第5話 露天風呂上がりの膝枕

*「」はすべてヒロインの台詞です。



「いいお湯でしたあ……」



 歩いて汗をかいた俺たちはそのままお風呂に入ることにした。男湯は露天風呂があり、下を見れば月に照らされた波間が、上を見れば満天の星空が広がっていた。電灯がひとつもないからこそ、いつもは見えない星がよく見えた。



 という珍しく感動的な気持ちになっていたのだが、まずは目の前の事情について問いただした方がいいだろう。


 

 目の前には布団が2つ……ではなく、ダブルサイズの布団が敷かれていた。ダブルサイズの布団って何。知らないんだけど。

 


 どうりで仲居さんがニコニコしてるわけだよ……。



「これはつやつやほくほくです……。心なしか、お肌もツルツルなような……あ、結局お布団そのままにしてくれてたんですね。先輩のえっちさんだ~。このこの~」



 はいはいをしながらこっちに寄ってくるめぐり。エナジードリンク常飲してて徹夜してるやつが肌がツルツルとか絶対気にしたことないだろ。



 ちょっとだけ力を込めて、えいっと額をチョップする。



「い~っ!?!? う~、うそうそうそです~! いやほんとわざとじゃないんですってば。ダブルとツインルームの違いとか一般人がわかるわけないし、先輩だっていまのいままで気付いてなかったじゃないですか!」



「でしょう! そういうときだけ人のせいにするの嫌われちゃいますよ? ていうか、私のことを先輩は旅行にかこつけて、一緒のお布団を狙うような人だと思ってたんですか? ……えへ。じゃなくて、そういう感じなのでこれはほとんど避けようのないミスです。はいこのお話はおしまいっ!」



「納得いってなさそうですけど、いいじゃないですか。先輩が手を出さなければいいだけですし~?」



 まあそれもそうだ。イベント終わりにネカフェで泊ってるようなものだと思えばいい……。思えばいい……心頭滅却!!!



 頭を冷やすため、冷蔵庫にサービスで貰ったお水を手に取る。ついでに、めぐりにも渡しておく。



「あ、お水ありがとうございます。あ、そうだ、情報共有しましょうしょ。男湯はどんな感じでした? ていうか、空見ました?」



 俺は先ほど思っていたことを、めぐりに伝える。



「や、やばくなかったですか!? 星空見えすぎてびっくりしちゃいました。まさに『あおあお』のエンディングの映像過ぎて、長湯待ったなしでしたアレは……」



 どうやら女湯でも、あの星空は見えていたらしい。絶景という言葉はこのためにあるんだろうな、と思わされたからな。



「ここ、星も見えるなんて最高ですね……。微かに聞こえる海の音もめっちゃよかった……。いや~……これは朝のお風呂も楽しみだ……。



 そう! 旅館と言ったらお風呂入り放題なとこですよね! 汗かいてもすぐ入れるし、寝汗を朝風呂で流すときの爽快感と非日常さたるや……風情です……。また慣れてないとこって、早起きすることが多いからそこも嬉しいポイント……」



 めっちゃわかる。



「いやあやっぱりこういうとこで先輩と意見が合うのすごく嬉しいです。私、どれだけ親しい人でも価値観って、本当に人それぞれだと思うんですよ。ドッキリで笑える人と笑えない人みたいな? 



 私は後の方ですけど、笑うツボだったり美味しいものを美味しいと思える味覚だったり。私、長く過ごすならそういう人と一緒にいたいと思ってるんですよね。なので、先輩と『そうそう!』ってなる度に、一緒で良かったあってなります……。すき……」


 

 水を飲むとめぐりは、布団の方に足を滑らせる。足を崩した女の子座りをすると、膝をぽんぽんと叩いた。



「えへへ、今日は荷物持ってもらったり肩を貸してもらったりしましたからね。眠る前に私からのご褒美として膝枕をしてあげます。ほうら、湯上がり女の子のほかほか膝枕ですよ~? しかもこのまま寝落ちしちゃっていい仕様! ほら、先輩! おいで…?」



 ……心臓がどうにかなりそうだ。その魅力に抗えず、俺は誘われるように頭を膝に預ける。布団をかけられると、湯冷めしつつあった体から疲れを感じて、眠気が襲ってきた。



 頭を撫でられて肩の力がすーっと抜けていく。



「先輩、今日はお疲れさまでした。ずーっとわがまま言っちゃってごめんなさい。起こしに来てもらいましたし、駅で飲み物奢ってくれたり、行きも私の枕になってくれて。お祭りの帰りも運んでもらっちゃいました。私、いつも先輩に甘えてばっかりで……。で、お風呂に入ってる時ちょっとでも、先輩のために何かやれたらなって思ったんです。膝枕の心地はどうですか……?」


 

 めぐりの足が痺れないかは不安になるが、寝心地は最高だ。気を抜いてしまったら、すぐに寝てしまいそうなほどに。



「それはよかった。私、先輩とこんな時間を過ごせるなんて夢みたいです……。いつまでもこんな日が続けばいいのにな……。って思っちゃうくらいに今日はたくさん充実してました。頑張って6時間近く粘った甲斐があるなって……いいえ、それ以上に楽しめました。ま、そのおかげで道中私はずっと眠っちゃってましたけどね」



 申し訳なさそうにめぐりが笑う。



「そうですよ? 先輩と一緒に行きたいな~って気持ちが、絶対にチケット取ってやるぞ! って気にさせたんですから。先輩も私のためなら、って言ってくれましたよね。私もそうです。私の先輩好き度具合をなめてもらったら困ります。



 私だって、同じくらい大好きです。だいだいだいだいすきです。こんなに人を好きになるなんてことないんですから。誇ってください?」



 え、えっへん……。と小声で言ってみる。

 この2人の空間がむずがゆくて、でも幸せだ。



「ふふふー、よろしい。頭もなでなでしてあげようではないか~。こうやって2人でいろんなもの楽しんでいきましょうね、先輩。今日は本当にお疲れさまでした。おやすみなさい……」


 

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