さらし者のふたり(2)



「どんな野獣でもべつに良いではありませんか。だって婚約者よ?」

「ふふ、それもそうね」


 見かねたレオヴァルトが何か言葉を発しようとすると、見越したようにユフィリアがレオヴァルトの袖を引き、俯いたまま首を振る。


 ——関わらなくていい、いつもの事よ。

 レオヴァルトには、ユフィリアがそう訴えているように思えた。


「それにしても。ユフィリアがまさか、ルグラン様以外の男に走るとはね。ルグラン様の《推し活》に、あんなに励んでいたのに?」


 あんなに、をやたら強調した物言いだった。

 三人のうちの一人が顎をしゃくって見下すような仕草をする。


「なに言ってるの、ルグラン様はイザベラ様に夢中なんだから。ユフィリアなんか、ルグラン様が相手にされるわけないでしょう? ルグラン様に失礼よ」


「ルグラン様がのご出身だと知っての《推し活》だったのかしら? スラム街から出てきた下級聖女が好きになるなんて、身のほど知らずも良いとこですものね」


 レオヴァルトに「もう行きましょう」と促して、背を向けたユフィリアを罵声が呼び止めた。


「ねぇユフィリア! あなた、公爵家のご当主様にいただいたお菓子を突き返したそうね。こんなものを食べたって神聖力グラシアは回復しない。お菓子を持ってくるほど症状に余裕があるなら教会に来るな! って叫んだそうじゃない……!」


「自殺行為よ。レイモンド司祭様の助け舟がなければ首が飛んでいたかも。無能、つまり『のうが無い』と言われるだけあって、頭の方もよろしくないようね」


 首が飛ばなかった代わりに鞭が飛んだ。その結果が背中の傷だ。

 身体じゅうに迸る灼けるような痛みを、ユフィリア以外の聖女たちは一生涯知り得ないだろう。


 レオヴァルトが隣に立つユフィリアを一瞥する。

 昨日までの威勢の良さはどこに消えてしまったのか。唇を一文字に引き結び、睫毛を伏せた瞳は感情を持たないままどこか一点を見つめている。

 ユフィリアが黙っているのを良いことに、聖女たちの悪態はとどまるところを知らないようだ。


「今朝の礼拝で納得いたしましたわ。疎まれやすい似たもの同士がくっついた、とでも言いましょうか」

「と〜ってもお似合いよね」

「スラム街出身の無能なクズ聖女と、金銭目当てで魔物を狩る穢れた黒騎士の婚約ですものね……!」


 彼女たちの間で派手な嘲笑が湧き起こる。

 レオヴァルトがあからさまな悪口に眉を顰めたとき、若い女性の透き通る声が嘲笑を一蹴した。


「あなたがた……! そんな酷いことを言葉にすべきではありませんわ。わたくしたちは高貴な聖女の肩書きを背負っているのですよ。下品な物言いはお慎みなさい」


「イザベラ様、ルグラン様っ」

「聞かれていたなんてお恥ずかしいですわ。わたくしたち、とんだ失礼を……!」


 諌められた三人の聖女が慌てたようにサッとその場をあとにする。

 レオヴァルトの双眸に映ったのは、誰もが目を見張るような美貌の聖女と、聖女に締め上げられるほど強く腕を組まれた聖騎士の、凛とした佇まいだった。


「ふふ」


 白金しろがねの長い髪を風に遊ばせた美しい聖女が、唇に可憐な微笑みを浮かべている。その瞳は海のようにあおく、けれど光を宿すことなく燻んだ翳りを見せていた。


「先ずはおめでとうと言うべきね、ユフィリア」



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