第4話 浴衣姿で地元のお祭り

*「」はすべてヒロインの台詞です。



「予約した逢坂です」



 海を満喫した後、海岸線を歩いていくと泊まる予定の旅館『海空ミソラ』が見えてきた。駅ほどではないが少し坂の上がった場所にあるため、後ろを振り向くと、街の一部が見える。



 特徴的なのはその立地だろう。海が広く見えると言えば聞こえはいいが、ほぼ断崖絶壁の上に立っている。



 「出た! いまにも崩れそうな旅館!」とアニメまんまの台詞をめぐりが言った時はひやひやしたが、入るとにっこりと笑う仲居さんの横にそれがデザインされたポスターでかでかと貼ってあったので驚いた。



 いいのかそれで……。



「ぇ、あっ……別に私たちはカップルじゃなくて……ぇと……。友達? そう! 仲のいい先輩後輩で友達的な! へ、へぇ~……ダブルとツインってそういう違いがあったんですね……。ってことは、ダブルだと先輩と一緒のお布団に……? ……い、一応それでセットしてもらえますか? でも恥ずかしいかもしれないので、予備のお布団……あっ、押し入れにある、はい、はい……わかりました……」


 

 チェックインの横にいてもアレなので、荷物を持って周囲を見渡していると何やら小さくこそこそと話をしている。



 慌てたり、下を向いたりと忙しそうにしているが大丈夫だろうか。



 「ふんふん、え~! お祭りやってるんですか! ラッキー! なるほど時間は夕方ぐらい……あ、な、何から何までありがとうございます~!」


 

 しばらくすると部屋の鍵と何かのパンフレットを持っためぐりが戻ってきた。


 

「あ、先輩、無事チェックインできましたよ! ああ、いえいえ、ついでに近くでイベントがないか聞いてたんです。そしたら、お祭りやってるっぽくて! さっき歩いていたとこを1本外れると、商店街通りがあるみたいです」



 取ってきたボールを自慢するように、パンフレットに指を滑らせては楽しそうに報告してくる。胸当たってますけど、大丈夫ですか、めぐりさん。と俺の理性。


 

 めぐりはひと息つくと、ずっと言いたかった台詞かのように



「よ、夜が楽しみですね……?」 



 と、こちらを見上げて言ってきた。

 なんだか仲居さんがニコニコこちらを見ているような気がする。 


 

 「よし、先輩。行きましょ? 何だかなんだ歩き疲れちゃいましたし、部屋についたら探検ちょこっとして、体を休めましょっか。お祭りも夕方くらいから本番みたいなので……」



 それだけ言うと、いつものめぐりに戻った。俺はというと、「頑張れ!」みたいなアイコンタクトとジェスチャーをする仲居さんと睨めっこをしている。



 絶対なんか変なこと言っただろ……。



-----


---


--



「日だんだんと暮れてきましたね」



 部屋の中でくつろぎながら海を眺めていると、めぐりが話しかけてきた。部屋の隅に置いてあったスマホの充電を2人で確認する。



「スマホの充電も良さそうですし……。先輩の方は? 良さそうですね。よっし、そろそろ出ますか」



 畳の上をすすすと歩くと、いい音がする。やっぱ和風の旅館は最高だ。



「あ、そうだ。浴衣どうします? 無料で貸し出ししてるみたいですけど、どうせなら着ていきますか?」


 

 あれは荷物を置いて探検していたときのことだ。どうやらこの『海空ミソラ』では浴衣の貸し出しもしているらしい。さすがに格式ばった浴衣ではないが、様々な柄があって、めぐりが着たら似合いそうなものも数点あった。

 


ご丁寧にうちわや100均にありそうな手持ちのミニファンも置いてある。何より、俺が甚平を着たことがないので、興味はあった。



 めぐりが着てくれるなら、2人で歩いていても違和感はないだろう。遠くの旅行の良いところは、知ってる人がいないからこうして楽に冒険できるところだよな。



「ん、さすが! 先輩のこういうときのノリの良さ! 好きですよ~! じゃあ貴重品とスマホだけ持って、申し込みに行っちゃいましょう!」



 しばらくするとカランカランという足元と共に、めぐりが出てきた。全体的に明るいが、派手さはなく、ちゃんとめぐりの良さが出ている浴衣だ。点々と付き始めた電灯の下に出ると、その柄や明るさが華やかさがよくわかる。



「どうです? 似合ってますか?」



 器用なものでめぐりは、その場でくるりと一回転する。俺は素直に見惚れていたことを伝えた。



「えへへ、よかった~! 先輩の甚兵衛姿もめちゃくちゃ似合ってますよ! やっぱり横に体格があるからか、似合いますねぇ……。普段は結構ピシッとした格好をしてることが多いので、こういうまったり感のある着こなしもグッドです! ありありのあり!」



 てか、下駄も貸出ししてたのか。



「そうなんですよ~! この足音もすごく情緒があって、石の上歩くとかつんかつーんって! ふふふ、もうこれだけで元とれちゃう気がしますね♪」


 

 歩きながら、時折こちらにつま先を伸ばして自慢してくる。スニーカーを履いてることが多かったため、めぐりの足をこうまじまじと見たのは初めてかもしれない。



 このままだとまた自分の観察が始まっちゃいそうなので、お祭りについての話題を急遽振ることにした。



「ね、お祭りやってるのは知りませんでした。へへ、神社に行くのは予定内でしたけど、道中も楽しいなんて最高です! 正直なとこ、夜の神社はちょーっと怖いかなー?なんて思ってたので安心しました。


