1-7. 大人らしい歩み寄り

 近くの村で御者を待機させて別れた後、リッド、ウィノー、クレアは歩いて共同墓地へと向かう。クレアの歩く速度に合わせて、速すぎず遅すぎず一本道をただ歩く。


 村と共同墓地の間は人が通る砂利道以外、背の低い草原が広がっており、人や魔物がいればすぐに分かりそうなほどに見晴らしが良い。日がほどよく照っており、陽気な雰囲気の道中、クレアの周りの雰囲気は少し澱んでいる。


「…………」

「…………」

「…………」


 魔物の姿や気配は一切なかったが、同じようにリッドとクレアの会話もしばらくなかった。馬車を降りてすぐの頃、ウィノーが二人に声を掛けていたが、その甲斐も虚しい結果に終わったために次第に無言になっていった。


 問題の発端はリッドのぶっきらぼうな物言いだが、問題が長引いている理由はクレア一歩引いた雰囲気である。


 彼はどちらかと言えば、既に気にした様子がなく、ただ彼女と話す内容がなかっただけであり、ウィノーと話をしてしまうと彼女に疎外感を覚えさせると思って話さないようにしていた。


 一方の彼女は先ほどの彼のぶっきらぼうな物言いにもう怒っている様子もなく、どこか少し後悔した雰囲気を顔に映しながら彼の様子を窺って静かにしている。


「…………」


 ウィノーはその2人の間で、動物らしからぬ難しい表情を浮かべて、それぞれの様子を窺っている。正確には9割程度リッドを見て、お前の方が大人だろう、と言いたげな表情をしていた。


 リッドはもちろんその目たちに気付いており、しばらくして髪を数度ガシガシと音を立てて掻き上げてから、音も立てずに溜め息をゆっくりと吐いた。


「……そう言えば、どうしてダンジョンに階級があるか、って質問を受けたな」


 リッドも大人だ。クレアやウィノーの様子を見て、自分の触れられたくない部分を避けつつも会話のきっかけを作ろうとする。そのきっかけづくりとして思い出したことがクレアのちょっとした質問だった。


 彼は自然と表情を落ち着きのある笑みに変える。憮然とした表情では彼女が縮こまってしまうと容易に想像できたからだ。


「あ……あ、はい」


 リッドの予想通り、彼の柔らかい表情を見て、クレアは表情が幾分か明るくなった。ビュウとほどよく音の鳴る風が声を遮ってしまうためか、彼女は彼の話を聞こうとして彼との距離を少しだけ近づける。


「一般的には、ダンジョンおよびその周りの調査を行った後に、総合的に階級の評価をするんだが、評価項目の中で一番大きな割合を占めるのは、ダンジョンに内包される魔力量だ」


「内包される魔力量……それはダンジョンが保有している総量ですか」


 クレアがどこかで聞いた覚えがあるような納得している表情を見て、リッドは初歩中の初歩の説明を省くように気を利かせる。


「そうだ。これまで調べられてきた結果や実際に冒険者がダンジョン攻略をした経験上、ダンジョンに保有されている魔力が多ければ多いほど、ダンジョンの階層も多く、魔物も第1階層からして強力だったり特殊だったり数が多かったりすることが多い」


「えっと……ということは、これから向かう共同墓地のダンジョンは魔力量が少ないから、魔物もそこまで強くないということですか」


 クレアの恐る恐る口にする回答に、リッドとウィノーは首を縦に振って彼女を安心させる。ウィノーに至ってはサイアミィズの首振り人形のようにぶんぶんと振っていた。


 彼女はその反応に安堵の表情を浮かべる。


「あぁ、正解だ。ただし、下級は簡単という印象が強く出てしまうが、良いことばかりでもない。下級ダンジョンはその魔力量の少なさ故に維持することが難しく、つまり、崩壊しやすい側面がある」


「崩壊に魔力量が関係していて……そして、暴走なんですね」


 上級ダンジョンが1つ崩壊して暴走が起こるとすると、各地の下級ダンジョンは300ほど崩壊して暴走していると言われている。故に暴走は決して特殊な末路ではなく、いつもどこかで起きうる事象だ。


 このことから、地上に出ている魔物はその暴走の残骸や余波と言われることもあれば、ダンジョンにさえならない数千にものぼる魔力の吹き溜まりから散発的に発生しているとも言われている。


「そう。だから、崩壊の可能性がある場合、魔物を先んじてダンジョン内で減らしておく必要がある。魔物が多く残ったまま崩壊されると、暴走時に手を付けられなくなるからな」


