【短編】給食

夏目くちびる

第1話

「僕には、常々思っていることがあるのだが」

「なぁに? 先生」

「なぜ、うどんやソフト麺とコッペパンを同時に出す日があるのだろう。給食は完璧な食事バランスで献立られているというが、これでは明らかに炭水化物過多だ」



 とある日の給食の時間。



 今日は、C班にパイプ椅子を持ってきて生徒たちと同じ宅で給食を食べる男性教諭。彼の学校は、生徒たちと教員の距離を縮めるため、教員も毎日給食班の中へ混じって食べるというルールがある。



「炭水化物過多ってなに?」



 班の一人のリオが聞く。



「要するに、米や小麦粉は糖分なのだ。これを分解しすることでエネルギーになる。……という授業を、一週間前にやったハズだろう」

「そうだったかも」

「とにかく、このメニューでは糖分が多過ぎてバランスが悪いと思うのだ。おまけに、今日のフレンチサラダにはレーズンとオレンジが入っている。これもまた糖分。どう考えたって、普段のヘルシーメニューと比べて完璧だとは思えない」



 男は、マーガリンを塗ったコッペパンを見ながら呟くように言った。



「先生、うどんとかパンが嫌いなの?」

「大好きだ。出来ることなら、毎日食べたい」

「だったら、別にいいじゃん。リオ、おうどんの日は学校楽しみだーってなるよ?」

「……まぁ、キミもいずれ分かる」



 既に三十歳となった男は、独身のためそれなりに食生活に気を使っている。このせいで夜に食べる分の白米を減らすハメになると考えると、食くらいしか楽しみのない彼は小さくため息を吐いた。



「ねぇ、先生。チリコンカーンってなんなの?」



 今度は、リオの隣に座るタクマが質問をした。



「見たままだ。たまねぎやひき肉を炒め、そこに豆類を加えトマト味に仕立てるメキシコ料理。尤も、学校給食のモノは大豆だが、本場ではそら豆を使うことが多いらしい」

「なんで、そんな料理が給食になるの? 僕、外国の料理ならハンバーガーが食べたいよ」



 言われてみれば、確かにハンバーグの出る日もあるのだから、コッペパンをパンズに変えて、更にタルタルソースやケチャップのように小袋に詰められているハンバーグソースを使えばいいのではないかと思った。



「……なぜだろうな。僕も、久しぶりにハンバーガーが食べたいな」

「おいしいよね、ハンバーガー」

「しかし、学校給食のハンバーグと言えば専ら豆腐ハンバーグだ。市販の合いびき肉のみのハンバーグと違って、サッパリし過ぎてパンとは合わないのかもしれないな」

「そっか。確かに、あれにかかってるソースってちょっと甘酸っぱいもんね。ひじきとかかかってるし」

「じゃあさ、じゃあさ、先生。なんで、学校給食では唐揚げじゃなくて竜田揚げなの? というか、唐揚げと竜田揚げの違いってあんまり分かんないし」



 更に、隣の席のハナコが質問した。



「衣に使う粉が小麦粉だと唐揚げ、片栗粉だと竜田揚げだと一般的には言われている。食感が違う他、僕個人としては竜田揚げの方がややサッパリしていると感じるな」

「サッパリしてるから、給食では竜田揚げなの?」

「いや、恐らく鶏肉の他にサバやアジなどの魚を揚げることも多いからだろう。調理法は統一しておいたほうが効率がいい、食材の在庫も管理しやすくなるに違いない」

「だったらさぁ、先生。どうして、給食の飲み物って必ず牛乳なワケ? 俺、実はあんまり牛乳って好きじゃないんだよ」



 続けざま、リクも質問をした。



「カルシウムを補給するのに効果的だからだ。恐らく、小魚や焼き豆腐などを毎食献立に取り入れるより、飲み物で補うほうが効果的であると戦前から考えられているのだ」

「あたしね、先生。茶飯が好きなんだけど、あれってお茶で炊いてるの?」



 最後に、ミオンも質問。彼のクラスの生徒たちは、なぜか何を聞いても必ず答を用意している男に対してあれこれと質問をするのが好きな、少し大人びた知識欲に溢れる素晴らしい子供ばかりであった。



 どうやら、今日は最初に男が給食について質問をしたため、彼らも給食に関する不思議を尋ねているといったところなのだろう。



「確かに、そういう意味もある。しかし、学校給食で出てくる茶飯のほとんどはダシや醤油で味付けした炊き込みご飯だ。茶色い見た目からそう呼ぶらしい」

「なるほど。でもさ、だったらあれが一番おいしいんだから、いつもあれにしてくれればいいのに」

「分かる。普通の麦飯って、なんかプツプツしてて味もしないしおいしくないよね」

「茶飯の出る日の他のメニューを思い出してみたまえ。どこか、薄い味付けの惣菜が多いとは思わないか?」

「……言えてるかも」

「それをおかずに、いつもの米で食事をするのは味気ないと配慮した結果の茶飯なのではないか」



 今度は、意識して茶飯のオカズを見てみようと思うミオンであった。



「てかさぁ、なんでサラダにフルーツ入ってるの? ハナコ、フルーツポンチの方がいいよ」

「リオもそう思う」

「これは、そうだな。例えば、フランス料理には肉にオレンジやイチジクのソースをかけて食べる料理も存在する。つまり、日本では馴染がないかもしれないが、外国では一般的なことなのだろう」

「でも、ここって日本じゃん。白米と牛乳って俺的には絶対にありえない」

「ドリアがあるだろう。サイゼリヤでミラノ風ドリアを食べたことがないのか?」

「あ! たしかに!」

「いやいや、先生。ミラノ風ドリアと白米に牛乳を比べるのはナンセンスなんじゃないですか? 日本人的にありえないですよ」

「それに関しては、実は僕も同じことを思っている。給食献立の、永遠の謎とも呼べることだ」



 だんだんカオスになってきたので、男は適当に誤魔化してうどんのスープを飲んだ。この後に牛乳を飲んでしまえば、確かに味がめちゃくちゃになって気持ち悪くなる生徒もいるだろう。



 しかし、男は知っていた。牛乳が出る理由は、学校給食法による抗いようのない代物であるということを。



「なんだ、先生でも知らないことってあるんだ」

「たまにはあるのだ、すまないな」



 が、これを説明するとなれば、まずは学校給食法から説明しなければならない。多くの生徒と交流を持つことを目的としたこの時間で、すべてを説明し切れないと判断した時に彼は適当な回答でお茶を濁すのであった。



「……ところで、僕は思うのだが、揚げパンって明らかにデザートではないだろうか」



 男は、別の話題で終わる時間までを潰そうと考えた。



「俺、揚げパンってマジで好きだわ」

「でも、確かにどうなんだろ。あたしもデザートって感じがするかも」

「えぇ? だって、揚げパンの日は麺とかコッペパンが出ないじゃん。だから主食なんだよ」

「でもさぁ、コンビニで売ってるのを見ると菓子パンなんだし、リオもデザートだと思うなぁ」

「僕は、サラダにフルーツが入っている点から鑑みて、これが小さなおかず(副菜)ならば甘い揚げパンが主食でもいいと思う」

「ハナコはねぇ、揚げパンの日は絶対に休まないって決めてるんだよ」



 こうして、生徒たちは揚げパンが主菜かデザートかの議論するを初めた。



 そんな生徒たちの姿を見て、男は「その日のメニュー次第だろうなぁ」と思い牛乳を飲み干した。

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【短編】給食 夏目くちびる @kuchiviru

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