1-6. 隠しごとへの不満
ガガンッ……グシャリ……グシュ……グチュ……グジュ……
「AAAAA! GEGYU……GYA……」
「GYAAAAA! GUGIGI……II……」
2体のゴブリンは頭をぶつけられた衝撃のためか、各々の持っていた木の枝が手放されてカランという音とともに地面に横たわった。
頭部という硬いものどうしが激しくぶつかり合った音の後に、リッドがさらに力業で押し付け合わせたことで2体の頭は破砕音や液体音も加わりながら圧潰して混ざり合う。
グシュ……グチュ……グチッグチ……
凄惨な光景を目に焼き付かせることで、魔物の戦闘意欲を削るパフォーマンスの要素もあった。
「GI!? GI, GIGI!」
リッドは血飛沫を頬に浴びるが、それに動じた様子もなく、次の動作へと移っている。
「仲間を返してやるよ」
「GYAN!」
「GUGU!」
ゴブリン3体は一瞬減速したことが裏目に出て、リッドから仲間を勢いよく投げ返される。自身とほぼ同じ重量のものが高速で飛んできて避けることもできず、3体の内リーダー格を除く2体が仲間の死体に巻き込まれて大怪我を負った上に下敷きになって藻掻いていた。
「GAAAAA!」
その2体の悲鳴をものともせず、リーダー格のゴブリンが棍棒のように太い木の枝をやはり大上段から振り下ろそうとする。
「さすがリーダー格か。仲間に目もくれず敵に向かってくる度胸は大したものだが、咄嗟に避けられるほどに遅い、相手の視界や死角を意識せず打点が高い、何より、ただ殴り掛かるだけじゃ手段がまずい」
リッドは誰かに話しかけているような口ぶりだが、決して誰かに語り掛けているわけではない。ただ自分が状況を整理するために独り言ちている。言うなれば、自分の耳に語り掛けていた。
彼は呟きの後、一旦屈んでから地面に落ちていた木の枝を手に取って、跳ねるように足を伸ばしてゴブリンの頭を目掛けて突き出す。彼が手に持つ木の枝はゴブリンの小うるさい叫び声が出ている口の中へと入っていき、やがて、後頭部から抜けていくように飛び出した。
「GIGI!?」
グシュ! ブシュ……ブブ……ブジュル……
「AGAGAGAGAGA……AAAAA……A……A……」
ゴブリンの絶叫が徐々に小さくなっていく。だらりと手を力なく下ろし、棍棒がカラカランという音を立てて地面に落ちて転がる。ゴブリンの血がリッドの持つ木の枝を伝って、ポタリポタリと水音を立てながら地面を汚していく。
「確実に当てるなら腹だが、攻撃が当たる可能性もあるしな。視界に攻撃が迫ってくる恐怖、それと、衝撃と同時に視界をズラされたらまともに攻撃を当てられないだろう。まあ、痛みでそれどころじゃないだろうがな」
リッドが木の枝を手放すと、枝付きゴブリンがドサリという音とともに横たわる。さらにリッドは棍棒を手に取ると、仲間の死体の下から這い出ようとしていた2体のゴブリンの頭を容赦なくゴシャリゴシャリと潰していった。
最後に、彼は掃除とばかりに5つの死体を道の脇へと放り投げて、両手をパンパンと叩いて、足を使って道に染みついたゴブリンの血を土で軽く被せて誤魔化して、汚れを払う仕草をする。
「……しまった。捨ててしまったが、戦利品が欲しいなら勝手に取ってくれ」
「え? いいんですか? じゃ、じゃあ、ゴブリンの肉とかは無理だけど、骨とか歯をちょっと」
魔物の部位は金になる。肉は毒やよほどの臭みがなければ食料になり、骨や歯は武器や防具の材料になる。目玉やほかの部位などは魔物によっては薬の材料になることもある。
リッドが興味なさそうに捨てていたが、御者は少しでも稼ぎを増やすために申し訳なさそうにこそこそとした仕草をしつつも、しっかりと簡易解体で戦利品をはぎ取っていく。
「……すごい。リッドさんは、魔物を投げ飛ばしたり、武器を奪って攻撃したりするのですね」
