第2話 助けられるのは、助けを求める人
森の魔物として記録されているのは、スライムやテラウルフぐらいだ。人間と魔物、互いに干渉しないようにしているから、あまり魔物に襲われたという話は聞いたことがない。
仮に襲われたとしても、そいつらだったらそこら辺の枝でも退治できる。枝でも充分やり合えるレベルだからだ。現に俺も、前にスライムと鉢合わせしたことがあるけど追い払うことができた。
何より魔物が出たときはすぐに村中に情報が共有される。小さな村だ。その日にはみんなが知って、しばらく森に近づかないようにしたりと危機感を持つのだ。
そんな村だけど、まさか森に人の骨を模したスケルトンが出た話なんて一度も聞いたことがない。存在は本で見たけど、そこには『人間の武器を拾って使う』って書いてあったはず。
だけどあのスケルトン、別のスケルトンの手を持って振り回している。骨が骨を武器にするなんて、見たことも聞いたこともない。
「クソッ、こっちは武器なんてねぇんだぞっ!」
近くに落ちていた枝を振り投げる。コントロールは悪くない。枝はスケルトンの胸に当たったが、ほんの一瞬怯ませた程度。すぐにスケルトンはガラガラ音を立てて俺の方へ走ってくる。
「ピギィ!」
「気持ち悪っ! 来んな!」
スケルトンから逃げるために、森の道から外れて走る。
スケルトンの背は俺より少し大きいぐらいだった。だからより狭い道を通ってあいつから離れてやり過ごす。スケルトンに対する武器がない今、戦うより逃げる方が得策だろう。このまま村に逃げ帰って、スケルトンも一緒に連れて行くのは危険すぎる。年寄や戦えない人も多い村で、パニックになること間違いない。だからこのまま村に戻るわけにはいかない。
森についてはある程度知っているし、スケルトンに知能があるか知らないけど、地の利は俺にある。
手で枝を避けながら獣道になっているところを通った先には、少し開けた岩場がある。その下におびき出して、上から岩を落とせば俺の勝ちだ。
「あと少し……」
斜面を滑るように降り、目的の岩場に着いた――はずだった。
「何だよ、これ……」
木々がない少し開けた場所に出たが、目の前には岩よりも大きい骨の山がある。
ひとつひとつがうごめいて、重なり合い、共鳴するかのように不気味な音を立てる。さらにかすかにだが、その内部からは魔物の声がする。
――こいつら全部スケルトンだ。
血の気が引き、立ち尽くしていたら、足に何か転がってぶつかった。
嫌な予感がする。見てはいけない気がする。見ないほうがいい。けど、目が足元へいってしまう。
「ケタケタケタケタ」
「ひっ――」
足元には骸骨ひとつ。
何も無い空洞の目が俺を見てて笑う。そして一瞬ひるんでしまったが最後、笑う骸骨が地面から跳ねて眼前に迫る。
逃げようと足をひいたとき。
「うわっ……っつ!」
細かい石で足が滑った。ぐらりと視界が空に支配される。そしてすぐさま頭に強い痛み。
目をつぶって、頭に手を伸ばせば生暖かい感触。
確認すればやはり血。
どくどく流れ出ていく感覚。近づいてくる『死』。
それが過去の記憶を嫌でも引っ張ってきた。
みんなが殺された記憶が。
「ひゅっ……ぁ。カッ、ハッ……」
喉が詰まる。呼吸が苦しい。胸が痛い。頭が痛い。見えるものがみんな赤い。
思わず座り込む。何とか息をしようとするけど苦しい。出来ない。
耳があの笑い声を拾って、さらに喉を締め付けてくるみたいだ。
「お気を確かに。まだ諦めるのは早いです」
「……?」
知らない男の声がした。
同時に目の前に誰かが立ったみたいだ。
