下級聖女
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目を覚ませば、首筋がぐっしょりと濡れていた。
夜着の背中もじわりとしけっていて、よほど寝汗をかいたのだとわかる。
——またあの《予知夢》を見た。
幼い頃から何度も見ている夢。
何度もと言っても、内容は最初に見た夢とは違っている。
ユフィリアの行動によってその結末が変わったことから、ユフィリアは《予知夢》だと認識した。
——きっとあのいけすかない黒騎士に会ったせいだ。
そこに関連性があるとは思えないが、今はなんでもいいから理由づけがしたかった。
レオヴァルト、と名乗った男につかまれた手首が呪いにでもかかったように赤黒く変色している。
——あの黒騎士……むかつく……今度会ったら倍返しだ!
《予知夢》を最初に見たのは十歳の時で、ユフィリアが聖女として身を置くこの中央大聖堂に連れて来られた、まさに前夜であった。
あの夜に見た夢の内容は、こうだ。
孤児であるユフィリアは農家を営む貧しい親戚の家に細々と身を寄せていた。
食べるものもろくに与えられず一日中飢えていたユフィリアだったが、あるとき天からのギフト《神聖力》——グラシアと呼ばれる——を授かったのだ。
その噂は聖都にも届き、立派な修道服に身を包んだ神官がやってきて、ユフィリアを聖女として育てるべく村から連れ出そうとした。
しかし自分で大きな決断をするには、ユフィリアはまだ
激しく拒んで村に居残ったユフィリアを待っていたのは、育ての親からの酷い折檻と、その果ての……死。
——そんな悪夢を見た翌朝に、なんと夢で見たとおりの強面の神官がユフィリアを訪ねてきたのだった。
恐ろしさのあまりおとなしく応じたユフィリアは死を迎えることなく、十八歳になった今日まで、聖都の中央大聖堂で生きのびている。
水を一杯飲もうとベッドから立ちあがったとき、
「……痛ッ……」
昨夜、鞭で打たれた背中の傷が治りきらずにどくどくと痛んだ。
親友の聖女グレースが癒してくれたものの、傷があまりにも深く、下級聖女のグレースの力では完治しなかったようだ。
——どうして《まだ》あの夢を見るの……?
痛む背中をかばいながらピッチャーの水をグラスに注ぐ。
ひとくち飲めば、気持ちが落ち着いた。
二度目に《予知夢》を見たのは十六歳、聖女認定の日の前夜。
それは、たった今ユフィリアが見たのと、ほとんど同じ夢だった。
聖女の力を試す場で、ユフィリアは他を圧倒するグラシアを見せつけた。
ユフィリアの強大な力は隣国アルハンメルの王に切望され、その国の王弟陛下との婚姻を結ぶことになったのだ。
そして——夢の中で見たあの悲劇が起こる。
「
おぞましいあの《予知夢》に争うべく、ユフィリアは今日まで奮闘してきた。
まずは悲劇の発端となった聖女認定。
力を示すどころか下級聖女でも簡単にやり遂げるような治癒すらできないふりをした。
しかし、ユフィリアは他の聖女が持たない『心の病』を癒す力があった。
ユフィリアがグラシアを注ぐと、鬱症状に悩まされる患者の気分が嘘のようにスッと軽くなるというのだ。これは極めて特殊な力であり、ユフィリアはギリギリ『聖女』として認定された。
擦り傷さえ治せない者が聖女として認められたのは、今思えば精神の病は王族や貴族が多く抱える病であるため、ユフィリアを金儲けの手段として利用すべく金の亡者レイモンド司祭の思惑が絡んでいたのだろう。
こうして下級聖女ユフィリア・ダルテが誕生する。
まず、外的な傷全般を「治せない」と一蹴した。
それでもグラシアを使って傷を消せと押し切る者は傷口に包帯を巻いただけでお帰りいただいた。
憤った患者から非難の言葉と治療費の返還を求められたのは言うまでもなく。
おかげでユフィリアは十八歳のベテラン聖女となった今でも、かすり傷程度の簡単な傷さえ治せない《無能聖女》と呼ばれている。
治癒を求める者を無碍に追い返すことも珍しくないので、聖女認定から半月もしないうちに《無能》の後ろに《クズ》がくっついた。
無能なクズ聖女ユフィリア。
だからこそ王族に求められることも、王弟陛下との婚姻も避けられた——はずなのに。
「このやり方でいいんだよね? 私を庇ったあの人を、死なせずに済むよね………?」
ユフィリアが選んだ回避方法で間違いないのなら、なぜまた同じ夢を見たのだろう。
——考えてても仕方がない、私は自分にやれることをやるだけ。王族との結婚が避けられたんだもの。これから先も、きっとうまくいく……!
窓際に立ってカーテンを開ければ、朝ぼらけの空が眩しかった。眼前に広がる王都の町を眺めながら、ため息の代わりに「う〜ん」と伸びをする。
背中が痛むので、いつもよりちょっと控えめに。
唐突にノックの音がして、隣部屋のグレースの明るい声がした。
「ユフィ……起きてる? 私だけど、入ってもいい?」
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