勇者は息をするように嘘をつく

夏木

第1話 勇者の案内人



 一人用のベッド。

 そこをシェアする男は、世界を救う力を持つ勇者本人。

 男二人で眠るには狭すぎるからと、勇者は事を済ませた全裸のまま、まるで俺を抱き枕のように抱えてスヤスヤと眠っている。


 勇者なのに、全然強そうには見えない。筋肉は最低限だし、立派な武器は持ち歩かない。あちこちにペコペコ頭を下げるし、呼ばれればすぐにそこへ行ってしまう『良い人』の勇者は、まるで無害な一般人にしか見えない。

 勇者らしくないほど身体は線が細くて、風が吹けば飛んでいってしまいそうなくらいだ。

 いや、すごい魔法も使えるから、実際風に乗って飛んでいくことは出来るだろうけど。



「はぁ……あ? おい、どこ触ってんだ、この変態」



 後ろから抱きつかれている状態だと、勇者の寝息がよく聞こえるはずが、いつの間にか止まっている。

 そして毛布の下、見えないところで勇者の手が俺の内ももに触れている。



「あ、起きてました?」

「『起きてました?』……じゃねえんだよ。いつまでサカってんだ、この変態勇者」

「ええ? だって昨日は、ヨガってないて凄く可愛かったので。あわよくばまたその姿を見たいな〜って思いまして」

「やめい。俺が死ぬ」

「大丈夫です! 死ぬ時は一緒ですからね!」



 そう言って勇者は自分の胸を指さした。そこに残っているのは大きな傷跡。それとが俺の胸にもある。この傷跡こそ、勇者の言葉を裏付けるものだ。



「貴方にもっと触れていたい」



 恥ずかしげもなく言いながら、力を込めて俺の腰を引き寄せるから、どうにか暴れて抜け出そうとする。



「分かりました。手は出さないので、もう少しこのままいさせてください。貴方が居るだけで、安心するんです。あ、これは嘘じゃないですよ。



 勇者の手は俺の腰をホールドする。変なことはしないという意思表示のように、静かになったかと思いきや、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。



「まじかよ、即寝……」



 こうなると逃げられない。諦めて俺も目を閉じる。

 そもそも俺は勇者が嫌いだったというのに、今じゃ心も体も全部許している。

 言いたくはないけど、確かに昨日は抱かれていたし、おかげで腰が痛い。見えないけど、あちこちには赤い跡があると思う。首元も……隠れる服にしていた方がいいな。

 俺が「勇者」への態度が百八十度が変わるに至るまでは、長い話になる――。




 ☆☆☆☆☆





「は? 俺が勇者の案内人に!?」



 お昼時。六十人もいないような小さい村・バルーシャの小さい高齢村長に呼び出されて、俺は今、村長の家で思わず叫んだ。

 静かな家に響く声。おそらく外まで聞こえていただろう。それに対して、歴史を感じさせる傷だらけのデスクと椅子に座る村長は、声を荒げることも耳を塞ぐこともなかった。



「ああ。そのとおりじゃ、ジーン。これはお主にしか頼めぬのだ」



 神妙な面持ちで村長は言う。力仕事は村の若い衆が、細かな作業は目が悪く見えないので出来ない。なので仕事という仕事はなく、趣味兼生活のためにひもじいながらも作物栽培をしているような、本当に肩書きだけのお飾り村長だ。

 毎日飽きずに冗談を言っておちゃらけているような、そんな爺さんがこんな顔をするなんて。

 それほどに『勇者の案内人』が一大事なのはわかっている。けれど。



「やだよ! 絶ー対っやだねッ! 俺は勇者なんて大嫌いだ! 嫌いなヤツの案内なんてやるわけねぇ! それに俺はただの人! 一般人! 案内なんか、国のお偉いさんがやるもんだろうが!」

