1-9. 婉曲的に詠う吟遊詩人

 リッドが合流を考えた場合、状況は芳しくなかった。


 分断された際に彼は入り口に近い方で、崩れた場所を避けて下の階層に行こうとする場合、ほとんど入り口に戻るくらいまでに戻った上で、大きく遠回りするルートしか与えられていなかったのだ。


 自分の方に残した【ライト】1つの少しばかり頼りない光と、ここまでの道に灯したランタンの光を頼りにして、彼は踵を返して来た道を全力で疾走する。


「効率を考えれば調査をしながらの方がいいんだろうな」


 リッドはふとそのような言葉を口にしていたが、彼の中でその選択肢を選び取ることがなかった。クレアが怯えていないか、不安になっていないか、困っていないか、などと彼は彼女のことを心配していたが、それ以上に彼女に仲間の面影を重ね過ぎていた。


 自分が守り通さないといけないと思うほど、彼の拳はより固く握られている。


「GURURUッ」

「AAAAAッ!」

「FOOOOOッ!」


「邪魔だ! どけ!」


 バキッ……ドガッ……グシャッ……ベキンッ……


 リッドは次々に奇声や唸り声を上げながら現れるスケルトンやスケルトンハウンドを大きく振るった拳で粉砕し、スケルトンどうしが自身の骨を理解できなくなるほどに一纏めにして木っ端微塵に殴り潰していく。


 彼の身の周りの物は全て武器となる。使えそうな骨や石を握りしめて、棍棒のように振るうこともあれば、投擲具のように思いきり投げることもあった。


 仮に攻撃を受けても流しきるようにし、どれほど弱いと判断した攻撃であろうとも決して真正面から受けるようにしない。攻防1つ1つの積み重ねが感覚を鋭利にもなまくらにもするとも彼は身をもって知っているからだ。


「GUOOOOOッ!」


獣骨の牙ハウンドファング


 リッドはスケルトンハウンドの頭蓋骨を奪って両腕にそれぞれ装着し、腐った死体とも呼ばれるリビングデッドの頭にスケルトンハウンドの上あごの牙を引っ掛けるようにして吹き飛ばしていく。リビングデッドはその腐肉が病原菌や毒素を持っている可能性があるため、極力直接触れないようにすることが望ましい。


 もちろん、彼が自分の金属籠手ガントレットを必要以上に汚したくないという想いもある。使い込んだ武具は冒険者にとって相棒にも等しい存在だ。


「GAAAAAッ!」


「調査が必要な時は冒険者払いがされているはず」


 ダンジョンの崩壊の可能性を調査する場合、意図的にそのダンジョンに関連する依頼はなくなる上に、ダンジョンが一時的な閉鎖扱いとなる。つまり、ここに今リッドたち以外の冒険者はいないはずである。


 リッドは目の前のスケルトンに必要以上の恐怖を覚えない。もちろん、弱くとも敵である以上、雑魚と評して慢心することを彼は自分に許さない。


 だが、彼の恐怖の向け先は眼前の魔物ではなく、もしかしたらいるかもしれない人間だった。


「GOGOGOGOGOッ!」

「GISHASHASHASHAッ!」


「だが、予期せぬ奴がいる可能性もある」


 冒険者は自己責任である。ダンジョンに入ってしまえば、死ぬことも覚悟しなければならない。加えて、死と同じ程度起きることがある。


 性的な行為の強要や暴行である。


 それは、人から受けることもあれば魔物から受けることもあり、人だとしても仲間パーティー内で起こることもあれば別の冒険者あるいは野盗や盗賊と言われる輩から受けることもある。そのため、性別に限らず冒険者は冒険者ギルドから定期的に注意喚起が行われる。


 それと同時に、最近では記録魔法を含めて様々な対策が施され、冒険者どうしで強要が認められた場合に罰する制度も始まっていた。しかし、罰せられることになろうとも行おうとする者が後を絶たないことも事実で、そもそも、野盗や盗賊にその縛りはない。


 なお、行為が魔物からであれば、対象の容姿を問わず、場合によっては性別さえも問わず、ただ苗床になるかどうか、要は単純に機能で見られる。だが、人間からであれば、もちろん容姿も重要視される上に、反撃を受けやすいかどうかでも判断されるのだ。


