とある病院の怪

夢月みつき

本文「老婆の霊」

 ◆登場人物


 ・主人公 さかえ明実あけみ


 ・看護師


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 今でも、あの体験のことは、たまに夢にみることがあります。

 これは私、さかえ明実あけみが二年前にした入院中に遭遇した恐怖体験です。


 私はその頃、兵庫の旅行先で交通事故に遭ったために、右腕を骨折してしまって、市内のとある場所に存在する病院に二週間ほど入院することになりました。


 私は深夜にふと、目を覚まし、喉が渇いて食堂の麦茶をもらおうと、薄暗い廊下を歩きながら、ナースステーションの前を横切った。

 その時に、看護師さん達のこんな、会話が聴こえて来たのです。


「ねえ、知ってる? 305号室のYさん、見たんですってよ……」

「ああ~、また、あの例の話でしょ?夜中の0時になると、出るとかって言う……」

「やだ、怖~い。もうすぐ0時じゃないの! 私、今日は宿直しゅくちょくで朝まで勤務だわ」



 看護師さん達は一体、何の話をしているの? 私は気がかりでしたが。

 なんとなく、嫌な予感がして途中で聴くのをやめ、ステーションを横目でちらちらと見ながら食堂の方へと歩いて行きました。

 

 まさか、この時はあんなことが私の身に起こるなんて、夢にも思わなかったのです。


 食堂に着き、中に入った私は、電気を付けるとテーブルの上に麦茶、六リットル位が入る大きなブリキのやかんが氷の入ったボールの中に置かれていた。

 私はやかんを持ち上げると、プラの水玉柄のマグカップに冷たい麦茶を注ぎ始める。



 麦茶を一口飲み、私がマグカップを持って電気を消して、食堂を出ようとした、その時にそれは起こったのです。

 ガチャ―ン!

 突然、背後でガラスが割れたような激しい音が聴こえ、驚いて思わず振り向くと何も壊れていなくて……


「なんだったの……あの音は?」




 ◆





 私が再び食堂を出ようとしたその刹那、目の前に白髪で、まとめ髪の青い浴衣を着た老婆が現れて逆さに浮いた状態のまま、私にニカリと笑い掛けて来たのです。しかも、その目には黒目が無く白目だけでした。


「老婆の霊」挿絵

 https://kakuyomu.jp/users/ca8000k/news/16818093081574352314


「なっ、ひいっ! 助けて……!」

 あまりの恐怖で、マグカップを床に落とした私は、全速力で廊下を走り始めました。


 しかし、老婆は逆さ吊りのまま、私を追いかけて来ます。


 ―――助けて、助けて!何なの、あれは!?―――


 逃げながら、脳裏によぎったのは、看護師さん達の会話でした。


 さっきの話は、このお婆さんのことだったのだと。気づいても後の祭り。

 走ってやっと、命からがら、辿り着いたナースステーション。


「助けて!!!」



 私は血相を変え、ドアを勢いよく開けて、駆け込み助けを求めました。

「どうしたの!? 栄さん! そんなに慌てて」

 私のただならぬ様子を察した看護師さん達が、急いで駆け寄ってきます。



 ホッとして腰が抜けた私は、ナースステーションの床に力なく、座りこむと震えながら事の一部始終をおもむろに話した。


 すると、女性の看護師長さんが溜め息を漏らし、悲しそうな表情でこう言ったのです。


「……栄さん、それはきっと、五十いかるさんの奥さんだわ」



 看護師長さんのお話では、五十海さんは今から、三年前にここに入院されていたお爺さんだとおっしゃった。

 五十海さんは、重い病で長期入院しており、完治することなく遂に帰らぬ人となった。



 五十海さんと奥さんは、おしどり夫婦で奥さんは、それに耐えきれずに首吊り自殺をされ、それからというもの、奥さんは五十海さんを探して、この病棟内をさまようようになったのだと。



 高名こうみょうな住職や霊能力者にいくら頼んでも、成仏出来ずにいると言う状況を聴いて私は一刻も早く、旦那さんが、お迎えに来てくれることを祈らずにはいられなかった。



 あの病院にはあれから、一度も訪れたことはない。

 しかし、私が退院して、二年経った現在でも、あのお婆さんは旦那さんを求めてさまよっているのだろうか……?


 《完》


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 最後までお読みいただきありがとうございました。

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