1-20. 仲間が増えるリッドの物語

 リッドはクレアの冒険然とした衣服に違和感を覚えつつも、彼女の微笑に同じように微笑みで返す。


 赤色の瞳と水色の瞳が見つめ合うと、彼女の方が恥ずかし気に若干頬を赤らめる。


「クレアさん、先日は怖い目に遭わせてしまったね。申し訳ない」


「そんなことありません! たしかにちょっとだけ……怖かったけど、リッドさんがすごく頼もしかったです!」


 リッドはクレアの言葉にホッとした様子を隠さず、それを見た彼女もまた少しホッとしたような表情で彼の気持ちに寄り添うように表情を合わせていく。


「ありがとう。それと【屍霊浄化ターン・アンデッド】にすごく助けられた」


「リッドさんのお役に立てて良かったです!」


「だから、これはお詫びと感謝の気持ちの花束」


 リッドとクレア、見つめ合っていた2人の間に、真っ赤に花束が彼らの視界をその色いっぱいで染めるように現れる。


「き、きれい……すごい……あ、このお花……えっ、えっ……それに多い……あ! な、何本ありますか!?」


「えっと……キリよく100本だけど?」


 真っ赤な花の花束をクレアがうっとりとした表情で見つめ、少ししてから何かに気付いたかのようにハッとした後、彼女はリッドに本数を訊ねる。


 彼は突然本数を聞かれて、少々困惑した様子で花屋の主人と交わした会話を思い出して、100本であることを伝えた。


 キリよく100本、彼のこの言葉からも分かるように、彼にとって本数に大した意味などない。


 しかし、彼女は違った。


「100%の愛……あの、私たち出会ったばかりですし……嬉しいですけど……」


「えっ? 100%の愛?」


 クレアはもじもじとしながらボソッとその言葉を呟く。


 リッドはもちろんよく分からないといった様子で困惑している。


 その2人を横で見ていたウィノーと司教が互いに目配せをして、さっそく行動に移った。


「クレア、ちょっと、こちらへ。早く花瓶に入れて飾ってあげないと、すぐに枯れてしまいますよ。根のない花は傷みやすいですからね」


「あ、はい」


 司教がニコニコした笑顔でクレアの肩に手を掛けて、ささっと奥へと消えると、ウィノーはサファイアブルーの瞳を若干曇らせたジト目でリッドを見る。


「あー、リッド、耳貸せ。しゃがめ、早く」


「ウィノー、クレアさん、愛とか言い始めたけど……急にどうしたんだ?」


 リッドはウィノーに言われた通りに片膝を着いてしゃがみ込み、よく分かっていない戸惑いの表情でウィノーを見つめ返す。


 ウィノーは今日一番の大きな溜め息を思いきり吐き出した。


「はあぁぁぁぁぁ……マジか……あのな、花には花言葉ってものがあって、その花に意味を込めて贈ることがあるんだよ」


「えっ!? 花言葉?」


 ウィノーが大きな溜め息を吐いた後、クレアの様子の変化を説明し始める。


 その年頃の女の子なら気になってしまう贈り物の意味、花言葉は言葉で伝えきれない想いを花に意味を込めて贈り物という形で言外に伝える行為。


 リッドは花言葉という言葉を初めて聞いて、口をあんぐりと開けて閉じられなかった。


「で、あの花、色と本数で意味が変わるんだけど、真っ赤だと愛を込めていて、100本は100%なんだよ。だから、100%の愛」


 リッドは眩暈がしてきた。自分のしでかしたことの大きさをやっと理解する。


 だが、彼はクレアに誤解されたままでは困るのだ。


 彼には愛する者がいる。


「ちょっと待ってくれ……俺にはピュリフィが……」


「そうだろうさ。オレは知っているけどな、今まであの花を贈ったのはピュリ姉だけだったから、今回の花束でオレはてっきり、ピュリ姉そっくりのクレアちゃんに乗り換えたのかと思ったくらいだ」


「おい、ウィノー、言って良いことと悪いことが――」


 リッドの言葉に怒気が滲み出てくるが、ウィノーは立ち上がって彼の口に前足の肉球を押しつける。


 リッドはさらにムッとするも、ウィノーの珍しく怒った鋭い目つきを見て、口を動かせなかった。


「おっと、今回は譲らねえぜ? リッド、感謝の気持ちで花を贈るお前の行動を悪いって言っているわけじゃない。誰にでもできるわけじゃない素敵なことだ」


「…………」


「だけどな、お前はさっきのクレアちゃんの言葉を聞いているはずだ。たとえ、お前の気持ちを周りが勘違いしたのだとしても、その勘違いはお前以外の周り全員がしているってことなんだ。なんなら、多数決でも取るか? オレは挙げた手の数で殴り倒すどこぞの国の民主主義も嫌いじゃあないぜ?」


