1-Ex2. 語尾にまつわる転換期
クレアとウィノーがリッドや司教と分かれた後、最初は街中を散歩していたが、このままでは話ができないことに気付き、やがて、人も疎らな緑地の多い公園に向かって歩いていく。
「あ、動物だ! 待てえ!」
「にゃっ!」
「……ねえねえ、それ、お姉ちゃんの? 触らせて?」
「うーん、いいですけど、優しくですよ? 動物だって言ってくれているように、サイアミィズも生き物ですからね」
「にゃー」
「はーい! 名前はあるの?」
「ふふふ、ええ、ウィノーちゃんですよ」
「ウィノー! やわらかいね!」
「にゃあ」
「ふふふ、そうですね」
道中、しばしば子どもに追いかけられたりぐしゃぐしゃと撫でられそうになったりするウィノーだったが、それにかこつけてクレアの胸へと飛び込めたためか、あまり嫌そうな顔をせずに子どもの声が聞こえたら即座に対応していた。
クレアも子どもたちに諭しながらウィノーを触らせるなどして楽しかったのか、はたまた、また肌触りが良いウィノーの美しい毛並みを子どもたちと一緒に触っていて幸せと感じたのか、顔がしょっちゅう綻んだまま中々元に戻らない。
子どもたちも普段は触れない動物に触れることで幸せそうな表情を浮かべる。
まさにウィンウィンウィンな三方良しの関係だった。
そのような時間を経てからようやく公園の一角に辿り着くと、クレアがきょろきょろと周りを見渡してからゆっくりと腰を下ろす。
彼女の腰を下ろした先はある程度手入れの施されている芝生であるものの、刈られてからしばらく経っているのか、伸びて頭の揃わない状況だった。
「さて、ここなら他の人からも少し離れていますし、喋っていても大丈夫な気がします」
クレアがあくまで不自然にならないように日向ぼっこでもしているような感じで座り込む。
「にゃー……たしかに、今なら大丈夫かもね」
もちろん、ウィノーは尻尾を左右にくねらせながら、スッとクレアの膝の上に飛び乗った。その後、膝の上で丸まって、尻尾をゆっくりと振り子のように小気味の良いリズムで揺らしている。
「あの、さっきは本当にごめんなさい」
「え?」
「あ、あの……花束の……勝手に、リッドさんだけにもらったもの、とか、ウィノーちゃんの気持ちとか、も汲み取れずに、その、あの、勘違いしちゃって……ちょっと舞い上がっちゃって……」
クレアが急に謝りだしたために、ウィノーがきょとんとした声をこぼす。すると、彼女は少し慌てた様子でバツ悪そうに先ほどの非礼を詫びているのだとぽつぽつ単語を並べて説明した。
ウィノーは彼女の話を聞いて、しばらく無言になった後、口を大きく開けて欠伸をする。
「あぁ。全然気にしない、気にしない。いや、気持ちは分からんでもないぜ。オレだって、もしもクレアちゃんから素敵なプレゼントなんか貰っちゃったりなんかしたりしたら、それが天国行きの切符さ」
「ふっ……うふふ……」
「ま、それに、リッドは絶世の美男子ってわけじゃないけど、そこそこに顔が整っているしな。声も歳の割に落ち着いたカッコいい感じだし?」
「あ、あの、たぶん、別にリッドさんのことを好きとか、たぶん、そういうのじゃないのですけど、たぶん、その、冒険者として尊敬……とか? 憧れとか? たぶん……」
クレアは頬をわずかに紅くしながら、「たぶん」を連呼する。彼女自身、恋心か、尊敬か、はたまた、ただの憧れか、自分の中で分かりかねていた。
「……そう? ま、それでも、カッコ良さや男としての魅力はオレほどじゃないけどな。クレアちゃんはそんな超優良物件のオレを射止めたんだよ?」
「うふふ、ありがとうございます」
「ありゃりゃ、信じられてないね、こりゃ。クレアちゃん、そんな余裕かましてると、いつか本当のオレを見て、逆に言い寄ることになっちゃうんじゃない?」
クレアがまるで子どもに結婚を申し込まれた時の対応のように余裕のある微笑を崩さないためか、ウィノーは少し面白くなさそうに前足を舌で毛づくろいしながら呟いた。
