【 15 years have passed 】


ーーーーーやっと、やっとだ。やっと私は這い上がることができる。15年前、最愛のレオポルドに突き落とされた絶望の谷から、今日やっと抜け出すことができるのだ。ーーーーーー


この15年、レオポルドがフィオレとの将来よりも檻の中を選んだダンスパーティーのことを、何度夢に見ただろう。フィオレは今、30歳、レオポルドは31歳。


フィオレの中のレオポルドは15歳から成長していないが、今は、どのような姿になっているのだろうかと想像する。

きっとあのオレンジの瞳は変わっていないはず。いつも輝いていた金の髪は、もしかしたら、手入れをされないことで輝きを失っているかもしれない。だとしても、これからは自分が手入れをし、また輝くようにすればよい。


フィオレはここに来るまでの15年間について、思いを馳せながら、一段、一段、黒の離宮の階段を登る。目指すはレオポルドが幽閉されている最上階だ。


レオポルドは国王になりたくなかったのだ。王妃になるための謀にかまけていたフィオレには、相談できなかったのだろう。そのせいでレオポルドはあんなピンク頭に傾倒し、破滅するような道を選んでしまった。


全てはあのピンク頭、イエル・ドルチェのせい。そう、フィオレのせいではない。フィオレのせいではないと思わないと、生きていけない。


レオポルドはこの黒の離宮の最上階で生きている。この15年、一度も会うことは叶わなかったが、それはフィオレだけでなく、イエルも、他の女も、誰も、近づくことすらできなかった。

フィオレは1年前に王妃となり、その結果この黒の離宮の鍵を手に入れた。王太子妃のフィオレと王太子第二妃、どちらが王妃になるかと抗争になったが、資産を大きく減らしてでも、フィオレはこの鍵のために王妃の地位を手に入れたのだ。


内密に依頼した王宮錠前魔導師には、王妃の管理している鍵1本から錠前魔法の解除魔法陣を作るのにはおよそ1年かかると言われ、先週やっと完成した。これでやっと錠前魔法を解除できると、フィオレは解除魔法陣の書かれた陣紙を握りしめる。これさえあれば、フィオレでも魔法陣を描くことができる。


フィオレが王妃を目指していたのは、王太子のレオポルドと結婚するため。


王太子がアルフレードに変わるならば王妃を目指す意味などないと思っても、レオポルドの婚約者になるために外堀を埋めていたせいで、アルフレードと婚約するしかない。それに、幽閉されているレオポルドが国王やアルフレードから処分されないように監視するためと、いつか、幽閉先のレオポルドへ会いに行くためにも、このままアルフレードと婚約し、王妃になった方が良いだろうと判断したのはフィオレだ。


アルフレードと婚約し、王太子妃になり、王妃になるまで、どれだけの苦労と悔しい思いを重ねてきただろうか。そんな日々も今日で終わりだ。レオポルドとまた会えれば、どんなに辛いことも耐えることができる。

フィオレの苦難は、あのダンスパーティーでレオポルドが婚約破棄をした日から始まった。


まず、カファロ公爵家から養子縁組を解消された。


人前で婚約破棄を言い渡され、足を怪我したせいで、マリエラの令嬢としての価値は地に落ちた。アルフレードと婚約すると父へ伝えると、これ以上マリエラを貶める気かと怒られる。

カファロ公爵家としてマリエラの妹フィオレと王家の婚約は認めることはできないと言われたフィオレは、フィオレ・カファロではなく、フィオレ・ラコーニとして、アルフレードと婚約するしかない。つまり、フィオレはカファロ公爵家から離縁され、カファロ公爵家の後ろ盾を無くしたのだ。


それでも、フィオレには血の繋がった弟のエンリコがいる。父と絶縁しても、エンリコがカファロ公爵を継いだ時には、姉弟として助けてもらおうと思っていた。

3年前、エンリコは僅か19歳でカファロ公爵となった。フィオレは家督継承祝いと共に、これからも姉弟としてよろしく、という手紙を送ったのだが、エンリコから届いた返事には、フィオレがマリエラへ下半身不随になる毒を盛った証拠書類の複製が入っていた。母よりもマリエラに懐いていたエンリコ。これは実質、絶縁状だろう。