クレアは複雑な表情をしながらもまっすぐリッドの戦いを終始見つめていた。邪悪な小人と呼ばれるゴブリンであっても、その姿かたちは遠巻きに見れば子どものようにも見えるため、人によっては子どもが無慈悲に殺される様子にも見えると嫌がることも多かった。
だが、彼女は覚悟を決めるためか、それが生き残ることだと理解したためか、一瞬だけ目を背けた以降は真っ直ぐきちんと見ていた。
「ふふん、すごいだろう。リッドの戦闘スタイルは、『
「そうなのですね」
「そうそう! さらに言うと、熟練した技術があるとは言えないけど、剣や槍、斧、弓などを一通り扱う術は持っているぜ。魔法みたいな見た目の派手さや攻撃範囲の広さは皆無だけど、確実に倒していくから安心感が違うね」
「リッドさんがすごいのはよく分かりましたけど、なんだか自分のことのように嬉しそうに話しますね」
ウィノーは今にも後ろ足で立って二足歩行でもしそうな勢いで、馬車の中を軽やかなスキップで駆け回りながら、まるで自分のことを自慢するかのようにリッドのことを説明していた。
そのウィノーの様子に、クレアはクスッと笑みをこぼす。
「そりゃそうさ。オレとリッドは同い年の大親友だからな」
「ふふふ……同い年ですか。でも、サイアミィズは8~12年しか生きられないですよ? それに、10年も生きれば、よぼよぼのおじいちゃんみたいなもので、まともに動けないはずですけど?」
クレアはすっかりウィノーの気さくさに感化されてしまったようで、すっかりと打ち解けて軽口までついつい出てしまうほどだった。
その様子にさらに気を良くしたのか、ウィノーの口は潤滑油を塗りたくったかのように饒舌になっていく。
「ははーん? オレのこと疑っているね? たしかに、ただのサイアミィズなら10年生きられればすごいし、10年も生きたらこんなに軽やかな感じではないけどね。でもね、ほら、オレ、喋れるじゃん? つまり、オレをただのサイアミィズだと思っていちゃいけないね。オレだって元々――」
そこでウィノーはハッとして口を噤むことになる。
リッドが現れて、ただならぬ雰囲気を纏っていたからだ。その彼の雰囲気はウィノーを若干咎めているようにも見える。
「ウィノー、お喋りはそこまでだ」
「おっと、オレとしたことが。ごめん、ごめん! 赦してくれよ。クレアちゃんも続きはまた今度できたらね?」
「まったく……そもそもあれほど外では喋るなと言っているのに……御者が戦利品に目がくらんで回収しに行っているからいいものの……」
「まあまあ、固いことは言わなさんな」
「まったく……」
ウィノーが平謝りといつもの軽妙な雰囲気、そして、愛くるしいサイアミィズの姿で和ませてくるため、リッドは徐々に軟化せざるを得なかった。
だが、一人だけ面白くなさそうにしている。
クレアだ。
「私に隠さなきゃいけないことですか?」
クレアは先ほどリッドに対して赤面しふにゃふにゃになっていたと想像できないほどに、静かにしっかりとした様子で問う。
リッドとウィノーの様子に、彼女が疎外感を覚えたのだと彼は気付く。
その彼の答えは、首を横に振ることだった。
「どのことを指してそんな風に言っているかは分からないが……別に話さなくてもいいことだってあるだろう?」
「…………」
「……話す必要があれば話すし、必要がなければ話さない。クレアさんには関係ないことで、俺たちの問題に巻き込みたくない」
「…………」
俺たちの問題に巻き込みたくない。リッドのこの言葉は本心から出たものではあるが、その少し柔らかな言い方をしていたとしても、関係ないというその言葉が誰の目から見ても分かる突き放しだった。
もちろん、クレアは閉口する。
「あー、まあ、まだ出会ったばかりだしね。お互いに段階を踏んでいこうぜ。それに、ほら、ちょっとくらい謎があるミステリアスな方がカッコいいだろう?」
「……そうですね」
ウィノーの必死な雰囲気にクレアはムッとした表情を潜めていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます