アーデルベルト編 後編

「はじめまして、クローディア嬢。ハイド伯爵嫡男、アーデルベルトと申します。」


「初めてお目にかかります。ナジェリィ子爵家長女、クローディアと申します。」


 婚約式の日。


 両親とともに訪れたハイド伯爵家のサロンに通された私は、親同士の挨拶が終わった後、アーデルベルト様に引き合わされた。


 カーテシーをし、ゆっくりと顔を上げると、黒味の強いグレーのジャケットに黒のシャツ、私の贈った赤い石のタイピンとカフスを着けた、私よりも頭2つ分背の高いアーデルベルト様が、穏やかに微笑んでいらっしゃった。





「父上、母上。これから大人の難しい話をなさるのでしょう? 僕たちは庭を散策してきても? ナジェリィ子爵様、令嬢をお借りしてもよろしいでしょうか。」


「よろしくお願いいたします」


 そう言って頷いたお父さま。


「あぁ、いいだろう。 ただ陽が強いからな。 クローディア嬢を陽の下に出さぬよう、気を付けるように。」


 少し強めに言い聞かせるようにおっしゃったのはアーデルベルト様のお父様であるハイド伯爵さまだ。


 婚約証明書にサインし、今回の婚約に関しての契約確認をしたのち、ソファから立ち上がったアーデルベルト様は私にそっと、手を差し出しながら笑われた。


「父上、流石の僕でもそれくらいの心得はありますよ。」


「どうかな? 勉強ばかりの朴念仁だからな。 クローディア嬢、何かあったら言いなさい。」


「そ、そのようなことは……」


 急なことで上手に返答できなかった私の手を、アーデルベルト様は優しく待ってくれている。


「さ、クローディア嬢。 許可も出ましたので行きましょう。 我が家の庭園は、見事ですよ。」 


「……よ、よろしくお願いいたします。」


 そっとその手を取ってソファから立ち上がると、日傘を用意して後をついてきてくれようとした侍女を制し、アーデルベルト様は自分で日傘を持つと、私と歩みを合わせながら、ゆっくりと庭園へ案内してくれた。


「美しい、ですね。」


「えぇ。 先代の当主夫人が花が大好きだったそうで今も綺麗に庭師たちが保ってくれているんです。」


「そうなのですね。 素敵ですわ。」


 そう言ってから、ふと気になってアーデルベルト様の方を見ると、彼は柔らかく微笑んだ。


 しばらく庭を歩いていくと、小さな白いガゼボについた。


「さ、どうぞ、クローディア嬢。 少し休憩をしましょう。」


「はい、ありがとうございます。」


 促されて座ったわたしとアーデルベルト様の前に、お茶の用意がされる。


「本当に素敵ですね。 お花がいっぱいで、感激してしまいましたわ。」


「それは良かった。」


 にこっと笑いながら、お茶の用意をしてくれたメイドに下がるように指示を出されたアーデルベルト様は、私にお茶を淹れてくれ、お菓子も取ってくださったりと、かいがいしく世話を焼いてくれる。


「あ、あの、私、自分でも出来ます……。」


 小さな声でそう言うと、


「今日は僕にさせてください。……実は、貴女に少しでも良いところを見ていただいて、好きになってもらいたいのです……内緒ですよ。」


「……っ!」


 そう言って、ふわっとお日様の様に笑ったアーデルベルト様があまりにも綺麗で、格好良くて、私は顔が熱くなった気がして、恥ずかしくなって両手で顔を覆った。


 そんな私の手を両手で包んだアーデルベルト様は、そっと、私の手を包んだまま手を下ろし、じっと私を見た。


「……っ。 あ、あの、アーデルベルト様……?」


「クローディア嬢にドレスが似合っていてほっとしました。 それに、アクセサリーも、僕の色に合わせてくれたんですね。 光栄です。」


 そう言われ、私は顔に熱がますます集まるのを感じた。


 確かに、今日の私は、贈っていただいた淡い黄色のドレスに、トパーズのアクセサリーを身に着けていて、全身アーデルベルト様の色を纏っているのだと自覚して、手をつながれたままの私は、どうかなってしまいそうで、つい俯いてしまった。


