1-Ex3. 今も夢に見るあの時

 これは夢だ。


 またこの夢だ。


 リッドはそう気付いていた。自分が夢の中にいて、この結末を知っていて、この結末を変えられないことを知っていた。



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 とある未開のダンジョンの中。


 リッドは仲間たちとともに、新しく発見された上級ダンジョンの深層調査を依頼として受けていた。


「リッド、そろそろ最下層じゃないか? いくら新発見のダンジョンで、仮に上級だとしても、ここまで深いのはなかなかないぜ? はぁ……つうか、オレはもう終わりだと、そう思いたいね。足が棒になって、そこらへんで棒を探して足の足しにしなきゃならなくなる。足が棒で、棒が足ってな。そうじゃなきゃ、一服する時間がほしいとこさ」


 口に火のついていない黄色の紙巻きたばこを咥えた男がリッドのことを名指しで呼んだ後に、眉根を寄せてうんざりした様子で行き場のない愚痴を溜め息混じりにこぼしている。


 男は長身で眉目秀麗という言葉が似合う美男子ではあるが、どうも道化師にも見える出で立ちだった。


 青色のズボン、赤色のシャツ、黄色のローブという派手な原色服を着ていて、さらには、服装そのものは魔術師だが、服装と同じように3色で塗り分けられたような髪色までしていたためだ。


「そうだな。ジェティソンはどう思う?」


「まあ、僕もダンプと同じ意見かな。そろそろなんじゃないかって思う。でも、僕は休まなくてもいいかも」


 リッドが自分より前を歩く重装備の男をジェティソンと呼び、大きな盾を構えたままのジェティソンは待っていましたと言わんばかりに間髪入れずにその言葉を吐きだす。


「ちぇっ! 脳筋体力自慢のジェティソンと天才繊細なオレの体力が一緒なわけもないだろ?」


「ははっ。そりゃそうだね」


 ジェティソンの言葉に、ダンプと呼ばれたド派手な美男子は口を尖らせて、ぶーぶーと文句の矛先をリッドからジェティソンへと向ける。


 しかし、ジェティソンは日常茶飯事なのか特に気にした様子もなく、はいはいといった様子でダンプの言葉をさらりと流していく。


「そうか。なあ、ピュリフィも同じか?」


 リッドは自分の斜め後ろで後衛寄りに歩いている女性をピュリフィと呼んで意見を求める。


 彼の言葉に反応したピュリフィはダンジョンに似つかわしくない美少女だ。


 透き通るような色白のきめ細かな肌、眩いばかりの薄い金色をしたセミロングほどの長さの髪、目尻の上がった目、長く細く多いまつ毛を持つ瞼が開くと見える淡い空色の瞳、少し薄めの厚みをした桃色の唇、チークを塗ったようなほんのりと赤みを帯びた頬、それらを組み合わせてまるで絵画や彫像ようだと思わせる。


 彼女の服装は白地の多いもので軽装の冒険者然としているものの、少し短く加工された白いローブと自分の背丈ほどの白い錫杖の2つによって聖職者を容易に連想させた。


 なお、胸は平均的で小さくも大きくもない。


「ええ、そうね。気持ち的にはダンプと同じよ。ちょっと休憩をはさみたいかもね。あと、嫌な予感がするから、帰れるなら帰りたいわね」


 ピュリフィの高くも凛とした声が感情を抑えているように聞こえるからか、言葉と同時にさらっと自分の髪をさっと掻き上げたからか、彼女の雰囲気を少し冷たく感じさせる。


「さすが、ピュリ姉。オレたちやっぱり気が合うよねえ」


「私たちは後衛職なんだから、一緒になりやすいのは当然よ。何も特別なわけじゃないわ」


「えぇ……ピュリ姉、冷たい。聖女見習いならもっと愛想をよくいかないとさ」


「何か言ったかしら?」


「なーんも」


 一番後ろにいたダンプがひょいとピュリフィの隣に立ち始めて、目を細めて嬉しそうにピュリフィの賛同の声にうんうんと肯いていた。しかし、冷めた様子のピュリフィの言葉を聞いた後は両手の人差し指を突き合わせて物憂げにボソッと呟いて終わる。


 リッドがいつもの様子に安堵していると、先頭で歩いていたジェティソンが右手で制止の合図を送る。


 その瞬間、全員に緊張が走った。


「みんな、静かに。奥から何か音がするよ。リッド、どうする?」


「魔物の鳴き声ではないな……何かが燃える音のような……いつもの陣形だ」


 判断を委ねられたリッドは聞き耳を立てた後に少し考えてから指示を出し、その指示に沿って3人が戦闘態勢に入る。


 ジェティソンが剣を抜き放ち、ピュリフィが錫杖を構えつつ周りを警戒し、ダンプはピンと立った青い紙、赤い紙、黄色い紙を幾つも手に持っていた。


「了解、先行するよ! 【城壁ルーク】」


 ジェティソンは盾を構えつつ自身の防御力を高める。その後、重厚感のある足音が視界の開ける場所まで勢いよく鳴っていく。


 ジェティソンが止まり、盾の構えを解いた後、続いてきたリッドたちも止まる。


「……なんだ、ここは」


 リッドは異様な光景に目を疑った。


 誰がいつ点けたのか分からない松明の火がさほど大きくもない部屋の壁に等間隔に並んで灯されており、灰色がかった土や岩でできている壁や天井と異なり、床には白や黒に灰色もまだら模様に混じった石が敷き詰められている。