その手紙の1年後、エンリコの息子が生まれ、それとほぼ同時にフィオレの父である前カファロ公爵が失踪した。


マリエラは婚約破棄後、学園へ入学することもなく片田舎の小さい領地の管理人をしていた。父はそんなマリエラだけを溺愛していたため、マリエラのいる領地へ行ったのだろうと誰もが予想し、調べたが、領地には父どころかマリエラの姿もなく、マリエラがいつから行方不明だったのかもわからない状態だったそうだ。


とうとう父に捨てられたのだと周囲から嘲笑された母は、父の失踪から1年と経たず、呆気なく肺炎で亡くなった。


こうして、完全にカファロ公爵家から縁を切られたフィオレだが、最近、ラコーニ公爵家からも距離を置かれている。戸籍の上では両親となっている前ラコーニ公爵夫妻が相次いで亡くなり、3年前、叔父を飛ばしてニコラスがラコーニ公爵になった。

幼い頃から何かと便利に使っていたニコラスだが、公爵の地位についたとたんにフィオレの言うことを聞かなくなったのだ。ニコラスの母を元伯爵令嬢だからと軽んじていた過去を懺悔しても、口先だけだろうと信じてもらえない。ニコラスがフィオレにこのような態度を取れるのには理由がある。


フィオレは、まだ、アルフレードの子供を産んでいない。


学園卒業後すぐ18歳で結婚したが、アルフレードはフィオレとの子作りに最初から体外受精を希望した。本来は屈辱だと怒るべきなのだろう。レオポルド以外に抱かれたくないフィオレは、問題ないと受け入れてあげたのだ。だというのに、何度体外受精を試みても着床することはなかった。


懐妊しないまま結婚から2年経った時、ヴィルガ王室最上の秘め事のはずの、王太子夫妻の体外受精が社交界の噂になった。

本来ならアルフレードの瑕疵になるはずの体外受精は、フィオレの瑕疵として広まる。レオポルドの乱心は悪女フィオレとどうしても結婚したくなかったのが原因で、アルフレードはそんなフィオレと子供を作れなくても仕方ないだろう、という、屈辱的な内容。


フィオレがどんなに調べても噂の発信元にたどり着けなかった。つまりは、国王夫妻かアルフレードが漏らしたとしか思えず、フィオレの瑕疵として広まったことからアルフレードを疑うしかない。この頃からアルフレードとフィオレは仮面夫婦になっていった。


そして、結婚から3年経ってもフィオレが懐妊しないことで、アルフレードは第二妃を娶り、第二妃は翌年王子を出産した。


この時、フィオレは第二妃も体外受精なのだと噂を流そうとした。このことで、フィオレはアルフレードと第二妃だけでなく、王妃とも決別することになる。アルフレードが女性と性行為ができないとなると、その母親である王妃が原因だと見られかねないことに気付いていなかった。

第二妃の出現で追い詰められていたフィオレは、計算を間違えてしまったのだ。フィオレを気に入ってくれていたはずの王妃は、孫が生まれたこともあり、完全に第二妃派になってしまった。


第二妃は2年前に二人目の王子を産んだ。これにより、1年前にアルフレードは王位継承し、フィオレは王妃となったのだ。


侯爵家出身の第二妃は、王子を二人産んだことで調子に乗り、最近ではフィオレの仕事の領域を犯してくる。今はアルフレードと共に同性婚を認める法案可決に向けて力を入れている。同性愛者は少数ではあるが、貴族の派閥を超えて篤い支持者を得ることができるだろう。卑しい方法で、少しでも自分の派閥を増やそうとしている第二妃には怒りしかない。


第二妃は地道ではあるが堅実に支持者を増やしていった。


学生時代にフィオレが気に入らないからと虐げていた者たちが、成長と共に身分が高くなり、第二妃派閥になっていることも原因だと認めよう。幼い頃からの婚約は変更になることもあるし、伯爵令嬢が公爵家へ嫁入りすることもあると知っていたはずなのに、と今更悔やんでもしかたない。


