偽神戦線、蒸気異聞
えるん
n話
重くてどす黒い雲とがちゃがちゃ鳴る歯車の音、混じり合う人声と金物臭く焦げ臭い臭いは帝都の日常、しかし曇天の合間を跳ね、鈍色の腹底からごんごんと響く蒼雷の気配は、忙しい都の人々の、色の悪い顔に不安の一色を付け足すほどに険悪で、派出所で暇をもてあます壮年の公僕も、蒸気煙管を一息吹かすと、舌打ちをした。
すぐ傍にもう一人、タイプライターを一心に打ち込んでいた彼よりも年若い青年が、不実不良不健康の先輩警察官の方を向いたのは、人に面倒な書類整理を押しつけておいて煙管吹かすのみならず不愉快な舌打ちまで立てるとは何事かと単純にイラっとしたからである。
「やぁな雰囲気だぜ」
後輩の憤激に気づこうか気づくまいが態度を変えることはないであろう不良警察官の呟きは半ば独り言であったが、まったく無視をするのもどうかと考えるのが不幸にも優等生に育った青年警官の方であった。
「雨とは、言ってなかったですがね」
「暴動、大事故、猟奇殺人……よくねえんだ、こういう日が」
不良警官は後輩のことを意識しているのかしていないのか、やはり独り言のように言って、派出所の外、林立するビルヂングの隙間からぬっと、不吉の空に向かって一直線に伸びる長い長い煙突に眼を向けている、瞳に映る煙突の数は一本……しかしながら、彼は、あるいは帝都に住む者なら当然、都の外から訪れる者も話には聞く、見る方角によって本数が変わる帝都名物〝亡霊煙突〟の通称をもつ。
天に向かって聳える威容、その頂に影一つ、――いや二つ。煙突のごとく重なりあった二つの人影は、カーキの軍服に軍帽、脚にはゲートルを巻いてマントを羽織り、腰には一振りの軍刀を佩いた相似形、相異なるのは顔貌に畳まれた年嵩のみ。片や十代、いや二十代の青年、片や四十絡みの中年の男で、静かながら抜かれた刃のような眼差しを互いに向け合って、地上で煙管を吹かす不良警官の、不吉の兆しを体現する佇まいであった。
「決着を」
青年の名は昭太朗、
「――」
中年の名は和憲。
刃をそれぞれが抜くと、煙突の狭間、彼等の合間を、蒼雷が引き裂くように落ちた。
偽神戦線、蒸気異聞 えるん @eln_novel_20240511
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