スケルトンの山との間に盾のように立つ姿が、ぼやけた目で見えたけど、瞼が重くて開けてられない。
早く逃げてくれればいいのに――。
俺はその後の記憶はない。
☆☆☆☆☆
『気持ち悪い力を使いやがって!』
『男のくせに』
『触るんじゃないわよ!』
『あんたなんか居なければ神様は平等に力をくれたのに』
幼い頃、何度も言われた言葉が頭の中を駆け巡る。
俺がたまたま神殿の神様とやらに、治癒魔法なんていう力を与えてもらったばかりに蔑まされた。
俺は、ただ生まれただけなのに。
いつかこの力を必要としてくれる人がいるはずだと言ってくれた家族は、蔑む言葉を投げてきた人たちの手引きによって魔物に襲われて死んだ。
結局その人たちもみんな魔物に殺された。
残ったのは俺ひとり。
ひどい言葉に耐えかねて、逃げた物置小屋に閉じ込められていたから助かった。
扉は内側から開かなかった。けれど、おんぼろの小屋だったから扉はゆがんで少し外が見えていた。
炎。何かが焼ける匂い。
その前を通り過ぎる魔物。
怖くて目を逸らせなかった。すると悲鳴が聞こえた後、生暖かい液体が隙間から顔にかかった。そして何か転がって来た。ゆっくり目をおろしていけば、それは人の頭……母さんだった。
目と目が合ってしまった。悲鳴なんて上げられなかった。
嘆く前に母さんは魔物が乱暴に連れて行ってしまった。
その後どうなったかは知らない。
俺も一緒に死んでしまいたかった。家族と一緒に死にたかった。
与えられた
過去は消えない。与えられたものも投げられた言葉も消えない。
俺の存在も消えない。
俺以外が全滅した村を訪れて廃人になっていた俺を助けてくれたのが村長。
あれやこれやと俺を育ててくれて、沢山のことを教えてくれた。
死にたい気持ちに蓋をできるように、作物栽培から家畜の育て方、魔物の対処法から人との関わり方まで生きる術を沢山教えてくれた。
おかげで真っ暗な世界でも、幸せを見つけられるようになったと思う。
そこまで変えてくれたのは村長だ。まさに恩人そのもの。
恩人の助けになればと我がままを言いつつ過ごしてきた。けど、いつだって頭をよぎる
「……あ」
目覚めると、見たことのある天井が目に入った。
間違いない、俺の家だ。
そして俺が横になっていたのは、俺のベッド。
いつ俺は帰ってきた?
「起きたかい?」
「村長……」
起き上がると隣に村長がいた。
全く記憶にないが、村長がいるってことは俺は村に戻っていることは確かだ。
「あ……あ! そうだ! スケルトン! 森にスケルトンが大量に!」
「ああ、話は聞いた。ジーン、大変な目にあったようだのう」
「俺は大丈、夫……じゃ、ないけど……」
ズキズキと脈打つように痛む頭には包帯が巻かれている。それが起きたことを思い起こす。
かなり嫌な過去を思い出してしまった。
情けなさと苦痛で頭がぐちゃぐちゃだ。
「話さなくともいい。全て話は聞いている」
「え?」
誰から、と聞こうとしたが、その答えはすぐに出た。
「お身体、もうよろしいのですか?」
静かに部屋にやってきたのはひとりの男。
すらっと細い身体に白髪と蒼い目が目立つ。
腰元に小剣と、汚れがあるぶ厚い本。剣があるなら傭兵? いや、それなら本は要らないしもっと武装するはず。ならば、剣は念のため持っている程度の詩人か何かだろうか。
「まじで、誰」
「ジーン、分からぬか……このお方が勇者様じゃぞ。そしてお主をここまで連れてきてくれたのだ」
「は? 勇者? こいつが?」
勇者?
このひょろひょろが?