「そうは言ってものぅ……他にアテもおらぬし、このままでは世界が滅んでしまう。ジーンしかいないのじゃ。この世界中で、もう、ジーンしか」



 何度も俺の名前を呼びながら、村長の目が窓の外に向けられた。

 そこから見えるのは真っ黒な空。分厚い雲が隠してしまい、太陽はない。ここ百年間は、空はずっと夜みたいな色をしているらしい。


 この原因は生と死を繰り返す魔王にある。


 魔王は、世界から光を奪い、魔物を生み出し、人を滅ぼす。それを止めることが出来るのは勇者のみ。昔からそう言われていて、誰もが知っている内容だ。


 勇者でなければ、魔物は倒せてもボスである魔王は倒せない。そして魔王を倒さなければ、魔物は永遠と復活し続け、人々は苦しめられる。

 元凶を絶たねば、人間は魔物に殺されるのを待つのみ。


 だから人間側は必死になって勇者を探す。

 しかし、誰しもが勇者になれるわけでもない。知識や剣技や魔法に優れていたら勇者になれるのではないからだ。ましてや家系が関わるわけでもない。


 勇者はこの世界に生まれ落ちた瞬間に決まる。

 なぜなら勇者の証の紋様が体に刻まれており、勇者として行わなければならないことを知識として得ている。だから、勇者は神に選ばれた存在とも言われる。


 そして選ばれし勇者は神の加護を受けるために各地の神殿を巡り、力を蓄えてから魔王の元へ向かう。

 だからみんな、勇者が来るのを待ち望んでいる。『勇者が来れば安心だ』と洗脳じみた言葉を繰り返しながら。



 ……俺はそれが大嫌いだ。

 気まぐれに生まれ称えられる勇者という存在が。

 来なかったときのことを考えていないその言葉が。

 いくら待っても来ない勇者が。

 誰からも求められる勇者が。




「ジーンが勇者嫌いなのも知っておる。けれど、ここはどうか堪えてくれぬか? 勇者を神殿に導くことができるのはもうお主しかいない。さらに、そこまでの道すがらに魔物がでる。勇者が魔物を倒してくれるだろうが、勇者に何か有ったときに手助けできるのは、魔法を使えるジーン。お主以外におらぬのじゃ」

「でもっ! 俺は治すことしかできないし! つか、魔法なんか使いたくもねえ!」



 俺は少しだけど、魔法が使える。

 攻撃魔法ではなく、ほんの少しだけ治癒できるような回復魔法。擦り傷程度ならすぐ治せる程度の弱い魔法だ。


 そもそも魔法を使える人すら少ない世の中、魔法に頼らない生活が主流だし、魔法はもはやあればいいけどなくてもいい存在になった。

 だから俺がほんの少し治癒魔法が使えたとしても、別に喜ばしいことでもない。無くても生きていけるものだから。ましてや、勇者なんてそうそう怪我することはないはずだ。魔王を倒すまでにボロボロになっていたとしたら、魔王討伐なんて夢のまた夢。

 要は俺の魔法なんて使い所のないものなのだ。


 だが、神殿まで案内することができるのは確かに俺しかいない。

 なぜなら、神殿の場所を知るのは俺だけだし、何らかの方法で神殿にたどり着いたとしても、俺でなければ神殿の内部には入れない。扉を開けるには、俺の血が必要になっているのだ。


 だから俺しか出来ない仕事なのはわかる。

 けれど、それ以上に勇者が嫌いすぎて、返事はしたくない。



「ふむ……そうか。どうしても行きたくないと言うのであれば断ってもいい。それで世界が魔王に支配されて、多くの人が亡くなっても決してお主を責めることはないだろうからな。きっと責められるのは勇者だろうし、お主の存在は知られないのだから」

