1-4. 旧知に似た聖女見習い

「ありがとう。では、クレアを呼んできます。少々待っていてください」


 一人と一匹の了承が得られたことで、司教はまたもや笑顔の種類を変えてゆっくりと立ち上がる。


 パタンと司教が出ていく扉の音に、聞き耳を立てていたウィノーが動物らしい大欠伸をかいた後に、身体を起こしてそのしなやかな身体を少し捩る。


「落ち着けよ、リッド。あの無茶やった時と違うじゃん。今回はE級ダンジョンで、依頼もD級、もちろん油断禁物だけど、護衛する女の子が一人いるだけでガチガチに緊張するものでもないだろ?」


「どうだかな。自分の身は自分で守れるが、周りまで守りきれる自信はない。だけど、俺は二度とあんな目に遭うのはごめんだ」


 ウィノーは軽やかな動きで、まるでリッドの周りに張り付く重苦しい空気を追い払うかのようにリッドの身体の周りを歩いて、長い尻尾を右へ左へとハタキのように振っている。


 リッドのぎゅっと握った両手の拳は固さを失うことなく彼の膝の上で静かにしていた。


「はあ……すっかり慎重派に変っちまって、オレとバカやって、周りに散々怒られたリッドが懐かしいぜ……そんな調子じゃあ、オレ、困っちゃうよん?」


「ははっ……ウィノーを困らせはしないさ。自信はなくとも、今度こそ、守る。聖女見習いもウィノーもな」


「おぉ……オレまで? そんなこと言われたら、ドキッとしちゃうじゃん?」


 リッドの重苦しい雰囲気に引き寄せられることなく、軽快に彼の周りをぐるぐるとしなやかに踊るように歩き回っているウィノーの姿に、ついにリッドは表情だけ緩み始める。


「お前が相変わらずで嬉しいよ。それより、いつも通り、話せることは隠せるか?」


「もち、任せてよ。立派に自然なサイアミィズを演じてみせるさ」


 いつしかリッドの暗い顔が明るさを取り戻し始めると、ウィノーはふふんと鼻を鳴らして、先ほどよりも元気よく楽しそうにしゃなりしゃなりと歩き回っていた。


 その後、司教が出て行った扉から司教ともう一つの人影が現れる。人影は勢いよく飛び出して、今にもこけてしまいそうな足取りでリッドとウィノーの前に立った。


「は、ははは、はじめまして、リッドさん! クレアと申します!」


 聖女見習いは10代半ばの少女が大半であり、聖女見習いであるクレアもまた例外ではない年相応の容姿をしていた。


 透き通るような色白の肌、眩いばかりの金色をしたセミロングほどの長さの髪、長く細く多いまつ毛を持つ瞼が開くと見える水色の瞳、少し薄めの厚みをした桃色の唇、それらを組み合わせてまるで絵画や彫像ようだと思わせる整った顔が彼女を誰もが認める美少女だと印象付ける。


 さらに、身体を覆い隠す白いローブと頭を覆い隠す大きめの帽子、ローブの裾から少しだけ顔を出している歩きやすさ重視の皮靴が聖女見習いであると主張している。


 このような美少女は同じ時代に何人もいるはずもないが、リッドとウィノーの反応は少し違っていた。彼らは彼女の顔を見るなり、そのかわいらしさや美しさに驚いた様子ではなく、まるで幽霊にでもあったかのような驚きを示している。


「ピュ――」


「雰囲気というか見た目までピュリ姉そっくりだ!」


 リッドは思わず別の名前を呼びかけそうになり、ウィノーもまたリッドと同じ女性を連想したようでその女性の名前を出した。その次の一瞬で、リッドがウィノーの方を向いて、先ほどの会話での約束事はどうなったんだと言わんばかりに苦い表情をするも、ウィノーが気にしている様子など微塵もなかった。