今、フィオレの言うことを聞く配下はとても少ない。1年前に資産を使い無理やり王妃になったが、第二妃が王妃になり、フィオレが第二妃になるのも時間の問題だろう。


王宮錠前魔導師に解除魔法陣の陣紙を作ってもらったことで、個人資産の残りは少なくなってしまった。けれど、これさえあれば大丈夫。これさえあれば、レオポルドさえいればいい。フィオレは第二妃になっても、これまで蹴落としてきた者たちに嗤笑されても、レオポルドさえいれば構わない。


辛いことがあった日は、いつも、自室から黒の離宮の高い塔を眺めていた。あそこにはレオポルドが生きているのだと、最上階の部屋に灯る明かりを見つめていた。

黒の離宮へ入ることは出来なかったが、予算案と、帳簿を見ることはできる。食品や生活用品、魔道具用の魔石の購入履歴を見て、レオポルドの生存を確認し、安心するのがフィオレの日課だ。


レオポルドと再会したら、1番最初に、イエル・ドルチェはとんだ阿婆擦れだった伝えよう。


生涯幽閉されたレオポルドに対して、その原因となったはずのイエルは、何事もなかったかのようにルオポロ王立学園へ戻り学生生活を送っていたのだ。そのこと知った時、フィオレは癇癪玉が破裂したように暴れたのを覚えている。怒りを我慢できずに物を壊したのはこの時が初めてだった。


その怒りのまま王家へ抗議しても、カファロ公爵家から離縁されているフィオレには何も言う権利はないと頭ごなしに却下されるだけ。ヴィルガ王国へ留学中のイエルの愚行について、ルオポロ王立学園内に噂を流すことしかフィオレには出来なかった。


その後、フィオレは配下にイエルの捕獲を命じたが、どんな手を使っても捕まえることができない。異常なほど腕の立つ護衛が常に隠れてイエルを守っていて手出しができないとの報告だったが、それもそのはず、その護衛はカルリノ・サンティ一代男爵だったのだ。なんとか生きて帰ってきた者がいたおかげで、レオポルドの幽閉後すぐに退職し行方不明になっていたカルリノが、ただの男爵令嬢イエルの護衛をしていたと判明した。


イエルはレオポルドだけでなく、従者のカルリノまで誘惑し落としていたアバズレ。


それでも、諦めず、イエルの捕縛が無理なら殺してもいいと命令し続けていたが、学園の卒業と同時にイエル・ドルチェは姿を消した。当時、アルフレードとの結婚で忙しくしていたこともあり、フィオレはイエルの足取りを追うことができず、結局、逃亡を許してしまった。


そのイエル・ドルチェの消息を見つけたのはほんの偶然。


1年前、王妃になってすぐの頃、何気なく開いた外国の新聞の三面の端に乗っていた小さな記事が目に入る。ヴィルガ王国から5つほど国を挟んだ遠い外国の遺跡で、古代の錠前魔法が解読され、開かずとなっていた宝物庫が開かれたという記事。その宝物庫を開けた考古学者のグループの写真。10人ほどが並んでいる白黒写真の右端。

イエル・ドルチェとカルリノ・サンティで間違いない。1番右にカルリノ、その隣にイエル、そしてイエルの隣にメガネをした同年代だと思われる男性が並んでいる。

イエルとそのメガネの男性の前には子供が二人立っていて、4人は家族なのだとわかる。


イエル・ドルチェはカルリノを従えたまま、別の男と結婚し、子供を二人も産んでいた。今日はその切り抜きを持ってきたので、レオポルドもこれを見れば諦めるはずだ。


最上階まで階段を上がったフィオレは、格子状になっているドアへ、解除魔法陣の陣紙をあてがった。



END.

After that, it's up to your imagination.

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隣国から留学してきたピンク頭の男爵令嬢です。対戦、よろしくお願いします! くびのほきょう @kubinohokyou

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