最終話
「き、来てしまいました」
「貴方には田舎すぎましたかね」
「いえ、とっても素敵な場所です。しかし私は……」
「何を気負うのです。俺は、貴方の味方ですよ」
◇ ◆ ◇
遡ることは二ヶ月前。マリアンヌ=ラ=グラーツが悪逆非道の紛い物の皇帝を断罪した後。
「姉者!」
マリアンヌ。いや、イザベルが血相を変えて王城の医務室に飛び込んで来た。
「姉者、すぐに手術を!」
マリーは意識を失っているが、その心臓は確かな鼓動を刻んでいる。イザベル自身がマリーに剣を突き立てたこともあり、急所を見事に外れていた。俺には分かる。これは、確実に助かる。
イザベルは若干の緊張を孕みならがも見事にマリーの命を繋いでみせた。
「ヴァレンシュタイン卿のおかげです。それにしても、無茶苦茶ですよ? 姉者は確かに羽のように軽いですが塔から落ちる女性を抱えとめるなんて」
「成功したから、問題ないでしょう?」
「むう、確かに。心から感謝します。貴方がいなければ姉者は助からなかった」
「しかし、良いのでしょうか。これは俺と貴方のわがままだ。マリーは、全ての憎しみと責任を負って死ぬことを望んでいた。きっと、マリーは王族や貴族を殺して自分だけ生き延びることを是としない」
「何言ってるんです、馬鹿なんですか?」
心底呆れたような口調でイザベルは吐き捨てた。まるで哀れな籠の中の鳥を見るような目で。
「貴方は姉者に惚れたのでしょう? だったら、姉者が目覚めたら抱きしめろ。姉者の心を支えろ。生涯をかけて守り抜け。その責任を投げ出すことを私は許さない」
「しかし、俺は影武者だ。マリーを守る力なんて……」
「はあ、救いようのない馬鹿ですね」
イザベルは大きな溜息を吐いてみせた。
「アドルフ=ドルトムントは昨日の政変で死んだ。今の貴方はただのレオン。姉者はただのマリー。だったら、惚れた女の一人くらい守ってみせろよ。姉者を泣かせたら地の果てまで追いつめてぶっ殺しますよ?」
「……なるほど。俺が影武者でなくなる、か。マリーはそこまで考えていたのか。やっぱり、凄い」
「なんたって私の姉者ですからね。世界一聡明で美しいんです! ほら、さっさと姉者を抱えて去ってください。じきに民衆が押し寄せますよ」
「貴方は、どうするのですか?」
俺はマリーをできるだけ優しく抱える。
「マリアンヌは一年前に死んでいる。民衆が見たのはただの奇跡。よって最後の皇帝はもう必要ない。イザベルも社会的には昨日死にましたし私は自由です。となれば責務を果たして、後は好き勝手にやりますよ。心配は無用です。貴方は姉者の事だけ考えてろ」
「そうですか。……本当にありがとう、イザベル」
「礼には及ばびません。勘違いしないで下さいよ? 姉者を助けたのは私が姉者を世界で一番愛しているからです。決して貴方のためじゃない。そこをはき違えた瞬間、私が貴方を殺します」
「肝に銘じておきますよ。それでは、またどこかで」
そうして俺とマリーは、グラーツ帝国を去った。
◇ ◆ ◇
そして、ドルトムント帝国のヴァレンシュタイン領にやってきたのだ。
「……ありがとう。レオン、イザベル」
マリーは呟いた。
「礼をするのはこちらの方です。生きていてくれて、本当にありがとう」
「驚きましたよ。目が覚めた瞬間貴方に抱きしめられて」
「あれは、イザベルに嵌められました…」
他愛もない話をしながら、特に目的もなく城下町をぶらつく。すると屋台が並ぶ通りの一角に不思議な木箱が置かれていた。なんとかく惹かれて、近づいた。
「何か書いてありますね。『悪逆非道の皇帝殿下へ』ですか」
「開けてみればいかがです? 明らかに私達に向けられた物でしょう。きっとイザベルの仕業です」
遅る遅る開いてみると、そこには――
「からくり仕掛けの義手でしょうか」
「手紙がありますわよ。ええと、『親愛なる姉者へ。私の『技術』の集大成であるこの義手には七つの攻撃手段が備わっています。側にいる馬鹿に腹が立ったらいつでも隣の馬鹿を殺して私の所へ戻ってきてください。追伸、馬鹿へ。今はまだ見逃してやる』ですって」
「はあ、相変わらずだ」
「ふふ。私の妹ですもの」
そう言ってマリーは笑う。やっぱり綺麗だ。
「あら、手紙に続きがありますわよ。グラーツでは無事無血で共和制へと移行したそうです。平民中心の議会が国を動かすと書かれています。あら、イザベルが身分を偽り統領になったそうですわよ」
「なら安心だ。叶いましたね、貴方の願い」
「そうですわね。ねえ、私達はこれからどうしましょう」
「そうですね……ハンバーガー屋でも開きませんか? こんな田舎なら物珍しさで繁盛しますよ」
「名案ですわね!」
俺は、マリーの柔らかく温かい手を取り歩き出す。
「ふふ。『楽しい』ですわね」
「ええ本当に。だって、貴方がいるのだもの」
【終】
貴方に惚れて救われて まくつ @makutuMK2
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