第3話 到着~チェックイン
*「」はすべてヒロインの台詞です。
電車に揺られること数時間。目的地の駅名が聞こえてきたので、二度寝をかましているめぐりの肩を叩く。
「んんぅ……?」
余程の夢心地なのか、熟睡している。
もう少し強めに肩を叩く。
「んぇ…? はっ!? 私また寝ちゃってました…!?」
起きたてのめぐりの荷物を引きながら、電車を見送る。
「はい! おかげさまで! っとと……ふぁあ……めちゃぐっすりでしたぁ……。ってもうここで海の匂いしますね~……。このカラッとした空気! 旅行に来た~って感じがしますね先輩!」
改札に近付くにつれて、アニメで見たことある景色が見えてくる。駅は標高が高いところにあって、先の見えない坂の奥には大海原が広がっている。
こうして、匂いと波の音……視覚だけではなく嗅覚や聴覚を共に感じるとまるで……
「わぁ~! まんまですよ! まんま!!! すっごーい! 逆なんでしょうけど、アニメの世界に入り込んだみたいな感じありますよこれ……!」
そう、アニメの世界に入り込んだ気持ちになる。
「写真撮っちゃお……へへへ……。いい天気だし、海近いし、どこ撮ってもあおあおの世界だ……。作者さんがこの町を歩いてお話を思い付いたって言ってたのもわかる気がします。もう雰囲気が別世界というか、これだけでなんか物語始まりそうですもんね……」
自分の好きな作品だが、めぐりはそれ以上に嬉しそうだ。取り出したコンスタントカメラで1枚撮っては、画面を見てきゃっきゃっと跳ねている。
「い、入り口だけでこれとは……想像以上です……。私、何だかんだ聖地巡礼って初めてだったんですけど、なんか、なんかすごくわくわくしますね! よぉし、チェックインまで満喫しちゃうぞ~!」
持っていたキャリーケースを手に取ると、めぐりは駅の入り口に向かった。その姿が、自分にはイベントのスチルのような気がして、思わず写真を撮る。
……うん、すごく似合っている。
「わ! 先輩! 見てください! ほんとにロッカーないです! わーお……そこまでも原作通りなのか……」
めぐりはニコっとだけ笑うと、駅の隅から隅まで見渡してふむふむと唸っていた。平坦な海岸通りまでは急な坂になるし、持ってあげた方がいいだろうか?
「いえいえ、言うほど重いものは持ってきてませんし、大丈夫です! 何なら憧れだったんですよね~、小さなキャリーケース引きながら海岸線歩くの! ささっ、いきましょ~!」
10分ほど歩くと、砂浜が見えてきた。駅にはいなかったが、やはり現地になると、それなりに人がいた。
「お、やっぱり人いますね~! 流石人気作です。原作知ってる身からすると、誇らしい……。あっ! あれ
中にはコスプレをして撮ってるグループもあった。めぐりが言った葵ちゃんというのは作中で女性人気の高いキャラクターだ。
行動に芯がある一方で、内心はすごく臆病者。あおあおでは、主人公が都会に行くか田舎に残るかが物語のキーとなっていて、その選択に振り回されるヒロインになる。
それにしても、聖地でコスプレか。なんかああいうのって賛否両論あるよな。
「そうですね~。イベント以外の公共の場所でコスプレするのは、タブーってイメージはありますよね。ネットでも見るし。ま、実際コスプレイヤーさんのお友達がいないので、どこまで本当かはわかりませんけどねー」
「でもあれって本質的にはキャラや作品に迷惑をかけないっていう暗黙のルールだと思うんですよ。あれだけ機材が揃ったカメラマンさんもいるとなると、もしかしたら公式で依頼されたインフルエンサーの可能性も考えられます。何より、『あおあお』がもっと有名になってくれたらファンとして嬉しいじゃないですか」
「まあいいんじゃないですかね。賛否はありますけど、アニメ放映後ってほとんどがミーハーだと思うのでルールとか知らない人もいないだろうし……。ほら、価値観って変わるものですしね。あと『あおあお』に関して言うと、街が結構協力的なこともあって、コスプレもOKってなってるんですよ」
「なので、私のスタンスとしては極力迷惑をかけなければいいかなーくらいの認識です。コスプレたって、派手な服装はないですし、制服で髪の毛の色も人それぞれの時代になってきましたからね」
めぐりはどうして自分がそう思ったのかについて、話していく。オタクの早口というと、忌避されがちだけど、俺はこの自分なりの意見を組み立てられるめぐりの観察眼が好きだ。
なので、ついこういった話題の振り方をしてしまう。価値観とかめぐりの世界が垣間見えた気がして面白いんだよな。
「むー……なんか先輩ニヤついてません? いいえ! また、なるほどー? みたいな顔してますぅ。あのですね、先輩? 時折思うんですが、私のことを研究対象として見てるときありますよね?」
……。
いや、そんなことはないけど……
「ありますって! 大体その「おもしれー……」って反応してる時はそう思ってます! 人に意見聞いといて、モルモットみたいな目で見るのやめた方がいいですよ? ただでさえ先輩は顔に出やすいんですから。 私はいいですけど、他の人にしたらドン引きものです」
めぐりはわかりやすいように腕を組んで、そっぽを向いてしまった。その後、ジト目でこちらを見てくる。
「まあ、私は先輩のそういう好奇心多めなところも好きですけど? あとそういう目的だとしても、私のお話ちゃんと聞いてくれるし。んなっ! の、惚気なわけないでしょうが! ごめんごめんって、本当に反省してます? 反省しろばかばか~!」
めぐりはぽこぽこと両手で叩いてくる。
ちょ、この坂で両手離すのは……!!!
「へ? あ、あ~!? 私のキャリーケースくん!!! 待って! ちょっと! いかないでぇ……!」
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