 クレアは彼らの驚きとは別に、両手を口で覆いつつ、瞼をこれでもかと開いて大きな瞳を潤ませながら、ウィノーの方をじっと見つめている。


「わあっ! かわいい! 本当に、動物が、サイアミィズが喋った!? 腹話術とかじゃないですよね? かわいい! え、かわいい! すっごくかわいい!」


 クレアが年相応の少女らしい少しキャピキャピした様子で、かわいい、かわいいと連発したためか、言われ続けたウィノーが嬉しそうに尻尾をくねらせつつ鼻息を荒くする。


「ちょ、ちょっと、照れるぜ……この素敵なお嬢ちゃんもオレの魅力の虜になっちまったか。オレも罪な雄だねえ」


 初めての挨拶という目的をすっかり忘れたクレアと、話せることを隠すという話をすっかり忘れたウィノーがお互いに楽しそうにしている横で、リッドは先ほどの彼女の言葉に引っ掛かりを覚えた。


「……本当に?」


 リッドがすっと司教の方に訝し気な目を向けると、司教は先ほどの笑顔から微動だにしない顔で口だけがゆっくりと開き始めた。


「ええ、もう伝えてありますよ」


「いやいや、バレるにしても、話の展開が早すぎる……」


「この子、クレアはとても真面目で秘密をきちんと守れる良い子ですから。それに、私も驚きましたが、彼女はピュリフィによく似ている。ウィノーも姉のように慕っていた女性に似た女の子と話せないのは少々寂しいと思いますよ」


 司教は問題ないでしょうと言わんばかりに笑顔をそのままにして澱みなく話す。


「そういうことでは……はあ……まあ……そうですね……」


 リッドはウィノー本人に釘を刺した意味がなかったことと司教が断りもなくウィノーについて話していたことにがっくりと肩を落としてうな垂れてしまう。


 それでも、彼は怒る気にまではなれなかった。それは彼がウィノーや司教の立場であったなら、自分でもそうしてしまったかもしれないという考えが頭を過ぎったからである。


「ちゃんとオレのことを紹介されて知っているなら、これからも気兼ねなく話そうかな! オレの名はウィノーだ。昔からリッドの仲間パーティーで、幼馴染で、一番の大親友だ。よろしくな!」


「はい、クレアです。よろしくお願いします」


 クレアのほわほわとした笑顔と、ウィノーの優雅な立ち振る舞いが教会の厳かな雰囲気をすっかり一変させているところで、リッドは仕切り直しをするようにパンパンと手を2度だけ叩く。


「はっ! すみません! リッドさん、すっかりウィノーちゃんに気を取られてしまい……クレアです! 聖女見習いをしていて、今回、調査の際に墓地の浄化を担当します! もちろん、【屍霊浄化ターン・アンデッド】は習得済みです!」


 クレアの朗らかな笑顔に、リッドはまるでその奥にいる懐かしい顔を思い出したかのように遠くを見つめる目で彼女を見る。


 彼は言いたいことが山ほどあるといった表情も出してしまうものの、既にそのすべてを飲み込んだようだった。


「リッドだ、よろしく頼む。クレアさん、早速行こう……と言いたいところだが、動きやすい服に着替えてきてくれ。ダンジョンの調査は街の視察と全く違う。そのダボダボでいかにも走りにくそうなローブでは困る」


「は、はい! き、着替えてきます!」


 クレアはリッドのややぶっきらぼうな指示の通り、動きやすい服装に着替えるために踵を返して、堰を切ったようにどっと走り出して行ってしまう。


「クレア、教会内は走らないように……聞こえていませんね」


 司教の言葉は残念ながらあっという間に走り去ったクレアの耳の奥まで届かなかったようで、虚空で霧消していく。


「はあ……綺麗で、かわいくて、ほんと、ピュリ姉の生き写しみたいだ」


「ピュリフィはまだ生きているから瓜二つくらいの言葉にしてくれ……」


 リッドは浮足立っているウィノーにそう釘を刺すのだった。

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