 屋台は大通り中心らしいんですけど、終点なのもあってか、提灯ぶら下がってるみたいですよ。聞くに明日は花火大会があるのだとか」



 めぐりがフロントで渡されたパンフレットにもそう書いてあった。もしかしたら、今回のキャンセルは、それがあってのことなのかもしれない。



「そういえば、祭りの屋台と言えば食べ物ですけど、先輩は何食べます? ちなみに私はチョコバナナと綿菓子は絶対に買っちゃうんですよねー。見つけたら教えてくれると嬉しいです」



「ほほう…。唐揚げですか? あ~! いいですね唐揚げ……。鶏のちっちゃいやつササミフライみたいなやつ……。わかります……。それ系だと私、じゃがバターも好きですねー。炭水化物と塩っけのあるあのバターのあの組み合わせは悪魔的ですよ……。あれ、夏でも冬でもおいしいんですよねぇ……。ふへへ……。おっとよだれが……」


 

 じゅるりと音を口で表現しながら腕で拭う動作をするめぐり。こら、女の子がよだれが垂れるとか言うんじゃない。


 

  そんなんじゃ食べることに興味しかないように見られるぞ。 浴衣が綺麗で見惚れていた俺の気持ちを返してほしい。



「な、なにおう……? 食べることは人の欲求のなかでも大きなものなんですよ? 美味しいもの食べて幸せになる! それって人間に許された幸福の追求でもあると思うんです。だから食べます。はむはむ……」



 めぐりはいつの間にか見つけたフランクフルトを食べ始めていた。後ろを振り向くと確かに、屋台はあるけど、神速すぎるだろ。



「言うて私食べても太るような体質じゃないですし! 動けばノーカロリーですし! …ですし! と、いうわけで、チョコバナナを発見!!!」



 標的を見つけ、目を光らせためぐりはもう誰にも止められない。



………

……



「おお……案外雰囲気ありますね」



 チョコバナナと綿菓子を見つけためぐりをどうどうと、焼きそばとお好み焼きで宥めながら神社に着く。そのまま神社をゆったり1周した後、石段で腰を降ろして休んでいた。



 慣れない下駄のせいか、いつも通りに動いたら足が疲れてしまったようだ。ここに座ると、歩いてきた商店街を見下ろせる。



「原作だと、ここで主人公のそらくんが告白するんですけど、ヒロインが上京することを伝えるんですよね。家業を継ぐことがほとんど決まってる主人公はどの道を選ぶかっていうのが切なくて……」



「アニメだと地元を選びながらスマホの普及によって、遠距離恋愛が可能になるエンドが採用されてましたけど、私は一緒に上京するルートも好きなんですよね」



「まあ駆け落ちがすきというのもあるんですが『根拠はないけど、必ず幸せにしてみせるから』って素直に言っちゃう空くんがまたいいんですよ……。決してかっこよくはないんですけど、等身大で最大の好きが感じられるあの言葉が好きでしたね……」



「さ、お祭りも20時くらいて終わっちゃうみたいですし、帰りますか……っとと」


 

 立ち上がろうとしためぐりがこけそうになり、慌てて胸で抱きとめる。



「わぷ……って、せ、先輩……!? あ、ああありがとうございます……!」



 その弾みで、数段下に下駄が転がっていく。よく見ると、下駄の紐が擦り切れて穴から抜けてしまっていた。



「えー……うそ……。そこまで再現しなくても……。て、ていうかベタすぎませんか、これ……」



 そう、『あおあお』でもこの展開はあった。即答できないそらは、答えを保留にしてあおいと帰ることになる。その時に、下駄の緒が切れておぶって帰るという展開だ。



 重暗い雰囲気から一転し、あおいと話すことで、多くのプレイヤーは上京することを選んだことだろう。いまの状況は、その状況にくしくも似ている。



 困惑しながらも顔を赤らめためぐりに、俺はおぶることを提案する。



「うう……いいんですか……じゃあお言葉に甘えて……って、今日は私、先輩に甘えてばっかりですね……」



 乗りやすいようにめぐりの下の段に座り、背を向けるとめぐりが恐る恐る乗ってきた。



「お、重くないですか……?」


 

 食べた分重いかも。



「んなっ! で、でりかしーのない人ですね先輩は!? こういうときは嘘でも軽い軽い余裕だぜ~くらい言うもんですよ!」



 文句を言われながら、担ぎ出すとめぐりはぎゅっと腕を回してきた。動くたびに、髪が当たってくすぐったい。



「人におんぶされるのって子供のとき以来でしょうか……。でも……すごく安心します……。その代わり、視線が集まって恥ずかしさで死にそうですけど」



「ふふ……まるで私がヒロインみたいですね……? ねえ、先輩? もし私がヒロインなら……。私のとこに来てくださいって言ったら……先輩は仕事を辞めてでも、こっちに来てくれますか……? 私と一緒に未来を歩んでくれますか……?なーんて……」



 もしめぐりがヒロインで、俺が主人公なら迷わずそうするだろう。実際は付き合ってもいないし、遠距離でもなんでもないのだが、そのくらいの気持ちはある。



「お、即答ですねぇ。私、先輩にとっても愛されてます。ま、そこまで私は図々しくありませんよ。こうして私の無茶に付き合ってくれるだけで嬉しいんです。まあでも、これを機に旅行する日は増やしてもいいかもしれませんねー……」



 さすがに俺も気恥ずかしくなってきて、黙って歩く。言葉は交わしてないのに不思議と繋がっているような充足感がそこにあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る