「ゔっ……」



 それはもう脅迫ともとれる発言は、胸がズキズキと痛んだ。

 俺がほんの少し我慢すればいいだけのこと。

 この村から神殿まで、歩いても一日あれば往復できる。一生勇者に仕えるとかそういうことじゃない。大嫌いな勇者を神殿に案内するだけ。たったそれだけだ。

 俺ひとりの我慢が世界を救う助けになる。逆に言えば、我慢できなかったら世界は滅亡する。

 こんなことを言われて断れるはずがなかった。



「俺がやらなかったら……」

「勇者は神殿に向かえず、魔王が権力を振るうだろうのぅ。たくさんの魔物を生み出して、いつこの村が襲われるか」

「俺がやったら……」

「勇者は神殿で力を得ることができ、魔王を倒すことができるだろうのぅ」



 当たり前の確認。村長は眉間に深いシワを作ってチラチラと俺を見てくる。



「……わぁったよ! やるよ! やりゃいいんだろ! とっとと行って終わらせてやる」

「おお! 流石じゃ、ジーン! では、明日の朝。よろしく頼むぞ」



 投げやりに言えば、村長はすぐに目尻を垂らした。



「って、明日!?」

「おうおう、明日じゃ。朝には村に着くらしいから、そのまま神殿に向かえるよう準備しとくのじゃぞ」

「ええ……クソダル……」

「これこれ。そのような言葉遣いはいかんぞ。くれぐれも勇者様に失礼のないように!」

「うわぁ……ダルさが増すわ……」



 そんなすったもんだがあって、俺は勇者と共に行動することになったのだが……まさかたった数日の予定が一週間、一ヶ月と延びていくことになるなんてこの時は考えてもいなかった。




 ☆☆☆☆☆




「来ねえ」



 村長が口を酸っぱくして「絶対に遅刻をするな。失礼なことをするな。愛想よく」なんて言うから、ちゃんと早起きして身だしなみを整えて村の入口に来たというのに誰もやってくる人影はない。

 朝早くには、ここに来たというのに、もう昼になる。流石に腹は減るし、イライラしてきた。

 空のタルを椅子代わりに座っていたけど、流石にもうケツが限界だ。タルとケツが接着剤でくっついたんじゃないかってぐらいに、離れてない。このままじゃ、一生くっついちまう。



「どうしたのかしらねえ? 勇者様、なにかあったのかしら?」



 最初は興味本位で朝から一緒に待ってくれていた近所のおばさんが言う。おばさん曰く、一目でも勇者を拝んでおきたいらしい。それだけで苦しい生活を耐えていけるからだそうだ。

 だが、いくら待っても来ない勇者。おばさんは家の仕事もあるからと、村の入口すぐの自宅に帰って作業して、何度もここへ戻って一緒に待ってくれていた。



「こんだけ来ねぇんじゃ、もう死んだんじゃね?」

「こらっ! そんな不吉なこと言わないの! それだけ元気があるなら、少し見に行ってきなさいな」

「はぁ……こんだけ来ねえとそうだよなぁ……」



 この小さな村であるバルーシャは山の中腹にあり、入口という入口は一箇所。そこへくるまでには、森を通らねばならない。

 森と言っても、迷子になるような鬱蒼とした森じゃない。国が作った疑似太陽によってなんとか成長している木が並ぶが、ある程度道ができていて尚且つ看板も立っているからよっぽどのことがない限り迷子にはならない。


 村の人もきのこ狩りをしに行くほどの気兼ねなく行ける場所でもある。

 魔物も出るのだが、そんなに強いやつはいない。木の上からスライムが落ちてくることがたまにあるぐらいで、それくらいなら鍬や鎌をぶん回す村人の方が圧倒的に強い。



「ちょっと見てくるわ。もし他の場所から入ってきてたら捕まえといて」



 いくら俺でも、その森だったら何度も行ってるし不安はない。

 人を待たせすぎる勇者に腹が立つので、見つけたらシバいてやろうと俺は森へ行くことにした。



 歩きながら考えてみたが、そもそも俺は勇者がどんなやつなのか聞いてもいなかったことを後悔した。


 勇者なだけあって、デカい剣を背中に持った筋肉質の大男……顔が傷だらけのいかにも強そうな男……いや、はなから男だと決めつけるのもよくないか。勇者に年齢性別は関係ないだろうし。

 朝から村の入口で待っていたが、村を出た人物はいなかった。村への物流も今日はないのは確認済みだ。だから、森に人がいれば、そいつが勇者である確率は高い。



「失敗したなぁ……」



 探すのも面倒で、ぼそっとため息混じりで呟いてみると、声は森に消える――はずだった。



「ピギィィィィィア!」

「え?」



 奇声を上げながら木の陰から何かが飛び出してきたのだ。

 スライムじゃない。枝葉を折るような音と共に出てきたのは――



「スケルトン!?」

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