第9話
あの事件からしばらく経ったが俺は学校に行けずにいる。
あれはいじめではない。破ったのも故意ではない。破った本人から形だけの謝罪も受け取った。
しかしなんとなく足が動かず家に引きこもりがちになっている。
食欲も無く、母親ともあまり顔を合わせていない。
応募の締切まであと一週間ほど。一度形になった小説とにらめっこして何度か修正を繰り返していた。
東雲はもう完成し、応募したという。
今回は自信作だと胸を張る東雲を見ているとじわじわと不安が心を蝕んだ。
パソコンに向かい何度も何度も読み返すが、何かが足りない。
魂を込めた作品には見えない。誰でもない自分がそう思うのだ。
書き直すか?いや、一からより今の小説を良くした方がいい。でももう時間が。
あと一押し何かがほしい。なんでもいい。ぐっと心を掴まれるような何かが。
「……あ、」
頭の中を駆け巡った一つの可能性。
できるか。いや、これしかない。
俺が魂を込めた作品を作る方法が一つだけある。
完成した小説を保存し、新しい真っ白なページを開き、カタカタとキーボードを鳴らし打ち込んでいく。
新しい物語。これは賭けだ。足りない何かを補うための最後のピース。
夢中になり休憩もせずにパソコンに向かっていた。
気づけば部屋の中は暗くなり、画面だけが煌々と光っていた。
「……できた」
完成した。自分でもびっくりするほどの集中力で書き上げた。
もうこれしかないと勢いで印刷をして確認をしながらまとめる。
カチッとホチキスで端を止めた。
題は何にしようか。
明日出そうと伸びをすると時刻は零時を回っていた。
こんな長い時間作業していたのかと驚く。
集中力が途切れたと同時に久しぶりに腹の虫が鳴り、なにか食べようと階段を降りた。
キッチンの電気をつけるとメモ書きが置いてあった。
[お疲れ様。冷蔵庫に入ってるから学校に行かなくてもいいからちゃんと食べてね。]
母親の字をなぞる。
「……まだ起きていたのか」
バッと振り返ると父親が立っていた。
「父さん、おかえりなさい」
父親が帰ってきた。普段残業が多かったり、時間が不規則な勤務が多い父親とはあまり顔を合わせない。
冷蔵庫に入っていた父親の分のご飯を温める。
電子レンジがぴーっと音を鳴らした。
ダイニングテーブルに並べると着替えた父親がありがとう、と言い席に座った。
最近食欲が無かったのを案じてなのか、自分の分は卵粥だった。
反対側に座り二人で合わせていただきます、と手を合わせた。
何を話すでもなく静かに食べ始める。
「……学校、行ってないんだってな」
父親がボソッと呟いた。
「うん。行かなくちゃとは思ってる。」
父親はちらりとこちらを見てまた料理に目を落とした。
「なんだっていいが、せめて高校生の卒業資格だけはないと就職は大変になる」
無理だけはするなよ、と声をかけられ食器を片してお風呂に入るとリビングを出ていった。
残された俺は粥を見つめながらぼうっと考え込む。
「……、」
残りをゆっくりとした時間をかけて食べ、皿を洗い部屋に戻る。
これからやろうとしていることはきっと許されることではない。
でも、それでも。もうこれしかないとさえ思ってしまうのだ。
このコンクールで最後にする、もう書くのを辞めると決めてからずっと考えていた。
準備をしよう。
パソコンの電源を落とし、布団に入る。
明日は早く起きようと目をつぶった。
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