1-8. 告げられる崩壊の予兆

 ダンジョンと化した地下共同墓地カタコム


 自然の洞窟を利用した造りになっており、全3階層の墓地が全てダンジョンとなっている。迷路のようにも、所々ほつれて切れている網のようにも広がっている墓地は、無造作に放られた何かの骨やら人骨やらもあれば、墓らしい墓、名前を刻んで骨や死体を埋めているような様子も見られ、人間が辿ってきた歴史も垣間見えるような長く利用されていた。


 今や一部の骨や腐った肉の付着した死体は、持ち主の浮かばれない魂の入れ物か、はたまた、邪悪なる意志の操り人形か、昼夜問わず動き続ける魔物となった。


「結構いるもんだな」


 自らを奮い立たせるかのようにガチャガチャと金属籠手ガントレットを鳴らしているリッドの視界には、動く人骨スケルトンや動く四足獣骨スケルトンハウンドの群れがいる。アンデッド系の魔物は実際の骨を使っている魔物もいれば、魔力で疑似的にそのような姿を取っている魔物もいるため、ここにある骨の分だけの魔物が現れるわけではない。


「GURURURURURU……」

「GURURURURURU……」

「GURURURURURU……」


「どこで鳴き声を出しているんだろうな」


 リッドは迫り来るスケルトンやスケルトンハウンドたちを相手に、隙間を縫うように俊敏な動きを見せつつ、クレアとウィノーを守るように大立ち回りを披露する。ただ骨格を崩しただけでは倒したことにならないため、骨の再生力が間に合わないほどにバキバキに折ったり、バラバラの粉々にしたりするか、もしくは、魔物の魔力を消費させ続けて維持できなくする必要がある。


 彼はスケルトンの骨を奪い取って、へし折ったり、殴りつけたり、投げつけたりと、傍から見るとやりたい放題で盛大に暴れ回っていた。魔物からすれば、いきなり自分の太い骨を奪われてそのまま自分に叩きつけられたり、頭蓋骨をむんずと掴まれて別の魔物に投げつけられたりするものだから、明確な意志があればたまったものではないと嘆いて伝えているだろう。


「弱いけど、墓地だけあって、うじゃうじゃ出てくるな。”昏く深い墓地では昼夜を問わず、屍霊の宴が明けることなく執り行われている”とかかな」


「ウィノー……ハトオロみたいなことを言うなよ。っと、クレア、試してみてくれ」


 ウィノーの詩的表現に少しうんざりしたような声で反応しつつ、リッドはクレアに合図とばかりに声を掛ける。


 クレアもただ守られているだけではない。彼女は彼の合図でいつでも力を出せるように準備していた。彼女が地面に描かれた光る円の中で、自身の両手を胸の前に置いて、手を互いに絡めるようにして祈りの仕草を静かに行っている。


「はい! お願い……【屍霊浄化ターン・アンデッド】!」


 クレアの祈りに応えて、淡い光を放つ【屍霊浄化ターン・アンデッド】が発動する。この力は神の力を借りているとも言われ、ゴーストやアンデッドといった類の魔物に絶大な効力を発揮する。通常の聖職者であれば、動きを止める程度だが、聖女でなくとも聖女見習いならば、【屍霊浄化ターン・アンデッド】発動と同時に周辺に存在するその類の魔物を消滅させることもできる。


 人の手が入っている場所がダンジョン化した場合、霊体のいわゆるゴースト類や動く屍のいわゆるアンデッド類が多いため、聖女見習いの活躍の幅は大きい。実際、目の前にいたはずの10体近くの魔物が一気に浄化されて消えてしまった。


 唯一の欠点は完全に浄化しきるため、魔物の魔力を帯びた骨がなくなる、つまり、戦利品がまったくないことである。ただし、戦利品として回収する冒険者は元々少ない。


「やっぱり、聖女見習いの【屍霊浄化ターン・アンデッド】は強力な術だな。この手のダンジョンに潜ることが多いから、このまま仲間パーティーになってほしいくらいだ」


「!」

「!」


 リッドが社交辞令のつもりで出した言葉は、彼自身が思っている以上に影響を与えた。クレアは嬉しそうな顔を隠さずにぶんぶんと頭を縦に振って了承しており、すっかりそのつもりの雰囲気が漂う。一方のウィノーは彼女のその様子を見て、この先の結末を予感した苦笑いにもとれる表情へと変わっていく。


「どうした? そんなに頭を振り乱して……行こうか」


「あーあ、分かってないのか……後で大変だぞ?」


 しばらく使われていなかったために、墓地内は細道も広い場所も明かりはほとんど消え去っており、リッドは仕方なく自分たちの周りには【ライト】という生活魔法で明るい球体を5つほど呼び出し、予め持参していた着火燃料を壁に取り付けられたランタンに放り込んで着火する。


