1-5. 立ち塞がる邪悪な小人

 レッムーラの丘。国から見て北に位置する小高い丘であり、距離だけで考えれば、城壁を出てから馬車なら乗り合い人数や荷物にも影響は受けるものの数時間程度、歩きでも大人だけなら半日かからないほどの位置にある。


 ただし、城壁外は夜に魔物が出現しやすく、それに乗じた盗賊も出てくることがあるため、夜間の移動を避けて近くの村の宿屋で1泊することが定石である。


「知っているかもしれないが、一応説明しておくぞ。レッムーラの丘は、古くからある地下共同墓地カタコムと、比較的新しくできた……まあ、それでももう十分に古いが、地上共同墓地ネクロポリスの大きく2つに分けられる」


「はい」


 リッドがおさらいとばかりにクレアに今から向かうレッムーラの丘の共同墓地について説明を始め、彼女はそれを真剣な眼差しで彼を見据えて聞いている。


 彼女は教会で着ていたダボダボのローブから着替えていた。


 上はタートルネックにフードが付いている白地の厚布シャツの上に網目を粗くすることで極力軽量化している鎖かたびら、さらに、矢避けか聖職者としての矜持か純白のハーフローブを羽織っている。下もやはり白地で厚布のスカートも付いているロングパンツを穿いた後に左脇腹あたりにポーチのついた革のベルトを締め、膝まで覆う焦げ茶色のロングブーツを履いていた。


 ウィノーは、そのような冒険者風の服装になった彼女を見たときに、「クレアちゃん! 年頃の女の子なのに! 出るところは出ているって分かるようになったけど! 肌を全然見せないから色気が足りない! もっと色気を! 女の子らしさを!」という心からの嘆きをそのまま口に出して呟き、リッドから頭を強めに小突かれていた。


 なお、彼女の武器は杖ではなく、柄が短めで6つの突起部を頭部に持つ金属の小さな棍棒だった。突起部は折りたたんだ翼のようにも見え、神の使いを模して力を借りているとされている。刃物が容易に血を流させるものとして、教会は関係者が刃物を武器にすることを禁止しているためでだった。


 この教義をリッドもウィノーもいまだに理解できない。


「2つに分かれてしまったことにより、新しめの地上共同墓地は訪れる者が比較的多い一方で、古くからある地下共同墓地は訪れる人も徐々に少なくなっていた。それのせいか、はたまた別の要素が絡んでいるのか、いつの間にやら下級ダンジョンと化していたというお粗末な話だ」


「にゃあ」


「そうなんですね。それで、今はダンジョンが崩壊する危機に陥っていて、崩壊後に魔物が出てきて暴走する可能性がある、と」


 崩壊はダンジョンが維持できなくなった場合に起きる現象であり、その際にダンジョン内で発生していた魔物が消失せずに残ってしまう。そうして、ダンジョンによる魔物への拘束力がなくなってしまい、ダンジョンの外に出てきてしまうことを人々は暴走と呼んでいる。


「そうだ」


「にゃあ」


 3人は馬車で目的地に向かっていた。


 10代の女の子を半日も延々と歩かせるわけにもいかず、また、1日に数度あるかないかの乗り合い馬車の出発を待つことも良しとせず、もちろん、公衆の面前で女の子と動物を抱きかかえて疾走するわけもなく、結局リッドは専用の幌付き馬車を用立ててレッムーラの丘へと急ぐことにした。