 クレアは若く美しく、さらに男好きのする身体で、何よりも、冒険に不慣れな聖職者の出で立ちである。


 つまり、見るからに抵抗力が弱く旨そうな格好の餌食なのだ。


「GURURURURURUッ!」


「聖女見習いだから、それを知れば、犯すことに怯む奴もいるだろうが……」


 聖女見習いは神に祝福された者であり、その心身を侵してはならないという話もあって、敬虔なる信者なら解放された獣欲を制して理性を取り戻すこともある。


 しかし、そういう輩ばかりではない。


「GUUUUUッ!」


「そんな奴ばかりじゃないからな。むしろ、そそられる奴も……」


 リッドは入り口付近まで戻り、すぐさま方向転換して、まだ進んだことのない真っ暗な道へと向かおうとした。


 その時だ。


「おやおやあ、やっと見つけましたよお。こんな所にいましたねえ」


 入り口からリッドに呼びかける声がする。その声は、少しばかりねっとりとしていて、粘り気もある間延びした男の声だった。


 彼は目が慣れない眩しすぎる逆光の中、そのくっきりと映し出される人影の方を向き、聞き覚えのある声に敵意よりもげんなりした様子で人影に向かって仕方なく声を掛けた。


「……ハトオロ、どうしてここに?」


 ハトオロと呼ばれた人影は大仰に跳び上がって、リッドの真横に着地して【ライト】に照らされると彼がリッドと同じくらいの長身であることが分かる。リッドが男らしい精悍な顔つきなのに対して、彼の容姿は男らしさよりもどこか中性的で不思議な色香を放っていた。


 彼は背中を覆うほどの長髪をしていて、光を当て方によって色が変わる不思議な髪色をしていた。ここでもまた灰褐色のリッドの髪と比べて、華やかさや煌びやかさが映えている。


 服装については、なめし革の三角帽を目深に被り、上に白の襟付きシャツとなめし革の茶色のレザージャケット、下に薄灰色の厚手の長ズボンにジャケットや帽子同様のなめし革でできたロングブーツを履いていた。その髪を目立たせるためにあえて地味にしていると言われてもおかしくないほどに静かな雰囲気でまとまっている。


 最後に、彼を象徴するもの、それは右手に持つ弦楽器だ。


 彼は吟遊詩人なのである。


「リッドさん、そう、貴方がいれば、どこへなりとも伺いますとも! というわけで、南の方で巻かれてしまってから方々を探している間に、友だちになった小鳥さんにリッドさんがこちらに来ていることを聞きましてねえ」


 手足や身体の動き、言い回し、目配せ、ハトオロのすべてがどこか大仰で派手な上に嫌でも目を引くため、リッドは彼をあまり得意としていなかった。


 しかし、ハトオロの方はリッドにご執心といった様子で、再会できたことを嬉しそうにして様々な色の目を輝かせている。


「というわけでって……小鳥って……どこからツッコめばいいやら……人間の友だちもしっかり作ってくれ」


「ははは! 人の友達など不要ですともお! リッドさん、貴方さえいればねえ!」


 ハトオロがリッドの不意を突いて両手を掴んで握り締め、まるで再会を祝って手を仲良く繋いでいるかのようだった。


 リッドは握られた手を振り払うようにしてハトオロから離れる。


「すまないが、俺は女が好きなんだ」


「知っていますとも。私とて、色恋で貴方を追っているわけではないのですけどねえ♡」


「おい、語尾にハートがついているような口調をやめろ……じゃあ、何だって言うんだ」


「それはいつも答えている通りですよ。『心変わり小劇ハトオロ・ザ・プリズ場のハトオロム・ワンマンショー』と呼ばれている私が唯一、心変わりしないのは貴方への信望。貴方がしているダンジョンの崩壊と暴走の阻止、その献身的な姿に――」


 ハトオロは、年齢不詳ながら20代の容姿であり、数年前に突如現れてA級冒険者に上り詰めた新進気鋭の冒険者である。プリズムは彼の髪色にも合わせて付けられたものでもあるが、心変わりという二つ名に現れているように、彼は今まで仲間をコロコロと変えたり、逆に変えられてしまったりする気難しさがあった。


 彼もまた何かの目的を持って、それを隠して日々を生きている。


「先を急いでいるんだ」


「なるほど……さて、即興ですが、ここで1つ。“死者だけが住む都市で、宴は永遠とわに続く。その宴の演者は意図せずに増える。死者だけが住むはずの都市に、矮小わいしょうな悪は己が行いを隠すために生者でありつつも利用する。” どうでしょう? いつもよりは分かりやすいのでは?」


 ハトオロはまるで謎かけを楽しむかのように、自身の作った即興の語りをリッドに告げる。


 その吟遊詩人特有の遠回しな物言いをリッドはあまり好きになれない。


「もっと直截的に言って……って、待て。今、死者だけじゃないって言ったのか!?」


「まあ、そうなりますねえ。小鳥さんに聞いた話ではねえ」


 冒険者ではない、しかも、悪党が地下共同墓地を利用している。リッドはその話にクレアの近寄る危険をぞわぞわと背中に感じた。


 守らなければ。


 その感情が彼の身体から溢れ出て、彼女の傍にいない自身の不甲斐なさに歯がギリリと鳴り始める。


「まずい……やはり、先を急ぐ。まあ、ついてくるならついてこい。俺の役に立つ気があるならな」


「ぜひとも役立ちましょう」


 全力で駆けるリッドに難なくついていくハトオロ。2人は魔物たちをものともせずに、足早にクレアの下へと急いだ。

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