「本当のウィノーちゃん?」
「そうさ。
「本当ですか?」
クレアはウィノーの言葉に嬉しさを隠しきれず、表情どころか言葉にも嬉しさが載せられている。
「ま、ハトオロは昔のオレやリッドのいた冒険パーティーのことを知っているようだから、言わずとも何となしに気付いているようだけどね」
「……なんか有名な人たちを知らない世間知らずって言われている気がしますけど?」
「あらら、ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだ」
「うふふ……冗談です。きっと、私の知らないことはたくさんありますから。いっぱい教えてくださいね」
「もちろん! いろいろと教えちゃうよん」
「ありがとうございます」
クレアとウィノーの会話が一旦落ち着く。すると、公園には心地良い風が淀みなく強くなくそよそよと吹いていて、彼女の金色の髪が優しく揺れている。
「良い風だなあ……最っ高のお散歩デートだ。クレアちゃん、何かしてほしいことあるかい? 今なら円舞曲も踊れる気分さ」
強くも弱くもないぽかぽかとした陽気にウィノーの気持ちが大きくなった。クレアはその言葉を聞いて、少し考えた後、はたと閃いたようで、そうだそうだと言わんばかりに目を輝かせてウィノーをじぃっと見つめている。
「してほしいこと……あ、じゃあ、ウィノーちゃんにちょっとお願いがあるのですけど……」
「な、なに? そんな改まって……愛の告白なら大教会に戻ってからの方がそのまま神にも誓えるんじゃない?」
ウィノーは何事かと思い、いつものような軽口を叩く。
しかし、クレアの口から出る言葉はウィノーの予想だにしていなかったものだった。
「にゃって鳴いてください」
一瞬、時が止まった。
「……にゃ? え? にゃ、にゃあ?」
ウィノーが驚きつつもきちんとお願いを聞いてくれているため、クレアの圧が高まった。
「次に、言葉の最後にニャを付けてください」
「え……こうかなニャ?」
クレアの圧がさらに高まり、少しばかり鼻息が荒くなっていた。
「えっと、なで終わる時は、なをニャに変えて、そうじゃない時はニャを付けたす感じで」
「えっと……注文が多いニャ……こ、これでどうかニャ?」
クレアの圧が最高に達した。
「……かわいい」
「え?」
「その言い方、とてもかわいいです! 私、それ好きです! 大好きです! 超かわいい!」
クレアの異様な喜び方に、ウィノーはもちろん9割がた戸惑うような雰囲気だったが、彼女の圧に勝てなかったのか、徐々に彼女の嬉しさがウィノーにも浸透して込み上げてくる。
「そ、そうかニャ。かわいいかニャ?」
「はい! 今度からそれでお願いします!」
一瞬、いや、数秒ほど、時が止まった。
「え……ずっと……ニャ? え、本気かニャ?」
ウィノーはなんとか語尾のニャを忘れずに付け続けていた。
「はい! すっごくかわいいです! メロメロです!」
ウィノーのプライドはぐらぐらに揺れていた。
カッコいい自分を貫くか。
クレアに喜んでもらえるかわいい路線も加えるか。
自称20代のサイアミィズが10代女の子のお願いを聞いて悩み抜いた末の結論が出た。
「メロメロかニャ……ぐぬぬ……分かったニャ」
ウィノーの中で「カッコいいを貫くプライド」よりも「クレアに好かれたい気持ち」が勝った瞬間だった。
「わぁ……やった。すごくいいですよ! すごくかわいいです!」
クレアは小さく手をパチパチとさせて拍手を送る。その太陽のような輝かしい微笑にウィノーのプライドはほとんど灼き尽されていた。
「オレの魅力はカッコ良さのはずニャ……いつか分からせてあげるニャ……」
こうして、ウィノーのプライドが瀕死になりながら、ウィノーの語尾は今後ニャになるのだった。
ダンジョン仕舞いのリッド 茉莉多 真遊人 @Mayuto_Matsurita
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