 ウィノーは視線を一度もずらすことなくリッドの目に向けたまま、諭すように静かに淡々と話す。


 リッドは一度目を長く瞑った後、再び目を開いてから伏し目がちに俯いて、ウィノーの前足を手に取って口を動かし始めた。


「……いや、すまない。俺の軽率な行動がまずかった。でも、俺はそんなつもりじゃなかったんだ。戻ってきたらきちんと伝えればいいかな……」


「素直ないい答えだ。オレはそういうとこ好きだぜ? だから、オレが助け舟を出してやる」


「助け舟?」


「リッドの傷口は最小限、クレアちゃんは場合によって嬉しさ倍増以上、オレにも良いことがある三方良しな豪華客船さ」


 ウィノーは真剣な眼差しと表情から一転して、笑顔で任せてくれという様子でポンと自分の胸を前足で軽く叩いていた。


「すみません、途中で抜けてしまって、でもこんなに綺麗に飾れました。リッドさんからのお花、とても嬉しいです!」


 クレアは戻ってきて興奮気味にリッドに話しかけてきて、司教が立派な花瓶に100本の花を活けて彼女の隣で平然と持っていた。


 その時、ウィノーがリッドの肩に乗って、話に割り込む。


「クレアちゃん! ごめんね、リッドが良い恰好をしようとして、ちゃんと渡す時に説明しなかったから説明するんだけど……」


「え?」


「その……クレアちゃんがリッドから花を100本もらったって嬉しがっているところで悪いけど……それはオレが選んだ花で、オレの気持ちも入っているからね?」


「あ、ウィノーちゃんが……ウィノーちゃんとリッドさんで合わせて100本なのね。それもお花を選んでくれたのがウィノーちゃんなの?」


 ウィノーがそう話すと、クレアはハッとして聞き返した。


「そう! ほら、オレ、見てわかると思うけど、花、持てないからさ……。あと、分かってほしいんだけど、むしろ、オレの気持ちの方が大きいから! だから、リッドだけ特別に扱われちゃったら、オレ、悲しくて泣いちゃうかもなあ……」


 クレアは胸に手を当てている。


 出会ってから今まで、リッドよりもウィノーの方が彼女にモーションを掛けていた事実を誰もが理解していた。


「私ったら……リッドさんからって勝手に勘違いして……ごめんなさい、気付かなくて。そう、ウィノーちゃん、お花を持てないものね。ありがとう、ウィノーちゃん、大好き」


 クレアは先ほどの自分のはしゃぎようが恥ずかしかったのか、頬を先ほどよりも赤らめつつ話を切り替えるようにウィノーへのお詫びと感謝の言葉を伝えて、彼女の手がウィノーの頭へと伸びて撫で始める。


「ふふん! クレアちゃんへの愛はリッドよりも上だぜ? 君をメロメロにさせちゃうからね」


「うふふ……もうウィノーちゃんにメロメロですよ? 特にこのしっぽとお耳がキュートです」


「参ったな……オレの魅力がもうクレアちゃんの心に届いちゃってたかあ。オレの想いもクレアちゃんに届くといいなあ」


「んふふ……届いていますよ」


 リッドはクレアとウィノー、司教に心の中で詫びを入れつつ、事なきを得たことで一安心する。その安心のまま、彼はこれ以上いてボロが出ないように出口の方を向き始めた。


「ははっ……とにかく、俺とウィノーの気持ちが伝わってよかった。それじゃ――」


「えっ!?」


「え?」


 リッドがそのまま去ろうとすると、クレアは素っ頓狂な声を挙げた。


 彼が驚いた様子で彼女を見ると、彼女はぷるぷると震えている。


「仲間へのお誘いに来てくれたんじゃ……」


「え?」


「【屍霊浄化ターン・アンデッド】にすごく助けられたって……あの時、このまま仲間パーティーになってほしいくらいだ、って」


 言った。たしかに、言った。


 リッドはその身に覚えのある言葉をクレアの口から聞いて、その時にウィノーに言われた「後で大変だぞ?」が脳内で何度も響く。


 目の前にいる彼女が冒険者然の格好で待機していた理由も彼はようやく理解した。


「え……あ……」


「……そうですよね。私ったら、さっきみたいな勘違いを……未熟な聖女見習いがいても、邪魔なだけですよね……単なる社交辞令ではしゃいじゃって……」


 クレアは今にも泣きそうだった。


 彼女の声は既に涙混じりで、表情が泣くのを我慢しているようで、眉じりと目じりが下がりきり、口の端もまた無理して笑おうとして上がろうとするも次第に下がっていって笑えていないという複雑すぎる状態だった。


「いや、そんなことは……でも、俺もクレアさんを守りきれる自信がないんだ。今回も正直危なかった」


 リッドは毎回ウィノーのフォローをもらっているばかりではいけないと思い、自分の正直な気持ちを話すことにした。


 守りきれる自信がない。


 彼の率直な思いだった。


 大切な仲間を、大切な人を失いかけている彼にとって、ウィノー以外の仲間を入れること自体怖かった。


 その彼の言葉に反応したのは、クレアではなく、彼女の隣にいた司教だった。


「守れるくらいに強くなりたい。仲間を、親友を、大切な人を守れるくらいに」


「司教様……それは……」


「そう、あなたが私に戦い方について教えを請うた時の言葉です。もちろん、今のあなたにこれを言うのは酷ですね。ただ……私からもお願いです。クレアを一人前にするために、あなたの冒険に連れて行ってあげてくれませんか?」


「なあ、リッド、オレからも頼むよ」


 リッドはしばらく無言になる。


 自分を含めたいろいろな人の、想いが、言葉が、彼の脳内で逡巡して、脳内の彼自身が足を1歩踏み出していた。


「司教様……いや、師匠、それと親友にも言われたら断れないな……それに心強いのは間違いなく本当のことだからな」


「じゃあ!」


 クレアの表情がパっと明るくなる。


「クレアさん、よろしく頼む」


「はい! 仲間なら、今度からクレアって呼んでください!」


 クレアは喜びのあまり、リッドにぎゅっと抱きつく。


 ウィノーの目が見開いた。


「あああああっ! リッド! ズルいぞおおおおおっ! にゃああああっ!」


 ウィノーの嘆きが大教会中に響き渡る。


 こうして、リッドの物語にクレアが加わることになった。


---第1話 墓場は鎮魂歌を願う 完---

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