第5話

睦月は、ぶつぶつと話し始める。それはようやくのことで、私と隣の彼はもうすっかり疲れていた。

「私だってやりたくてやってんじゃねえ」

誰かにやさらされてるってこと?思い浮かんだ疑問を押し込めて、睦月の話の続きに耳を傾ける。

「こんな事やめたいって、ずっと、ずっとずっとッ、思ってんだよ…ッ」

睦月の声がだんだんと弱くなってくるのがわかる。最後はもう悲鳴とも言える声だった。私は、それを横で見ていた。何かを思うこともなく、白けた目で。隣の彼も、きっとそうで。

「ただ、人が嫌がってんのが面白くって、やめれな、かっ、た」

そして、少しの沈黙。

「人のことも考えてみたら」

やがて彼が発した声は、背筋がヒヤリとするほど冷たいものだった。

「全部自分中心?自分が良ければどうでもいいの?憂さ晴らししてる自分と、苦しんでる人間を天秤にかけれなかったわけ?」

彼は低い声で言葉を続ける。

「本気でふざけんな」

彼が言うことに、私は心の中で共感する。

「んだよ、私可哀想だとか言いたそうな顔して。誰もお前に共感なんかしない。憂さ晴らしに人間いじめるなんて大罪だよ、最低だ」

睦月は俯いて下を向いている。彼は締めくくるようにして言った。

「これからどうするつもりだよ」

その声は一段と大きく廊下に響いた。段々とその余韻が消えてゆくのに合わせて、睦月の息遣いが荒くなっていくのが分かる。

「うるせえ!!」

空気を斬るように、睦月の声が発せられる。威圧感が空気を通してビンビンと伝わってくる。

「だから、これからどうするつもりなんだって」

彼はいたって冷静だった。睦月は物凄い形相で私と彼を交互に睨みつける。その瞬間突然、睦月の体が揺らいだ気がした。でも、気がついた時にはもう彼女は駆け出していて、私たちは瞬時に追いかけることもできなかった。


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HERO 岩里 辿 @iwasatoten

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