第11話

 規則正しい機械音が鳴る病室で、ため息をつく。

 ご丁寧に冊子になっている小説を指でなぞった。

「夜鷹は夢を見ない、か」

 夜鷹が残した小説は、自分の人生全てを賭けた作品だった。

 結果は特別賞。

 夜鷹の初めての賞だった。

「貴方が欲しかったものをもらえたのにどうして伝えられないの……!」

 コンクールの結果が出ても、目の覚ます気配のない夜鷹を見て涙が溢れる。

 ガラッとドアが開き夕凪さんが入ってくる。

「東雲ちゃん、大丈夫よ、大丈夫」

 横に座り手を握ってくれた夕凪さんは少し震えていた。

 お医者さんによると、身体に異常がないらしい。後は本人が目覚めたいと思った時に目覚めることができるという。

 あの日のことを思い出す。

 よく晴れた日だった。


「朝陽、あなた宛のなんか、手紙?が来てるわよ」

 午前八時頃。創立記念日のため学校はお休みで少し遅めに起き、出かけようかと支度をしていた最中だった。

 母親が私宛だという封筒を持ってきたので開く。

「……夜鷹?」

 小説と手紙だった。


[東雲へ

 今回のコンクールの作品が完成したから東雲にも読んでほしい。

 俺はあちらの世界に行こうと思う。

 楽しかった。今までありがとう。

                 日暮夜鷹]

 なんだか胸騒ぎがする。

 夜鷹は夢を見ない、と題がつけられた小説を読み始めた。


「お母さん!ちょっと出かけてくる!」

 読み終わると同時に家を飛び出した。

 走ってある場所に向かう。

 カランっといつもより大きいドアベルの音。

[CALM]はいつもより早い時間から開店していた。

「いらっしゃいませ……あ、東雲ちゃん?」

「夕凪さん!ここに夜鷹来てませんか!?」

 夕凪さんは不思議そうに首を捻る。

 来ていないみたいだ。

「これ、早く読んでください!夜鷹が書いた今回のコンクールの小説!」

 夕凪さんはただ事ではないと察したのか、真剣な顔で受け取る。

 時折きゅっと顔を歪めながらパラパラと読んでいった。

 私はいてもたってもいられずその場でグルグルと身体を動かしていた。


 もし夜鷹が書いた小説の通りになるのなら。悪い予感が的中しないように祈ることしかできなかった。


「東雲ちゃん」

 夕凪さんの手が止まった。手が震えている。

「夜鷹くんが書いていたここ、東雲ちゃんと行ったダムだよね。もし本当にこの小説の通りならきっとここにいる。……東雲ちゃん私車出すから乗って。あとは夜鷹くんのお母さん……先輩に電話、お店は他の人にお願いして……」

 そう呟いてバタバタと準備を始める。

「……先輩、お疲れ様です。夜鷹くん家にいませんか、……あ、朝までは居たんですね。はい、そうですか。わかりました。先輩、これは私と東雲ちゃんの勘だから、違ったら良いと思っているんですけど……夜鷹くんの小説に……」

 事情を話す夕凪さんを見ながら、私は何も出来ないでいる。

「おまたせ、東雲ちゃん。行こう」

「はいっ!」

 夕凪さんの車に乗せてもらい夜鷹がいるであろう場所まで向かう。


 お互い悪い予感しかしないのか、車の中はラジオの音だけが響いていた。

 重苦しい空気を破ったのは夕凪さんだった。

「……自分の小説の良さを夜鷹くん自身に気づいて欲しいから言わないなんて、そんなことしなければよかった。私がちゃんと伝えてあげていれば夜鷹くんはきっと……」

「私もちゃんと伝えなかったんです。夜鷹の小説の良さなんて無限に言えるのに、また後にしようって、そのうちちゃんと伝えようって。

 そのうちなんてもう来ないかもしれないのに……!」

 思わず涙が滲み顔を覆う。

 後悔しても遅いのだ。

 車で行けば一時間。間に合うだろうか。

 今になってやればよかったなんて後悔はいらない。間に合わせるのだ。

「許すわけないじゃない……!許さないから死なないで!」

 思わず声を荒らげてしまう。

 夕凪さんはなにも言わずにただ頷いていた。

 そこからは全く喋らず、重苦しい空気が続いた。


「東雲ちゃん、車停めていくから先に行って!」

 私を降ろして夕凪さんが叫ぶ。

 夜鷹の小説を片手に走る。

 建物の裏の道なんてあの時見ていなかった。

 どこだろうとひたすら走り回ると、一緒に来た時のことを思い出した。

 夜鷹はあの時確か止まって奥の方を見つめていた。……ここだ。

「夕凪さん!ここかもしれない!」

 車を停めた夕凪さんと合流して細い道を間に合え、間に合えと念じながら進んでいく。

 急に視界が開けた。

 あの小説と同じように大きな滝と川が広がっている。

 杞憂ならいいと、私の勘違いで夜鷹はここには居なくて、そうならいいとずっと思っていた。

「夜鷹!!いるの!?夜鷹!!!!」

 周りを見渡して人影を探す。

「東雲ちゃん!あれ!」

 悲鳴のような声を上げた夕凪さんの方を振り向くと、靴と荷物が置いてあった。

「夜鷹の靴だ。いる、どこかに、」

 そこから先の川に恐る恐る目を移す。

 川岸に黒い物体が、人が浮かんでいた。

「……〜〜!!」

 声にならない声が出て、足が動かなくなりしゃがみこんでしまった。

 違う、あれは夜鷹じゃない。違う……!

「東雲ちゃん動ける!?お土産屋さんにいる大人呼んできて!おねがい!」

 夕凪さんはそういうと裸足になりズボンを捲って川の中に入っていた。

 止まってる場合ではない。涙で滲んだ視界の中必死で目を凝らし、来た道を戻る。

 お土産屋さんに駆け込むと驚いた顔をした店主が何事かと近づいてきた。

 自分でもきちんと伝えられたのかわからない。周りの大人が慌てた様子で店を出ていったのできっと大丈夫だと思った。

 私もよろよろとした足取りで川に戻る。

 遠くから救急車のサイレンの音が聞こえた。

 浮かんでいた人はやはり夜鷹だった。

 大人達の手によって引き上げられ、横たわっている。

 心臓マッサージを施されている夜鷹を見ていると、なんだか非現実なような、嘘みたいだとやけに冷静な感情が浮かんでは消えた。

 靴の近くに荷物が置いてあり、それを回収する。

 夕凪さんは車があるからと救急車に乗せられ、色々なことを聞かれた。


 そこからはあまり、覚えていない。

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夜鷹は夢を見ない 澄鈴 @s-mile

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