とてもじゃないが勇者には見えない。
魔物すら倒せそうにない見た目だ。
頼りない、それが第一印象。
「はじめまして。一応僕が勇者です」
頭を下げる姿も情けないように見える。
いや、そもそも勇者ってもっと威圧的なものだとばかり……。
想像から大きくかけ離れた『勇者』に交わす言葉が浮かばない。
「すみません。あまり勇者らしくないですよね。よく言われるんです」
勇者は、俺が思っていた感想を読み取ったように的確に言う。まさにその通りなもんで、思わず「確かに」と声に出てしまった。
すると、村長からの鉄槌が脳天に直撃する。
「いってぇなっ!」
「口を正せと言うただろう。勇者様にそのような態度をとるんでない」
「チッ!」
村長とのやり取りを見ていた勇者。最初は呆気にとられていたけど、すぐにクスクス笑う。
勇者ってもっと頭も固いやつだと思ってた。けどこいつは別に馬鹿にしているようでもなく、人間味がある。
「あっ、ごめんなさい。笑ってしまって……」
「ふぉっふぉ。勇者様が笑ってもらえたのなら何よりじゃ。ほれ、ジーン。助けてもらったお礼を言わんか」
村長の手が俺の後頭部を押す。そこはちょうどぶつけたところだ。
とっさのことで抵抗もできなくて、強引に頭を下げる羽目になった。
年寄なのにその力は強いし、容赦ない。頭を上げようとしても全く上げられない。これは頑として言わないと解放されないやつだ。
人当たりは良さそうな勇者。けれど、勇者は嫌い。
だから言いたくない。言うもんか。
勇者になんか、言うことなんてない。
「……はぁ。お主……」
絶対言わない。俺のことをよく知る村長はため息を吐きながら、手を離した。
俺の意思が伝わったらしく、諦めたみたいだ。
押しつけから解放されて、頭を上げてもなお不服な顔で反抗すれば村長が代わりに言う。
「勇者様、この度はジーンを助けていただき、誠にありがとうございました」
「いえいえ、人助けは僕の役目ですのでお気になさらず。それに僕の方が予定時刻よりもかなり遅れてしまってすみませんでした。ここまでの道にかなり魔物がいたので、相手をしていたらつい遅くなってしまって」
「なんと、魔物退治まで。これはこれは本当にありがとうございます」
「滅相もないですっ」
これが大人の接待か。
そんなことを考えるほどに、二人は謙遜やら、称賛やらで互いに忙しそうだ。蚊帳の外の俺には飽き飽きする内容で、思わずあくびがでる。
「それで勇者様。このジーンこそが唯一、神殿の守り人の血を継ぐ者なのです。見ての通り、口も態度も悪いですが、道案内人にはなります」
村長の発言に「このクソジジイ」って言葉が喉まで上がってきたのを何とか飲み込む。
言葉の通り、俺は。俺だけが、勇者が目指す神殿の守り人……の直系にあたる家系。
各地の神殿には、部外者を拒む特殊な扉がある。それを開けられるのが、守り人なのだ。
他の神殿の守り人については何も知らないが、どこも同じようなスタイルでやっていると思う。
勇者、神殿、守り人。
この三つが揃ってやっと魔王討伐ができる。
逆に言えば、ひとつでも欠けたら出来ない。
……俺が死んだら、それだけでも討伐出来なくなるというわけだ。
まあもし直系の守り人がいなくなっても、遠い血縁が守り人の役割を担うことになるとかって耳にした。
奇しくも今は、直系の守り人が俺だけになってしまったがために、勇者を神殿に導く『案内人』は俺にしかできない。
正直、守り人として何をするのかっていうのは知識としてあれど、やったことはない。神殿まで連れて行くだけなら、まあ出来なくはない。けど、神殿の扉なんて開けたこともない。何をすれば開くのか知らない、血だけの守り人。形だけの存在。
「……そうでしたか。短い間ですが、よろしくお願いしますね」
勇者は少し困った顔をしながら、またしても頭を下げた。
もう何度目だ。やっぱり、勇者らしくない。
こんなやつを
自覚するほど嫌な顔をしつつも、窓の外、遠くにほんの少しだけ見える神殿は沈黙を貫いていた。
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