「ア、アーデルベルト様も、着けてくださって……嬉しいです。」


「贈っていただいて着けないはずがありません。一目見てお気に入りになりましたよ。」


 何とかそう言えてほっとしている私に、手に少し力を入れられたアーデルベルト様。


「クローディア嬢。 僕の事は、アデルと、呼んでくださいませんか?」


「……ア、デル……様?」


 急にそう言われ、慌てながらもなんとか名前をお呼びした私は、自分でもこのまま心臓が壊れてしまうのではないかと不安になる。


 なのに、アーデルベルト様はそんな私を、もっと壊してしまいそうな事を言うのだ。


「……やっぱりそう呼んでいただけるのは、嬉しいですね。 クローディア嬢。 ディアと呼んでも?」


「……はっ……はぃ……。」


 そう呼ばれるのは、嬉しい。


 なのに、答える声はうんと小さくなってしまった。


 お手紙ではちゃんとやり取りできるのに、何故お会いしたらこんなにちゃんとお話しできないのだろう。


 こんな風では、嫌われてしまうのではないか。


 そんな考えが頭を駆け巡って涙が出そうになる。


 慌ててもっと俯いたところで、ぎゅっと私の手を包む大きな手に力が入ったのに気が付いた。


 すこし顔を上げると、少し頬に赤みを増したアーデルベルト様が私を見て、泣かないでと言われ、それまでの笑顔から急に真剣な顔になった。


「……アデル様……?」


 不安になったわたしに、彼は真剣に、言葉を紡いでくれる。


「ディア。 君とは今日初めて会ったけれど、初めてな気がしないんだ。 それは、ずっとやり取りをして来た手紙を通し、君の視線で、いろいろな話や物を、見て、聞いて、感じて来たからだと思うんだ。」


 アーデルベルト様は、少し考えるように視線を動かしてから、手をつないだまま言葉を続ける。


「僕たちは……世間でもてはやされているような運命の恋をしているわけではない。 けれど、僕は、君と、ずっとこうして手をつないで、花を愛でながら、散歩して、話ができる夫婦になりたいと思っているんだ。」


 その時、ころんと手のひらに何かが落ちてきた気がした。


 同時に、アーデルベルト様の手の動きに促されるように私の手も開かれていく。


「これは……」


 アーデルベルト様の手の中の私の手の平には、お花のデザインのイエローダイヤモンドの指輪が光っていた。


「ディア、僕と、結婚してください。」


 ボロボロっと、指輪に大きな雫が雨のように落ちた。


「あぁ、泣かないで、ディア。 もしかして嫌だったかな……。」


「いいえ、いいえ。」


 片手を離し、胸ポケットから出したハンカチで、止まらない涙を拭いてくれるアーデルベルト様に、私は首を振った。


「アデル様……私も、同じ気持ちです。」


 私の言葉に、まるで太陽のように破顔したアーデルベルト様の手によって、黄色い花の指輪は私の右の薬指に嵌められた。














「おばあちゃま、おばあちゃま。」


「どうしたの?」


 ガゼボに座る初老の女性に、少しお澄まし顔の女の子がその指にはまる黄色い花の指輪を指さした。


「この指輪のお話みたいに、私も素敵な旦那様が出来る?」


「えぇ、出来るわ、いっぱいお勉強をして、素敵な淑女になったらね。」


「どうやったらなれるの?」


 可愛いお顔で首を傾げた少女に、女性は静かに微笑むと、遠くから太陽のような笑顔で歩み寄ってくる男性に、指輪のはまる手を振った。


「そうね、まずは上手にお手紙が書ける練習をするといいとおもうわ。」






fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ずっと大好きでした 猫石 @nekoishi_nekoishi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画