「なるほど……一度に大量の魔物が出てくると対処が難しいですからね。勉強になります!」


 クレアは質問したことへの回答が聞けて満足したようで、すっかりと元の朗らかな雰囲気を身に纏っていた。


「あと、もう1つだけ補足しておこう」


「え、あ、はい、もう一つですか?」


「今回の墓地のように、人が深く関わっている場所は崩壊しやすい」


 クレアは難しい顔をする。


「崩壊は魔力量が少ないからですよね? とすると、人の関わっているところは魔力が少ないから……とかですか?」


「ちょっとだけ違う。たしかに魔力量は極端に少ない。というか、魔力量だけでは吹き溜まり程度でダンジョンにならないような場所ばかりだ」


 クレアは眉間のシワがしばらく残ってしまうのではないかと思われるほどにさらに難しい表情になっていた。


「え? ダンジョンにならないくらい? じゃあ、どうして」


 リッドは自分の胸やクレアの胸を指差してから、静かに口を開いて回答を言葉にする。


「人の想いだよ」


「人の……想い?」


 リッドが悲しみも含み始めた静かな笑顔をクレアに向けると、彼女は感化されたかのように少し寂しそうな表情をして、少し苦しそうに自身の胸へと両手を静かに当てた。


「そう。ダンジョンには大きく2種類ある。魔力だけでダンジョン化できたダンジョンと、人の想いが魔力の代わりになっているダンジョンだ。だが、人の想いというものは、所詮疑似的で魔力に似ても似つかないものだ。だから、下級の中でも人が深く関わっている場所がダンジョン化したところは崩壊しやすい」


「……人の想いが魔力の代わりになるなんて聞いたことがないです」


「そうだな。急にそんなことを言って悪かった。信じられないなら信じなくてもいいさ」


「そ、そういう意味では」


 リッドの言葉は優しさ故のものだったが、場合によってはやはり突き放しているようにも聞こえる言葉でもあった。彼はそれがクレアを焦らせることになると気付かなかったようだ。


 すかさずウィノーがリッドの頭に乗って、さらには尻尾を楽し気に振って、彼女の視線を自分の方へと向けさせる。


「でも、オレたちはそれを集めるためにダンジョン調査をするし、なんならダンジョンも大きな暴走が起こらないように故意に崩壊させることもあるけどね」


「人の想いを……集める? 故意に崩壊させる?」


「お、おい……むぐっ」


 ウィノーが話した内容で、クレアは頭の上にハテナをいくつも浮かべているような理解できていない表情になり、リッドは余計なことまで言うなと言わんばかりに口を開こうとする。


 しかし、彼が口を開く前に、ウィノーがその柔らかな尻尾をリッドの口元に当てて塞いでしまう。


「また隠しごとするとクレアちゃんに拗ねられちゃうだろ? これくらいならいいじゃん。女の子にはサービスしておかないとモテないぞ?」


「えっ!? 拗ねて……む、むーっ、子どもじゃないんだから、そんなことで拗ねませんよお」


「ほーら、そうやって、すぐに頬を膨らませちゃって。クレアちゃんはかわいいなあ」


「か、かわ……もーっ! ウィノーちゃん! からかわないで!」


 話の流れは完全にウィノーが持っていった。リッドはそれに感謝しつつも、自分の頭の上でステップを踏むように小刻みにジャンプするウィノーと、そのウィノーを捕まえようと彼に密着してしまうくらいに近付いて、ぴょんぴょん飛び跳ねながら手を伸ばすクレアに対して、どうしたものかと困った。


「あっはっは! リッドの上だけじゃ捕まっちゃうね。逃げろーっ!」


「待てーっ! あ、リッドさん」


 ウィノーがパっとリッドの頭の上から跳び去って、砂利道を軽快な足取りで進んでいく。ウィノーを追いかけようとクレアも前へと走り出すが、10歩ほど走ってから、急に後ろを振り返って、リッドに声を掛ける。


「ん?」


「ありがとうございます。その、教えてくれて。あと、さっきはごめんなさい」


「気にするな。言っただろう。話せることは話すってな。それよりもウィノーがもうあんなに遠くにいるぞ?」


 リッドは小さく微笑み、前の方へと指を差す。クレアははたと気付き、再度前に向き直すと何十歩も進まないといけないほどの距離の先にウィノーが尻尾を振って挑発していた。


「クレアちゃんは墓地に着くまでに、はたして、オレを捕まえられるかなー? そこで拗ねるのも怒るのも終わらせてねー」


「むっ。冒険者じゃないからって、捕まえられないと思っているんですね! 捕まえちゃいますから! 待てーっ!」


「……本気で逃げるウィノーを捕まえるのは俺でも難しいけどな」


 リッドはウィノーに感謝しつつ、2人の後を追いかけるために走り始める。


 その光景を遠くから眺める目がいくつかあった。

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