さらし者のふたり(3)


 

 イザベラの登場に驚きの表情を見せたユフィリアだが、すぐに目を反らせた。

 湧き上がる感情を抑えようと唇を噛み締めている。

 そんなユフィリアの反応を楽しむように微笑みながら、イザベラは尚も続けた。


「この婚約。ユフィリアのあまりに微弱なグラシアを、教会が案じてのはからいでしょうけれど? まさかあなたに先を越されるとは思っていなかったわ。私のグラシアは今でもじゅうぶん強力だから、結婚は急がなくてもいいってレイモンド叔父様はおっしゃっているけれど……私たちも婚約の宣告日を少し早めようかしら? ねぇ、ルグラン」


 ぴったり寄り添う聖騎士に甘ったるい眼差しを向ける。

 イザベラの腕に絡めとられた聖騎士ルグランもまんざらではないようで、照れたような笑みを浮かべながらイザベラを見つめ返した。


「ああ、でも私……これ以上グラシアが強大化したら持て余してしまうかも? でもまぁ、グラシアの加護は強力なのにこした事はありませんものね」


 聖女の治癒力であるグラシアの力は、聖女が結婚して夫と交わると強大化することが知られている。

 そういえばレオヴァルトが今朝、同じようなことを言っていたのをユフィリアは思い出していた。

 筆頭司祭レイモンド卿の姪であるイザベラが言うのだから、黒騎士との望まぬ婚約は、教会がユフィリアのグラシアを強大化させるために仕組んだもので間違いないだろう。


 ——でもっ、なんで黒騎士……。


 そこだけはどう考えても理解が追いつかない。

 王族に望まれでもしない限り、聖女は聖騎士と結婚するのが常である。わざわざ、黒騎士を連れてきて、くっつけなくても。

 それにこの黒騎士、教会とはどのような関わりだろう。

 黒騎士といえば、魔獣討伐の報酬目当てで国をも問わず、各地を転々と旅しているはずじゃないのか。


「そうだ、ユフィリア。あなたのお相手を私たちに紹介してくださらない? ルグランだって、あなたのお相手がどんな人なのか気になっているでしょうから」


 レオヴァルトは、先ほどから持論をまくし立てている美貌の聖女を見やり、次に彼女の隣でそわそわ落ち着かない聖騎士に視線を移した。

 他の聖女はユフィリアがこのルグランという聖騎士に《推し活》をしていたと言った。《推し活》の意味はレオヴァルトでもなんとなくわかる。

 要するに、ユフィリアはこの聖騎士を好いている。


 ——ユフィリア?


 『わがままで傲慢な聖女ユフィリア』は、先ほどから何を言われても唇を閉ざし、俯いている。


 傲慢なくせに何も言い返さないのだろうか。これではまるで非力な小動物が、白い蛇にジリジリと巻かれているようではないか。

 そんな異様な光景に、レオヴァルトは目を眇めた。


「……あらまぁ、どうしちゃったの? いつもあれほど《無駄に元気いっぱい》ですのに。ああ、わかった! 昔からずっとあなたの《推し》だったルグランに、婚約者を紹介するのが恥ずかしいのでしょう、そうなのでしょう?」


 一人芝居を続けるイザベラは柔らかな微笑みを絶やさない。誰に遠慮することもなく、内面から湧き上がる黄色い感情を余すことなく放出し続けていた。


「そうだわ……! ねぇ、ルグラン。あなたから婚約のお祝いの言葉を贈って差し上げれば? ユフィリアにいつもの《元気》が戻るかも知れないわっ」


 レオヴァルトが視線を斜め下に落とせば、ひゅ、と小さく息をのんだユフィリアがようやく顔を上げるのが見えた。

 どこか怯えたようなその表情に驚いてしまう。


 傲慢なはずの聖女は——まるで好いている相手から無碍な断りを受ける前の、純真無垢な少女の顔をしていた。



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