 ただし、彼は何かあった時に自分が対応するという交渉の下、馬車の護衛代を差っ引かせて、乗り合い馬車より少し高い程度まで値切っていた。


 下手にまともな護衛を雇うくらいなら、帰りの代金と滞在費用も支払う約束で御者を村に数泊させた方が安上がりな上に帰りの馬車も確保できる。


「ガントレットの旦那、頼みますよ? あっしは戦えませんし、馬車が傷付いたら本当に困るんですからね」


 話の途中で御者が恐る恐るといった様子で、リッドに再三の確認を取る。


「任せておけ。この道に出てくる魔物くらいなら問題ない」


「にゃあ」


「それならいいんですけどね」


 元A級冒険者の言葉に少しばかり安心したのか、御者は顔を向き直して、真っ直ぐ道を見ている。


「あの、リッドさん、以前から不思議に思っていることがあるのですが」


「ん? 俺に分かることなら答えるが」


 先ほどから難しい顔をしていたクレアがおずおずとした様子で小さく手を挙げて、リッドへと質問を投げかけようとする。


 リッドは彼女の方へと向き直り、質問しやすいように少しばかり微笑んで優しく接していた。


「どうして下級ダンジョンは下級ダンジョンなのでしょう?」


 リッドの表情がしばらく笑顔のままで固まった後、少しばかり困ったような顔になる。


「……ん? えーっと、どういう意味で問いかけている?」


「あ、あの、いえ、その、ダンジョンをどのようして、上級、中級、下級の分けているのか。その分け方が気になったという意味です」


「あぁ……それは――」


「うわっとお!」


 よく分からない質問だと言わんばかりに、回答する代わりに難しい表情になってしまっているリッドを見て、クレアは少しあたふたしながら自分の質問を補足した。


 ようやく意味を理解した彼が答えようとしたその時、御者の短い叫び声と馬のけたたましい鳴き声が聞こえてきて、その直後に馬車が止まる。


「きゃっ!」


 予想外のことにクレアは踏ん張り切れず、馬車の前方へと吹っ飛んでいく。このままでは頭から激突して大怪我を負ってしまう。


 しかし、実際はそうならず、リッドが咄嗟に動いてクレアを包み込むように抱き留めていた。


「クレアさん、大丈夫か?」


「は、はひ」


「……にゃあ!」


 リッドがクレアに小さな声で話しかけると、彼女はまるで愛の言葉を囁かれたかのように顔を真っ赤にして、ふにゃふにゃの声で答える。


 ウィノーはその様子を見て、面白くなかったようでリッドの頭の上にちょこんと飛び乗った後にペシペシとリッドの頭を軽くパンチしていた。


「ガントレットの旦那! 魔物が出ました! 邪悪な小人……ご、ゴブリンです」


「そうか、分かった。クレアさん、話は後だ。ちょっと行ってくる」


 御者から魔物が出たとの言葉を聞き、リッドはクレアを離すと、一仕事してくるといった感じで立ち上がって外へと出た。


「あ! 私も……えっ? ウィノーちゃん?」


 ハッとしたクレアが立ち上がろうとする前に、ウィノーが彼女の膝の上にちょこんと乗って丸まってしまう。


「まあ、リッドの実力とか戦法を見てみなよ。外に出ずに、御者の横から顔だけ外を見えるように出してね」


「は、はい」


 クレアは小声で話しかけてきたウィノーの言葉に、素直に従って窺うことにした。


 一方のリッドは既に馬と魔物の間に立っている。わざとらしくガントレットをガチャガチャと鳴らし、さらに鋭い眼光を目の前にいる魔物たちに向けて、自分が既に臨戦態勢であると言外に伝えていた。


「GEHYAHYAHYAHYA!」

「GUGEGEGE」

「GUU?」

「GYAGYA!」

「UGURU……」


「ただのゴブリンがたった5匹か。先行か? それにしても、白昼堂々と珍しいな」


 邪悪な小人とも呼ばれるゴブリンは灰色の肌をして、小人と称されるとおり、大きさが人間の子どもと同じくらいしかない。


 魔物とはいえ羞恥心が存在するのか、ゴブリンはほとんどの個体が動物の毛皮や植物の葉を腰蓑にしており、また、手には木の太い枝や石を持っていることが多く、場合によって、冒険者から奪った武器を手にすることもある。


「GYUGYAAAAAA!」


 ゴブリン5匹の中でも少しばかり大きい個体がリーダー格なのか、その個体の雄叫びとともにゴブリンたちが襲い掛かる。


 隊列があるのか、2体が先行してリッドに向かって突撃した。1体は手持ちの木の枝を突き刺そうとして突き出すようにし、もう1体は頭を割ろうとして大上段に振りかぶる。


「悪いが時間がない。さっさと始末するぞ」


 リッドは誰に言うでもなくそう呟いた後に、先行してきたゴブリンの頭を鷲掴みにし、右手に1体、左手に1体、計2体の頭を自分の胸の前で勢いよくぶつけ合わせた。

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