて怖過ぎるけど……。
屋上へ向かう。
鍵が開いているのは、単純明快、鍵を開けたからだ。
鍵? 職員室にいって、先生に借りたのだ――
「桧垣さんなら信頼できるから」と言われて、簡単に鍵が手に入った。
理由も言わずに渡してくれるのは、セキュリティ上、どうなのだ?
周以外ならこうはいかない、とは言え――。
周を利用する者がいれば、周という媒体を挟むことで、なんでもできてしまうのではないか。
「……誰もいない、か」
鍵を開けたのだから当然だ。
しかし、柵の外から屋上へ上がってきた場合は、鍵は意味がない。
壁を伝って上がってくる者たちは、足を踏み入れた時に、ここにいると分かる存在感が発揮されるもので……、
だが、屋上に足を踏み入れた周がなにも感じなかったということは、誰もいないのだろう。
ここは、自分の感覚を信じていいはず――。
屋上にあるベンチに腰かける。
周が入学した時からあったベンチであり、立ち入り禁止になっている屋上だが、昔は誰でも自由に入れる場所だったのかもしれない。
その時の名残で、ベンチが置いてある――
おかげで座って昼食が取れるので助かっていた。
買ってもらったいくつかのパンを取り出し、封を開ける。
小さな口で齧り――
と、目の前。
向き合うベンチに座っている、長い黒髪の男子生徒を見つけた。
「――ぶふぉ!?」
思わず齧ったパンを吐き出してしまう周……、彼女らしくない、気を抜いた結果だった。
「だ、誰よ!?」
声をかけたら、ベンチにはもういなかった……あれ? と声が漏れる。
確かにそこにいた……座って、手作り(?)のお弁当を食べていたはずなのに……。
気づけばいなくなっていた。
なんの痕跡も残さずに。
「へ? なん、で……?」
周が近づく。
近づくと、「あ、」と声が正面から聞こえて――
やはり、いる。
そこにはいないものと思って近づき、身を屈めた周と男子生徒の額がぶつかる――
ごつんっ! と、聞いて分かる痛い音がした。
「っっ、~~~~っっ!?!?」
両手で額を押さえて、
その場で地団駄を踏む周は、そうでもしなければ痛みが逃げなかったのだ。
たっぷりと一分、痛みを和らげることに集中し……、手を離す。
涙目になりながら、周はしっかりと、今度こそ、彼を認識する。
「――誰よ! そしてどうして消えたり現れたりするの!?」
まるで電球みたいに、とはいかないまでも、その点滅の差は短い。
どういう原理で……、原理なんてあるのか?
「さあ? 僕を認識しているかしていないかは、そっち次第だし…………僕はずっとここにいた、なにもしていないよ」
「あなた……見ない顔だけど、本当にうちの生徒なの?」
「そう思った根拠は?」
「あたしに告白していないから――――
フッた相手のことは、覚えたりはしないけど、見れば思い出すの……。だけど、あなたのことは知らない。思い出せない。今、初めて会ったようにしか思えなくて……」
「じゃあそうなんじゃないの?
というか、それって全学年の全男子生徒が君に告白していることが前提じゃない?」
「告白してない生徒も覚えてるよ。どうして告白しないのかな、と思って。そっちは鮮明に覚えるようにしてる」
「嫌なアイドルさまだね……」
告白しない方が、周の記憶に残るようだ。
そんな彼女が、まったく覚えていない生徒――、知らない生徒が目の前にいる。
彼女の記憶力が万全なら、だが、敵を作りやすい環境にいる彼女が、覚え漏らしがあると思えない(実際は、警戒するべき敵は生まれないのだが)。
だから彼女が知らないと言えば、この学園の生徒ではない、と結論が出る……。
それは分かるが、目の前の彼は、れっきとしたこの学園の生徒である。
制服を着ているからではなく、きちんと書類上、在籍している――。
「
「ふーん、小鳥遊……うん、覚えたわ」
「そうか。なら、僕は食べ終わったことだし、先に戻るとするよ」
弁当をしまい、立ち上がった小鳥遊――
屋上を出ようとする彼を呼び止めた周だったが、
「あれ?」
いない。
さっきまでそこにいたし、まばたきをする前まで、彼の背中を見ていたはずなのに……――どうして見えなくなった?
それに、名前も――出てこない。
「……
うぅん? 違うような……あれ? なんで出てこないんだろ――」
記憶力には自信があった。
なのに、周は彼の顔も名前も、今では思い出せなくなっている……。
周の問題ではないだろう。これは、彼の影響だ。
桧垣周がそうであるように。
彼――小鳥遊小助が持つ、体質……なのだろう。
■
屋上から教室に戻る途中、肩にぶつかってきた女子生徒がいた。
しかし彼女は、ぶつかったことに気づいたものの、相手のことなど見えていないようで、すぐに立ち去ってしまった。
「なににぶつかったのか、分かっていなかったみたいだ……」
実際、そうなのだろう。
透明人間にぶつかったと思ってくれていたら、まだ良かった。
相手はぶつかった事実をすぐに忘れ、どうして立ち止まったのか、そこに疑問を持つのだ。
それも一瞬のことで、本来の用事を思い出し、意識がそっちへ向く――
だから彼を見つけることができるのは、この世界にはいないのだろう。
少なくとも、他人では無理だ。
彼と同じ、『
文字順列『四番目』の、【忘却】の
にもかかわらず、しばらく彼のことを認識できていた桧垣周は、やはり普通ではない。
……まあ、あのアイドル的な存在の彼女が、今の立場を努力で勝ち取ってきたものではないことは、なんとなく分かってはいた……。
あれは同じく、悪鬼羅刹の――
文字順列『一番目』の、
【好意】、【人徳】――、
誰もが例外なく、彼女を見れば本能的に跪きたくなるのだ。
彼女に自覚はなさそうだったけれど。
「……四人が揃っているのか……この学園に」
――生徒会長・
……悪鬼羅刹、文字順列『二番目』の【魅了】の
――問題児・
……悪鬼羅刹の文字順列『三番目』――【嫌悪】の
桧垣周と小鳥遊小助を合わせれば、悪鬼羅刹の完成である。
……四人が揃えば、なにかが起きる……。
「おっ、もいっ、出したぁ!!」
背後から、どたどたと乱暴な走り方で階段を下りてくる足音がして――
小鳥遊が振り向けば、そこにいたのは桧垣周だ。
彼女は『忘れて』いるはずの小鳥遊を指差し、
「小鳥遊小助! 正解でしょう!?」
「…………まあね。もしかして、それだけを言うために追いかけて……?」
「当たり前でしょっ、あたしが、自己紹介をされた相手を忘れるなんて酷いこと、するわけないんだから!!」
それは殊勝な心掛けだ……。
その前に、フッた相手を忘れるところを直した方がいいと思うけれど。
「……小鳥遊? あんな生徒、いたっけ?」
と、周りがひそひそと話し始めた。
あの桧垣周が声をかけた男子生徒、ということで注目を浴びてしまっている……、それだけならまだいいのだが、小鳥遊が持つ刹那構の体質が、発動していない……!?
いつもなら認識されてもすぐに忘れるか、見失うかをするはずなのに……、多くの生徒が小鳥遊のことを認識しており――まさかこれも……、
「これも、悪戯林の、体質なのか……?」
桧垣周が認識すれば、彼女を信仰している周囲の者たちも認識する。
本当にその通りなら、この事実は、刹那構としては脅威である。
【忘却】は【人徳】で突破できる……
桧垣周と小鳥遊小助という前提条件があってこそかもしれないが。
「あー、ったく、クソ厄介な女に目を付けられたな……ッ!」
「あなたのことは、意地でも忘れてあげないからね!?」
周の信者からすれば。
それは、桧垣周から小鳥遊小助への、告白だったのではないか――。
そう誤解する者は、少なくなかった。
―― 完 ――
『魑魅魍魎』は戦闘を得意としている。
対し、『悪鬼羅刹』は人間関係を重視している。
悪戯林は【人徳】によって、圧倒的な【支持】を集める。
結果、多くの信者による、自主的な忠誠心が悪戯林を守るのだ。
鬼望峰は【魅了】するのだ。それは【洗脳】に近い。悪戯林が忠誠を向けるか向けないか、その自由を残しているが、鬼望峰は自由を与えない。魅力の末の【命令】は、強制力がある。
羅々宮は【嫌悪】されている。なにをしても――必ず。生理的に無理なのだ、全人類……人類に限らず、生物は羅々宮を必ず嫌う……そういう体質なのだ。
そして、嫌悪を抱き続けた者は自然と狂乱する。錯乱する。自身に集まる最大最多の嫌悪を堪えれば、対象となる全人類は手を下さずとも壊れていく――
そういった性質でなくとも、きっと羅々宮は嫌われていただろう。
刹那構は誰からも覚えられない……、気を抜かなくとも、時間が経てば、全人類の意識から【忘却】させる。目の前にいるのに認識できない、舞台上に立っているのに、その姿は見えない――【不在】なのだ。刹那構を見つけられたら、それだけで相手が【魑魅魍魎】、もしくは【悪鬼羅刹】であると疑っていいだろう。
そして、
この体質(性質)は、通用しない例外が存在する――
そう、悪鬼羅刹である。
【悪鬼羅刹】同士であれば、人徳も、魅力も、嫌悪も、忘却も……
その効果は一気に半減する。
つまりだ。
悪鬼羅刹、その最大最悪の、好敵手であり天敵は――悪鬼羅刹に、他ならない。
悪鬼羅刹の刹那の邂逅 渡貫とゐち @josho
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