第10話

 朝、雲ひとつない青空が目に飛び込んできた。

 今日は平日だが創立記念日で学校は休み。いい天気だ。

「あ、夜鷹……おはよう。なんか久しぶりね、私仕事行くからあとよろしくね」

「うん、じゃあ」

 母親がパタパタと慌ただしく準備をして家を出た。

 まだ時刻は7時。早い方がいいだろう。

 最終確認をして封筒に仕舞いしっかりと糊付けをする。

「……じゃあ、行ってくる」

 と誰もいない家の中に声をかけて鍵を閉めて家を出た。

 近くのコンビニエンスストアの郵便ポストと向き合う。

 これが最後だから悔いは無い。深呼吸をして投函。

 よし。

 あとは結果を待つだけになる。

 緊張から解放された身体はずっと強ばっていたのかガチガチだった。

 次の目的地に向かうために足を早める。

 電車に乗り一駅、降りて五分ほど。

 東雲の家だ。

 きっとまだ起きてないだろう。起きていたら困ってしまう。

 ポストに応募したものと同じ小説を入れた。

「ありがとう、東雲」

 そして覚悟を決めて来た道を戻り電車に乗る。

 そして長い長い旅が始まった。


 電車とバスで約二時間、車で来れば今より短い時間で来れるであろうここは、この間東雲と一緒に来た美術館周辺だ。

 お土産屋さんの建物の裏に続いていた細い道。

 少し歩くと急に開けたそこには大きな滝と川ががあった。

 空気が澄んでいて気持ちがいい。

 深く息を吸った。


 俺はこの人生を持って今回の作品とする。

 文字通り魂を込めるのだ。

 死ぬのではない。この作品の中に入るだけだ。

 正真正銘最期の作品。

 大丈夫。これしかない。


 そして靴を脱ぎ、ゆっくりと川に入る。

 流れが早く気を抜くと持っていかれそうだ。

 冷えた水が身体を打つ。

 進んでいくとガクンっと急に足がつかなくなり身体が飲み込まれる。

 ゆっくりと目を閉じた。


 身体がどんどん沈んでいく。

 苦しくなり息を吸うと水が入り込んで噎せる。

 最近のことを思い出す。

 小説を書くのは苦しかった。

 東雲が賞を取る度に苦しかった。才能に嫉妬した。

 それでも頑張って書いても書いてもダメだった。


 でも。

 本当は気づいてたんだ。

 小説を書くことが苦しいだけじゃなかったこ

 と。

 楽しかった。本当に楽しかったんだ。

 今更気づいてしまった。


 東雲とああでもないこうでもないと言い合って、夕凪さんにアドバイスを貰って、常連さんに見守られながら[CALM]で小説を書いて。

 ただそれだけでよかったんだ。

 それだけで良かったのに、俺は。


 父さんと母さんに迷惑かけてしまうな。夕凪さんは怒るだろうか。これしか方法がないと思い実行した俺を東雲は許してくれるだろうか。

 やっと気づいた。東雲の言っていたことはきっとこれだと。

 小説が大好きだ。楽しかった。好きだから書くだけでよかった。

 そうだろ、東雲。


 視界が真っ黒になり、意識が完全に途切れた。

 そして俺の人生は幕を閉じたのだ。

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