第6話

 クーデターが起こった。


 突如として現れた謎の騎士と隻腕で仮面を付けた姫。不思議な武器を備えた一団の手によって、グラーツ帝国が世界に誇る鉄壁の王城は瞬く間に占領されつつあった。


「おい、何だよあれ。あんな強い奴なのにどこの誰か分から無えってのか!? 化け物が!」

「文句を言う暇があったら剣を構えろ! ぐあっ!」

「怪我人の救護に回れ! クソッ、殺さない斬撃で足止めかよ!」


 帝国自慢の騎士達は瞬く間に切り伏せられていく。指揮系統を計算ずくの手口で潰されたせいで有象無象になす術はなかった。


「なんだよこの武器。弓のようで弓じゃねえ!」

「怯むな、戦え!」

「御免だ! 俺は家族がいるんだ。逃げてでも生き残る!」


 混乱に陥る騎士達の脚を次々と矢が貫き、謎の騎士が棍棒で腕を砕く。戦闘不能に陥った騎士達で王城は溢れかえる。


「殺さない旨、徹底するように」

了解、我が王よイエス、マイロード

「滑車を取り入れた弓ってのも悪くないですね。個人の技量が威力に反映されない分殺傷力もコントロールできるし」

「それでは、参りましょうか」


 王城が制圧されるのに一時間とかからなかった。丁度行われていた第三皇子派の会議も、第二皇子派の秘密裏の会合も成すすべなく抑えられ、その場に居た者は全員捕縛された。


 王族や貴族を捕えた王城一の大広間へ向かう廊下。騎士は仮面の姫に話しかける。


「それにしても、拍子抜けするほどうまくいきましたね。自分がドルトムントの者だとは誰も気が付いていないようです」

「バレませんよ。影武者という立場上、貴方の強さは隠れていた。軍事大国ドルトムント王国。独自に発展した武術はグラーツ帝国の騎士を凌ぎます。故に、貴方は強い」


 騎士は大広間の扉を開く。数多の憎しみの視線がクーデターの首謀者へと集中する。


「貴様等、こんなことが許されると思っているのか! じきに近衛騎士団が到着する。そうなれば終わりだ。死を何度も望むほどの拷問の果てに殺してやる!」

「やめろ、レオ。第三皇子らしく王族の品位を保て」

「はっ! 兄上は余裕ですな。まさかこれは貴方の差し金なのですか?」

「だったらいいんだがね」


 第二皇子と第三皇子が口汚く罵りあう。それに騎士が近づいて。


 ドンッ!


 棍を勢いよく二人の間に振り下ろす。大理石の床が弾け、破片が二人の皇子の肌を浅く抉る。


「黙れ、ゴミ共が」

「ヒッ!」

「………」


 騎士はそれ以上語らない。ただ無言で、主君の方を振り返る。


「そろそろ、潮時でしょうか」

「ええ」


 仮面の姫もまた、それ以上は語らない。ただ無言で、その手の剣を振り上げる。


 そして、振り抜く。


 ヒュッ! トンッ!


 不気味なほどに軽快な風切り音。二人の皇子の首が同時に飛び、落ちる。


 一拍置いて、本来上にあるべき物を失った首から噴水のように鮮血が舞った。


「幕引きです」

「待て! 金か? 権力か? 何でもやろう。だから私だけは助けてくれ」

「俺もだ! こいつより良い待遇は約束する!」

「こっちだって、こんな辺境貴族より俺のほうが!」


 ダンッ!


 再び大広間に轟音が迸る。騎士が投げた剣は正確に天井のシャンデリアを貫き、巨大な硝子の芸術が落ちる。煌めく破片。止まない悲鳴。


 襲撃者の一人が無言で手に持った筒に火をつけ、放り投げる。


 そのまま仮面の姫を先頭に襲撃者は大広間を去る。振り返ることはない。縋る声に耳を傾けることはない。その歩みが止まることはない。


 重厚な音と共に扉が閉まる。


 爆音が、轟いた。


「………」

「………」

「………」


 クーデターはあっという間に完遂された。勢力に関係なく全ての王族と貴族を皆殺しにするという結末で、完璧に。


 紛れもない成功。だというのに新たな支配者の一団が喜ぶ様子は無い。いっそ辛いような、浮かない表情。真昼だというのに王の間は薄暗く、重い空気が贅の極みを尽くした部屋を支配する。


 だた二人、騎士と仮面の姫だけが淡々としていた。


「殿下、計画は滞りなく進んでおります」

「そうですか。ならば予定通り、実行は明日です。準備は完璧に行うように。失敗は、許されないのですもの」

了解、我が王よイエス、マイロード



 ◇ ◆ ◇



 翌日、グラーツ帝国王城『王の塔』


 王城の頂上部に位置し、特赦な塔の構造を以て音を極限まで反響させることにより皇帝の声を民に直接届ける場。『技術』に特化した第七王女の進言で七か月前に整備された、その場で。


「ここに新たな皇帝の即位を宣言する」


 仮面の姫は声高らかに宣言した。声は王都全域に広がる。


「あの王家はいけすか無ぇけどよぉ、それを暴力で乗っ取るってのは嫌だな」

「分かるぜ。顔も隠してるし信用できないよな」


 新たな皇帝を前にしても民の顔に喜びは無い。そこにあるのは絶望。古き王を滅ぼして強引に得た王座など、民は認めない。


 だから。


「悪逆非道の偽物の皇帝よ。私は、貴様を裁く!」


 もう一つの声が王都中に轟いた。美しい黄金の髪を風になびかせる一人の女性が皇帝に剣を突き付ける。


「私の名はグラーツ帝国第四皇女、マリアンヌ=ラ=グラーツ! 死の国より舞い戻り、今ここに貴様を粛清する!」


 そこにいたのは、イザベル=ラ=グラーツ。しかし王城の頂上部。眼下の民は誰一人として彼女が本物のマリアンヌでない事には気が付かない。


「紛い物の皇帝よ、マリアンヌ=ラ=グラーツの名の下に貴様を滅する! 一千万の民よ、今こそ民の国を生む時だ。立ち上がれ、民よ。掴み取れ、自由を。他の誰でもない、貴方自身の手で! 私は、帝国最後の皇帝として今ここに『グラーツ共和国』の樹立を宣言するッ!」


 そう言うや否や、最後の皇帝は紛い物の皇帝へと斬りかかる。一直線に悪逆非道の皇帝の胸に飛び込んだ。


 そして。


 寸分の狂い無く、断罪の聖剣は紛い物の皇帝の胸を貫く。


 偽物の体が崩れ落ちる。そして、王の塔から一直線に落下。


 王城の近くで見ていた民から歓声が上がる。それは次第に広がって、王都を歓声が覆い尽くす。


 悪逆非道の紛い物の皇帝。彼女が死んだのは誰の目にも明らかだった。


「「「グラーツ共和国万歳!!!」」」


 民の声は三日三晩新時代の到来を祝い続けた。

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