 中でも目を惹くのは、中央にある2段ほど高くなっている床であり、儀式用の祭壇のような場所だった。


 ただし、人はおろか、魔物の気配もない。


「祭壇のようね。奥には扉が……2つ?」


 ピュリフィは祭壇の様式に見覚えがないのか、目を細めて首を傾げながら、さらにその奥に見える扉を少し気にして言葉を漏らしている。


「祭壇ねえ。教会と違って、愛を語らうには不向きだな。残念だったな、リッド!」


「なんで、俺に振るんだ」


 ニヤニヤと悪戯を仕掛ける子どものような表情のダンプがリッドの肩をバシバシと叩きながら話しかけ、リッドは戦闘態勢を解くなよという言葉を飲み込んで仕方なくダンプの相手をする。


「いい加減、腹決めて、ピュリ姉とつがいになれよな!」


「ちょっ!」

「ちょっ!」


 嬉々として目を光らせたダンプがここぞとばかりにそのセリフを言い放つと、リッドに加えて、いつも冷静に冷めた様子で対応していたピュリフィが顔を真っ赤にして口を開いた。


 リッドとピュリフィが互いに顔を見合わせた後、恥ずかし気にお互いにそっぽを向く。


「ははっ、ダンプが話すとどこでも緊張感がなくなっちゃうねえ。でも、まあ、僕も同じ意見かな。酒場の主人と、2人がいつくっつくか、で賭けてるからさ」


「おい!」

「もう! ジェティソンまで!」


 ジェティソンは会話に混ざりたかったのか、ダンプ同様にリッドとピュリフィをからかうように、自分が酒場の主人と賭け事をしていることを打ち明けた。


 リッドは呆気に取られて頭を抱えるように手を顔に触れ、ピュリフィは年齢相応といった感じの反応を示しながら頬を膨らませている。


「ふふっ……」


 リッドはこの雰囲気に助かっていた。


 ピュリフィが周りに少し冷たく感じるのは緊張しているからだ。彼も気楽に物事を進めるタイプではあるが、場を和ませるほどのひょうきんさはない。そのため、彼はダンプの美男子らしからぬおどけた雰囲気に何度も助けられていたのだ。


 だが、その談笑の時間も長くはなかった。


 赤かった松明の火が突如青色へと変化し、部屋全体が薄暗さも漂わせ始め、冷気がどこからか漏れだしているかのように霧や薄靄が床を覆っていく。


「っ!」

「っ!」

「っ!」

「っ!」


 再び戦闘態勢へと戻る4人だったが、2つあった扉の内1つがバンッという大きな音を立てて開いた瞬間に身体が強張ってしまい、反応が遅れてしまう。


 扉から出てきたのは無数の手のような黒い何かだった。その黒い何かたちは一番手近にいたからか、ジェティソンの全身を掴むようにして扉へと引きずり込んでいく。


「しまっ! もがっ!」


「ジェティソン!」


 リッドが駆け出した頃にはジェティソンが扉へと吸い込まれていた。


 速すぎる。


 そう彼が判断を変えて後衛にいる2人を守るために、黒い何かを払いのけ、掴み叩きつけ、踏みつぶし、殴り弾いていくも、その数、その勢いに留まる様子もない。


「リッド!」


「なっ! ピュリフィ!」


 ピュリフィの叫び声にリッドは全身の毛が立った。彼が振り返って見た視線の先には、今まさに黒い何かに掴まれる直前の彼女が映し出されている。


 黒い何かに掴まれてはいけない。


 そう感じた彼が翻って動くよりも黒い何かが彼女を捕まえる方が早く、間に合わない。


 だが、黒い何かが彼女を捕まえるよりも近くに立っていたダンプが彼女を突き飛ばして身を挺する方が早かった。


「ピュリ姉!」


「ダンプ!」

「ダンプ!」


 リッドとピュリフィの声が重なる。


 ダンプは真剣な眼差しだが、最後まで口の端の上がった笑顔を崩さなかった。


「リッド! オレに構うな! ピュリ姉と逃げろ!」


「そんなことできるかあああああっ!」


 リッドがダンプを助けようと自分の方へと戻ってくる黒い何かに向かって攻撃を始めようとしたとき、さらに増えた黒い何かがリッドとピュリフィを為す術を与えることなく飲み込んでいった。


「リッドォォォォォッ!」

「ピュリフィィィィィィッ!」


 部屋にあるすべてが黒に塗りつぶされそうになった瞬間、もう1つの扉が開け放たれて、その扉から真っ白な光が部屋を走り抜けていった。

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