 彼はマップを手にして理解しながら足を進めていくも、咄嗟の時に迷うことがないように来た道の左壁側にあるランタンを灯していく。


「っ!」


 道中、クレアが照らされた人骨に驚いて悲鳴を我慢しつつも、一人では耐えきれないようで何度かリッドの腕に抱きつく。彼は彼女のその冒険慣れしていない初々しい反応や仕草を、かつてともに旅をした仲間の影と重ねて、懐かしさや愛しさ、切なさなどのさまざまな感情が心の奥底からじわじわと溢れ出てくる感覚に見舞われた。


「おーい、リッド。クレアちゃんの柔らかさを堪能していないでさ」


「っ!」


 ウィノーの言葉がリッドよりもクレアに響き、彼女は顔を真っ赤にして彼から素早く数歩離れ、恥ずかしさと申し訳なさを顔色に反映させて、もじもじとしていた。


「ウィノー、さすがに人聞きが悪すぎるぞ。クレアさんが困るだろ。だいたい鎖かたびらできちんと守られているからな」


「いやいや、そういう意味じゃないし、それくらい言ってもバチは当たらないさ。じゃなくて、本題。ここじゃないか?」


 ダンジョンの崩壊調査または臨界調査と呼ばれる類の依頼は、冒険者としての深い洞察力と多くの経験値が要求される。そのため、新人ではまず難しく、冒険者歴が7年を超えるような中堅以降のいわゆるベテラン勢しか行えない。


「あぁ、そうだな」


 ただし実際は、冒険者歴20年以上の冒険者の仕事になることが多い。成人となる15歳から始めた冒険者たちがほとんどであり、冒険者歴10年や15年では、まだ派手で称賛を浴びやすい依頼へと走ってしまう。


 調査依頼はひどく地味で縁の下の力持ちの意味合いが強いものなのだ。そのため、身体が疲れを覚えてきて、あまり無理をできない冒険者たちの食い扶持になることもある。


「どうだ? ってか、入った時点で魔力が低い感じしかしてないけどな」


 一方で崩壊後の暴走への緊急対応依頼は、押し寄せる魔物を倒せる強さが要求される。そのため、調査を行うようなベテランでは前線で奮戦することが少々難しく、魔物を倒すことによる戦利品を求めている新人から中堅までが共同戦線を張って参加することが多い。


 つまり、ベテランは調査だけ、若手や中堅は暴走対応だけ、という構図が一般的だった。


「そうだな。ウィノーの言う通り、やはり、魔力が低いな……」


 そこにリッドの登場である。彼は若くして経験が豊富であり、自分の目的もあって調査を率先して行うことができ、さらに、臨界点に達しようとしているダンジョンをあえて崩壊させてしまおうと思える判断と崩壊時の暴走にも対応できる強さを有していた。


 もちろん、臨界点に達しようとしているダンジョンへの調査に駆り出されるという引きの強さも大いに関係している。


 一人で調査から崩壊、暴走対応までこなせることから、評価の高さへのやっかみも込めて、彼の今の二つ名が『ダンジョン仕舞リッド・ザ・ダスキーいのリッドグレイ・クローザー』になったのだ。


「これはどうやって見るものですか?」


 しゃがみ込んで魔力測定器を地面に突き刺し、何かを読み取ってダンジョンマップへ数字を書き込むためにペンを走らせているリッド。その様子を前かがみで覗き込むように見て、クレアは好奇心旺盛な瞳を輝かせて彼に訊ねる。


「あぁ、これは……っ! クレアさん!」


 リッドはクレアの質問に答えようとして振り向いた瞬間、感じることも難しいほどの僅かな揺れと天井からパラパラと落ちてくる小石によって異変が起こっていることに気付く。


 彼は立ち上がりざまに彼女を咄嗟に押し飛ばす。その直後、彼女の居た位置に天井から岩石が降り注ぐ。その岩石たちはあっという間にクレアとリッドを分断した。


「え、え?」


 クレアは不安になって岩石の方に近付こうとするが、彼女の足元でウィノーが岩石に近付くなと言わんばかりに逆の方向へと押していこうとする。そう、唯一の救いはウィノーが咄嗟の判断で彼女の方へと駆けだしたことだった。


「リッド!」


「ウィノー、クレアさんを!」


合点承知がってんしょうち助惡郎スケアクロウ!」


「ここで突っ立つな! まだ崩れる! 走れ!」


「冗談! 冗談! 後で合流な!」


 さらに岩石が土砂とともに降り注ぎ、リッドもクレアとウィノーもその場から離れるしかなかった。マップを全員頭に叩き込んであり、彼らは地下2階で合流するしかないと理解し合っている。


「人為か? それとも、崩壊の予兆か? ご都合主義もいいところだな」


 クレアとウィノーの気配が消えたことを察知し、リッドは周りに目を凝らしながら、自分の引きの強さを今回ばかりは少し恨んでしまうのだった。

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