第3話 予定変更、迂回先



「ジ、ジーンさん……まだ先でしょうか……?」



 村から神殿に向かう道すがら、俺の後ろを歩く勇者が情けない声を出した。

 振り返ってみれば、膝に手を付け、ゼイゼイと呼吸している。

 その一方、自分の傷は治せない厄介な治癒魔法しかないから、ぶつけた頭に包帯を巻いての山登り。何日かは過ごせるように、麻の袋へ二人分の食料やらなにやらを持っている俺よりも疲れているようだ。

 確かに神殿は山の中腹。村をでれば、舗装も何もされていない木と木の間をぬっていきつつ、山を登るのだからそれなりに体力は削られる。


 けれど、まだ村を出てから十分も経ってない。


 木で隠れてしまっているが、村はまだ見える距離にある。その程度の距離なのに、勇者は膝をグラグラさせて今にも倒れてしまいそうなほどにヘロヘロだ。

 足を止め、近くの木に手を付けながら何とか立っているような状態。最初から細かったけれど、さらにげっそりしたような気がする。

 このままじゃ、今日中に神殿に着くのは無理そうだ。



「……まだまだ神殿は先なんだけど。あとそうだな、早ければ四時間とかで着くぐらい」

「そうでしたか……すみません。僕、あまり体力なくて……勇者なのに変ですよね。自分でもよく理解しています。どうぞお先に進んでください。どうにかして追いつきますので」



 酷く疲れた顔を上げて勇者は言いながら引きつった笑顔を見せる。

 クマが酷く、顔が青白い。

 眠れていないのか、それとも溜まった疲れが表れているのか。


 たとえ勇者だとしても、道を知らない人を森の中に置いてけぼりにはさすがにできない。

 魔物もいるし、熊とか野生動物もいる。こんなに疲れ切っているけど勇者だし、戦闘能力はあるだろうけど、野宿は危険すぎる。



「はあぁ……」

「ご、ごめんなさい。僕のことは置いて行ってください……」



 ため息をついたら、勇者の顔が強張った。繰り返し謝って、何度も何度も頭を下げるのを見てると、気分が悪い。俺が悪いことしたわけじゃないのに。



「そんなすぐに謝んなよ。別にあんたが悪いわけじゃねえだろ。ただの予定変更だ、神殿までは遠回りになるけど勾配があんまりない道から行く。そっちからなら神殿よりもずっと近いところに、魔物避けがついた洞窟がある。そこで一晩ぐらい休んでから神殿に向かう。だからあと少しだけ、歩けるか?」

「よ、よろしいのですか?」

「は? 何が」

「その、お休みをもらっても……」



 なんで? と聞き返せば、さらに申し訳なさそうに答える。



「『勇者が休む間に何人もの人が苦しんでいる。一刻も早く、休む間もなく勇者としての命を果たせ』、それが教えだったので。その、あまり休みという休みは……」



 だんだんと声が暗くなっていく。伏し目がちになり、声のトーンも落ちていく。

 誰だって人には踏み込んでほしくない領域がある。勇者には過去の話はあまりよくない気がした。



「今は今だ。道は俺が拓くから、あんたは付いてきてくれ。きつかったら言ってくれよ? あんたみたいなデッカイやつ、流石に運べねえ。肩を貸すぐらいなら力になれるけど、本当にちょっとだけだからあんまり期待すんなよ」



 話を切って、前を向く。

 本来なら半日もあれば辿り着ける急勾配の道のりから逸れて、遠回りの道で行けば一晩寝てそこから半日程度。食料は念のため持ってきているから、一日、二日は問題ない。

 勇者であれど、人間。案外脆い部分があるみたいだし、一日は休んで行った方がいいだろう。

 伸びてきた枝を踏み折り、さっきよりも歩くスピードを遅くして進む。

 会話はない。けれど、後ろから続く足音が聞こえる。

 その音が途切れないかしっかり耳を澄ましながら、時折振り返っては何度も様子を確認した。





「今は魔物、いないみたいだし、休めるだろうよ」



 夕刻に着いのは村と神殿の中間地点である目的地。ここは、俺が生まれ育った悪意に満ちた廃村・ジルヴェ。

 正直来たくなかった。避けたかったけど、ここに寄らざるを得ないから仕方ない。

 人がいなくなってからもう十年経っている。かつての家や小屋はみんなボロボロになっていてかろうじて建っていると言っても過言ではない。



「随分と傷だらけの建物ですね……ここはかつて村だったのでしょうか?」

「十年前までな。魔物の襲撃でみんな死んだ。みんなあっちに埋められてるよ」



 あっち、と指さした先はかつて村の中心で活気づいていた集まる広場だった場所。

 祭りがあればそこに集まっていたし、いつでも誰かがそこにいた。それを俺は遠くから見ていただけだったし、行くことはなかった。

 今そこは墓場と化した。

 たいそうなものじゃなくて、みんなをそこに埋め、その手前に少し大きな石を置いてみんなの名前を刻んだそう。

 ジルヴェは三十人程度のかなり小さい集落だったし、少人数の手ですぐに埋められたのだろう。

 家族の墓参りには一度も来ていない。あの悲惨な日を思い起こしたくないから。



「魔物で……そうでしたか。申し訳ありませんでした」

「だからなんでお前が謝るんだよ」

「僕が魔物よりも先にここへ来ていれば、皆さん助かったはずですから。魔物で命を落とすことになった原因は、すべて僕にあります。大変、申し訳ありません」



 勇者は目を閉じて、墓場の方を向くと、頭を下げた。

 深く、そして長く。

 顔を上げたときには、その表情は今にも泣きそうに見えた。


 きっとこいつは、魔物が起こした悲劇をすべて自分のせいにするのだろう。

 随分と世話焼きなことだ。

 本当にそういうの、反吐が出る。

 いくらだって口だけならなんとでも言える。口だけなら何でも誰でも。

 勇者なら余計に。



「……――でもか?」

「はい?」

「死んだのが悪人でも。それでも同じことが言えるのか?」



 少し意地悪なことだったか。

 俺が言った途端、勇者は困ったような顔をした。 

 でも本当にそう思った。

 俺にとっては家族以外、みんな悪だった。滅びたのなら何より。それはむしろ喜ばしい。

 おかしいとは思ってる。死んでよかったなんて、思っちゃいけないんだと。でも、そう思って仕方ない。

 だから、聞いた。

 嫌いな勇者だけど、俺はただ、肯定してほしかった。誰でもいいから、俺の考えていることはおかしくないんだって。

 勇者は黙っていたが、一度瞳を閉じてから答える。



「はい。人は全て等しい。罪も過ちも、同じ命。全ての人が生きる権利があります」



 駄目だ。

 勇者の言葉に腹が立つ。

 そういうありきたりな答え。思っていたのと違う答え。

 そんなの求めていない。



「……ふん。あっそ。泊まれるのはあっちの洞窟。魔物が出る可能性もあるから、一応周りを見てくる。あんたは先に行っててくれ」



 同じ場所に居たくなかった。

 ふつふつと沸く苛立ちを冷やすため、軽く外をみて回る。その間も、勇者は休んでいればいい。ただでさえ倒れそうな顔色してるのだから。

 俺は記憶を頼りに歩く。

 その後に勇者は続いてこなかった。

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勇者は息をするように嘘をつく 夏木 @0_AR

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