愛おしい真実(2)
こんなところで何をするつもりだろうかと、レオヴァルトの興味の糸が強烈に引っぱられる。もう一度辺りを見回すと、ユフィリアは身を屈めて木の根元の光っている部分に手を伸ばした。
すると、どうしたことか。木の根の光彩が円を描き始め、やがて人ひとりがやっと通れるほどの大きさの光のトンネルが口をあける。やがて手を伸ばしたユフィリアの身体は、吸い込まれるように光のなかに消えてしまった。
「あんな場所に透過魔法が使われているのか……」
レオヴァルトが近づいて同じように手をかざすと、やはり光のトンネルが口を開いた。目を凝らして見てみると——まるで双眼鏡を覗いたかのように丸く切り取られた、教会の塀の外側の景色が見えている。
「抜け穴……?」
激しく興味をそそられトンネルに入ろうとしたものの、ふと思いとどまる。
この先、ユフィリアが何処に向かうのかが知りたくなった。ただ、得体の知れない抜け穴を通ることに若干の
ユフィリアが平気でも自分はそうでない場合がある、魔法で生成されたものには耐性に向き不向きがあるためだ。
すると、トンネルの向こう側にユフィリアの姿が垣間見えた。
「ん……?」
銀髪の後ろ姿は空に向かって手を振っている。
そうかと思えば、銀色の光のような何か大きな存在が閃光のごとく近づいてくる。
——あれは何だ……
巨大な光の塊がフィリアをひょいと拾い上げたかと思うと、瞬く間にレオヴァルトの視界から消え去った。
同時に光のトンネルが「ぶおん」と鈍い音を立てて閉じてしまう。
このまま見過ごして、何事もなかったように眠れるはずがないと、レオヴァルトの好奇心が訴えていた。
レイモンド司祭が悟った通り、教会に張り廻らされた結界を破ることなどレオヴァルトにとってはたやすかった。
門番のいなくなった教会の出入り口の結界を部分的に消し去ると、唇に指先をあてて詠唱を唱え、魔法を使って愛馬を呼び出した。少々強引だが時間がないのでやむを得ない。
結界の裂け目から馬に乗って外に出る。裂いたところは跡形も残さずきれいに修復しておいた。
——何処に行ったんだ
馬を歩かせながら見回すが、林に囲まれた教会の周囲にはそれらしき気配は見当たらない。ふと見上げれば、拳ほどの大きさの光の塊が三日月の下に浮かぶようにして飛んでいる。
「あれだ……!」
まさか、という思いがよぎる。
『美しい銀髪を靡かせながら月の下を飛び、貧しき者たちを救う月夜の女神』。
巷を騒がせている『月夜の女神』はレオヴァルトも知っている。教会から光が飛んだという目撃情報も相まって、その正体は中央大聖堂の筆頭聖女、イザベラではないかと噂されている。
レオヴァルトは時々空を見上げながら慎重に馬を走らせ、光の塊を追った。
寝静まる街を通り抜け、その先の貧民街で見たものは————。
ガタン、とスツールが鈍い音を立てる。
窓辺に立つと、白々とぼやけた明るさを世界にもたらしながら、朝陽が山際に顔を出そうとしていた。
「ユフィリアは治癒力を使えるのか……しかもあれほどの人数を、あんな短い時間で」
光の塊からユフィリアが貧民街に降り立つと、まるで待ち望んでいたかのように多くの人々が集まってきた。
病を患う者、怪我をした者。
ひとしきり彼らの治療を行なったあとは、光に導かれながら方々を巡った。
自力で歩けない者にも、聖女のグラシアを施すために。
「無能じゃ、なかったんだな……」
無能なクズ聖女と呼ばれるユフィリアが献身的に人々の治療にあたる姿を見た段階で、驚愕はすでに通り越している。
今はもう、初めて目の当たりにした聖女の
レオヴァルトに見せるユフィリアの、少し怒ったような、苛立ったような面差しがふと過ぎる。
「じゃじゃ馬も、弱き者にはあんなに優しい
レオヴァルトの口元に、自然と笑みが溢れた。
昇り始めた太陽を眺めながら、レオヴァルトは口元に拳をあてて思案に暮れる。あのような強力なグラシアを持ちながら、なぜユフィリアは教会でその力を発揮しないのか。
同僚の聖女や聖騎士たちから『クズだ』『無能だ』など罵られてまで、いったい何の拘りがあって。
——確か聖女は、治癒の力を消耗すると半日は戻らぬと聞く。もし昼間に教会にやってくる者たちの治療にあたってしまえば、夜間は消耗しきって休むしかない。
途端、脳髄が閃光に貫かれた。弾かれたように、レオヴァルトの黄金色の双眸が虚空を睨む。
「ユフィリア、そうだったのか……」
——金銭を払えない貧しい者たちを治癒するために昼間は無能を装って、グラシアを温存していた。そういうことなのだろう? ユフィリア……! 貧民街で私が見た君は、まさに貧しき者たちを救う、美しい『月夜の女神』だった。
「ユフィリア……。私も君と同じ志を持ち、黒騎士となって国を出たんだ」
——なんと健気で愛らしいのだ……!
誰よりも強いグラシアを持ちながら自ら汚名を甘んじて受け、クズ聖女を装っているユフィリアは、どこか自分に似ている気がする。
人知れず物思いに耽り、朝陽を見上げるレオヴァルトの
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