第3話

「どうしたの?」

オトギは不思議そうな顔をしている。

「貴方、昨日まで凄い仏頂面だったじゃない。なんで急にそんなに可愛くなったのかしら?」

「何お姉ちゃん、嫌味?」

オトギが不貞腐れる。

「嫌味のひとつも言いたいわよ、それが素なら何で、昨日はあんな無愛想だったのよ。」

「例のアレだよ。」

「…説明になってないけど。」

晴香が軽く睨みつけると、オトギは怪訝な顔をする。

「あれ?何も聞かずにキャブルースから来たの?」

「?ええ、何かあるの?」

「…とりあえず、愛流様のところに向かいながら喋ろっか。多分長くなるからさ。」

「…?」


***

「昔、キャブルースには困った王様がいてね。」

オトギは露天で買った飴を頬張り、満足気な調子だ。

「その王様や側近は錬金魔法や練丹魔法が得意なすごい魔術師だったんだけど、性格がすこぶる悪かったんだって。それで、各地にいろんな呪いをかけたんだ。」

「…それが貴方の昨日までの無愛想?」

「…うーん…ちょっと違うんだよねえ…。その呪いを抑える副作用みたいなものかな。といっても、呪いがかかってるのは僕じゃなくて、愛流様だけどね。…あ、なくなっちゃった。」

袋いっぱいに入っていた飴がもう無くなっている。どれだけのスピードで食べたのだろうか…。

「さて、もうすぐ着くけど、儀式の真っ最中だから静かに入ってね。」

2人は街の中心部、大きな教会の前に着いた。

装飾が施された門戸を開くと、人混みの中心に美しい天使が佇んでいた。

「オトギ、あれが愛流さん?(コソコソ)」

「うん。お告げを貰ってるんだ。(コソコソ)」

荘厳な空気が流れ、目を閉じてお告げを待つ愛流に、晴香は思わず見惚れていた。

(綺麗…)


その時、愛流が口を開く。

「───神託が降りた。旨を民に───」


張り詰めた空気。晴香の緊張は、だが…


…次の愛流の言葉で、解けてしまった。

「お祭りの日程は明後日にするわ。第一教会改修の工期は予定通りに。農学部集会は…」

「…え?」

ぽかんとした顔の晴香の横でオトギがこめかみを押さえる。

「あー…せっかくお客さんがいるなら、せめて裁判とかが良かったなあ…。」

「待ってオトギ、これは何?」

「ここは宗教都市だからね。政治はこんな形をとってるんだ。皆が信じるのは政治家の言葉じゃなくて、神のお告げだから。」

「…えぇ…」


***

お告げが終わったあと、晴香は愛流に別の部屋に来るよう呼ばれていた。

「失礼します。キャブルース第1議員の藤咲です。」

「そんな堅くならないでいいわ。愛流よ。」

部屋に入ると、木の椅子に愛流が腰掛けている。

「セキュリティ的観点で私の部屋で対談させてもらうわ。狭いけど、ごめんね。」

「え、ここ、愛流さんの部屋なんですか?」

部屋の中は木の家具のみの簡素な空間で、晴香の実家と変わらない。寧ろ、生活圏がおそらくこの部屋と奥の台所や御手洗、洗面所くらいであろうことを考えれば国家元首にしては質素すぎるくらいだ。

「そうよ。仕事がクソ忙しいからね…。わざわざ装飾をドカ買いする意味も…」

「愛流様!言 葉 遣 い !」

「あら?ごめんなさいね。」

愛流の言葉の節々に挟まれる汚い言葉遣いに見かねてオトギが口を挟む。

一方の晴香が

(つくづく残念な天使だなあ…)

と、微妙な表情をしていると、愛流が晴香に向き直った。

「それで、貴女がキャブルース何でも屋かしら?」

「…各国の偵察員です。」

「あら?議会からは何でも屋って聞いたけど…?」

おそらく議員の嫌がらせだろう。ミサキ以外の。

「何かお困り事でもあるんですか?あるなら解決のお手伝いくらいはいいですよ。」

顔をしかめて晴香が問う。

愛流は真面目な顔で応える。


「あるわ。呪いの件よ。あのクソ忌々しい呪いのね。」

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