クズ聖女の婚約者(4)
「あの、ユフィリア……その、婚約おめでとう」
そしてレオヴァルトは聖騎士の物言いに呆れた。
ユフィリアに負けじ劣らずの青くささ。
おまえは陳腐な恋愛小説に登場する当て馬役かとツッコみたくなる。
「………っ」
銀色のツインテールがくるりと宙に円を描いた。同時に、レオヴァルトの視界からユフィリアが消える。
レオヴァルトとイザベラ、ルグランは、唐突に背を向けて早足に遠ざかっていくツインテールの背中を唖然と見送る格好になった。
「あら? ユフィリアったら、どうしちゃったのかしら。きっとあんまり嬉しくて、ルグラン様の顔を見るのが恥ずかしくなったのね。えっと、あなたは黒騎士の……」
ユフィリアという標的がいなくなると、人差し指を立てて唇に寄せたイザベラは、今まで一瞥もくれなかった黒騎士に媚びるように首を傾ける。
「………………レオヴァルトだ」
面倒くさいと思いながらも、ボソリと呟くように応えた。
レオヴァルトを上から下まで値踏みをしたイザベラは、ふぅん、と小さく鼻を鳴らす。
「あなた、黒騎士と言うからには魔力の使い手でしょう? 何だかとっても強そうだけれど、今後は教会に身を置く者の自覚を持つべきね。仮にも聖女の婚約者という立場上、もう少し《身なり》には気をつけなさい」
言葉が終わりに近づくほど、声色が冷ややかさを帯びていく。最後はまるで、立場の上の者が下の者にくだす命令のようだった。
「大聖堂一の美丈夫、聖騎士ルグラン様のようにねっ」
そうかと思えば聖騎士を見上げて甘ったるい声を放つ。
——なんなんだ、この女は。
レオヴァルトは終始無口を貫いていた。
こいつらに声を聴かせるだけの労力すら無駄であり、億劫だ——それでも。
レオヴァルトの眼裏には、今にも泣き出しそうなユフィリアの顔が浮かんでいた。
「イザベラとか言ったな。筆頭聖女だか何だか知らないが、私の身なりを諭す前にあなたも一端の聖女として、人の心の痛みを察する能力でも身につけた方がいいんじゃないか」
彼らの関係性をレオヴァルトはよく知らない。けれどこの筆頭聖女がユフィリアの想い人に言葉を迫った挙句、ユフィリアが傷ついたのはわかる。
あぜんと口を開けた聖女と聖騎士を背中に見て、レオヴァルトはその場を後にした。
「あの黒騎士……ユフィリアに似て、
今度はイザベラがひゅ、と喉を鳴らす番である。
立ち去る黒騎士の背中を睨むように見送りながら、ルグランの腕に回した自分の腕に、ぐ、と力を込めた。
*┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈*
聖女の加護を求めて次々とやって来る人々の治癒に翻弄される一日が、今日も終わろうとしていた。
「ふあぁ」と大きく息を吐きながら、グレースは自室に置かれたベッドに勢いをつけてダイブする。
南から渡ってきた移民が聖都に持ち込んだ流行病のせいで、教会の
重篤な病や怪我は中級以上の聖女が出張などで治癒にあたるため、流行病の治癒はグレースたち下級聖女の役目だ。
命をうばうほど重篤にならない病ではあるものの、一人を治癒すれば数時間は寝たきりになる。治しては休み、また治すを繰り返しているうちに、あっという間に日が暮れた。
「……ユフィっ」
怒涛の一日を終えて落ち着けば、親友への想いがどっと頭にのぼってくる。
ユフィリアが卒倒しそうになったのも、自分の治癒力が弱かったせいではなかろうか。背中の傷の治りが悪いのも気がかりだった。
今朝の礼拝でユフィリアの突然の《婚約宣告》を聞いたグレースだが、その後ユフィリアには会っていない。礼拝を終えてすぐ神官に呼び出され、聖都への遣いを頼まれてしまったからだ。
それにしても、昨夜ユフィリアの部屋を訪れた時には、婚約宣告を受けるなんて話は聞かなかった。それどころか、今まで黒騎士の「く」の字すら会話に登場したことはない。
「ユフィったら、いつの間にあの黒騎士と……」
幼い頃から教会で共に育ち、お互いに何でもすぐに打ち明ける仲なので、グレースはユフィリアの生理周期まで知っている。ユフィリアが自分の事なら何でも知っているように。
ユフィリアの部屋を訪ねてみよう。
そう考えていたところに部屋のドアをノックする音がした。
慌てて扉を開けに走れば、いつになく頼りない親友の声が、ドア越しにかろうじて聞こえたのだった。
「グレース……私よ、ユフィリア。ちょとだけいいかな……」
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