最終列車

sorarion914

約束

「あぁ……クソッ!」

 俺は肩で大きく息をついて舌打ちした。


 やってしまった———


 午後23時発の下り最終電車に飛び乗った所までは記憶している。

 が。

 それ以降、駅員に肩を叩かれるまで記憶が無い。

 酔って寝ていたのだ。

「くそぉぉ、マジかぁ……」

 ガックリと項垂うなだれる。


 久しぶりに会った同級生たちと、何件かハシゴをしたはいいが――

 近隣に住んでる仲間と違って、こっちは電車で1時間以上離れた所に住んでいる身。

 終電だけは逃すまいと、慌てて電車に飛び乗ったはいいが……


 降ろされたのは、終点。

 聞いたこともない駅だった。


 周囲は真っ暗。

 駅前は閑散としており、僅かにある店は既に閉店。コンビニもない。タクシーもない。

 無情にも駅から追い出され、俺は途方に暮れた。

 ここは一体どこだ?と、路線図を見て愕然とする。県外まで出てしまった。

 ここから、仮にタクシーを呼んだとしても、自宅まで戻るのに幾らかかるか……

 妻に迎えを頼もうにも、こんな夜更けに来たこともない所へ来させるのは心配だ。

「参ったな……」

 酔いが一気に覚め、持っていた荷物が急に重く感じる。

 ひとまず落ち着こうと、近くのベンチに腰を下ろした。

 幸いなのは、今が真冬ではなかったことだ。

 やや肌寒いが耐えられないほどでは無い。雨も降っていないし、最悪ここに座って始発を待つ事だってできる。

(自販機はあるし、トイレもある。こんなオヤジ襲う物好きもいないだろう)

 40過ぎのオッサンで良かった……と、変な所で安心した。

 とりあえず終電で乗り過ごしてしまった事と、始発で帰る旨をメールで妻に送るが、既読がつかないところを見ると、おそらくもう寝ているのだろう。

(やれやれ……)

 俺はため息をついて天を仰いだ。

 そして思わず「あぁ……」と声を出した。


 星が綺麗にまたたいている。


 周囲の明かりが少ないせいだろうか?

 満天の星空に思わず笑みがこぼれた。

 こんな風に夜空を眺めたのは久しぶりだった。

 都市部で生活をしていると、夜でも空が明るいと感じることが多い。

 ベッドタウンと呼ばれている自分たちが住んでいるエリアでも、マンションなどの明かりで夜通し明るい。

 こうやって無数の小さな星が、キラキラと瞬いている様子など、滅多に見ることが出来ないのだ。

「キレイだな……」

 俺がボソッと呟いた時、近くで女性の「やめてください!」という声がした。

 少し離れたところにあるベンチに、同じように寝過ごして始発待ちをしている人がいたのだが、その中に1人の若い女性がいた 。

 20代前半くらいだろうか?

 服装から察するにOLっぽいが――

 その女性に 、同じように酔って寝過ごした若い男が執拗に絡んでいる。

「気取ってんなよ酔っ払い女!」

「やめて!触らないで!」

 最初はカップルかと思っていたが、どうもそうではないらしい。

 男の方は相当酔ってそうだが、女は素面しらふのような気がした。

 抱きつくように襲いかかる男に身の危険を感じたのだろう、「やめて!警察呼びますよ!」と声を荒らげた。

 だがそれが、かえって男の怒りに火をつけたようだ。

「ふざけんなよクソ女!呼べよ、オラ!オラ!」

「イヤッ!!」

 見かねた俺はおもむろに立ち上がると、2人の傍に寄った。

「オイやめろ。嫌がってるじゃないか」

 すると男は「ああ!?」と、露骨に不機嫌な顔をして睨みつけてきた。

「うっせぇなオッサン。引っ込んでろよ」

「本当に警察呼ぶぞ」

 俺はスマホを取り出すと、110番する仕草を見せた。

 すると男は逆上して、いきなり襲いかかってきた。

 相手は痩せた青年。しかも酔って足元もおぼつかない。自分も酔ってはいるが体格では負けていないし、酔いはだいぶ覚めている。

 若い女性の前で、良いところを見せたい――なんてイキがる歳ではないが、こんな小僧に負けてたまるか!と、妙な闘争心に火がついて、柄にもなく応戦してしまった。

 案の定、男は力無く俺に押されて尻もちを着く。

「少し頭を冷やせ」

 俺はそう言うと、怯えている女性に「大丈夫ですか?」と聞いた。

 女性は怯えた目で頷くと、お礼を言いかけて「あッ!」と口に手を当てた。

「え?」

 俺は振り向きざま、眼前に迫る男の顔を凝視した。

 左の腰に鈍い痛みが走る。

 女性が悲鳴を上げた。

 同時に、パニックを起こした男が「うわぁぁぁぁ!」と叫んでその場から逃げ出した。


 騒ぎを聞きつけた駅員が数名、駅舎の方から走ってくるのが見えた。

 俺は腰の辺りに手を添えて、そこから広がる生温かい感触に――


 あぁ……刺されたんだ……と分かった。


 ゆっくりと、仰向けに倒れ込んで天を見上げる。

 無数の星が、キラキラと瞬いていた。

 それが自分の上に降り注いでくるように見える。

(馬鹿な事をしたな……放っておけば良かったのに)


 ……柄にもない事をして。




 そう思い小さく笑うと―――俺の意識はそこで途絶えた。



 * * * * * * *


 目を開けると、真っ先に目に飛び込んできたのは、妻と娘たちの顔だった。


「お父さん!」


 2人の娘が嬉しそうに飛びついてきた。思春期真っ盛りで、普段は仏頂面しか見せないのに、泣きべそをかきながら笑っている。

 その横で、妻も嬉しそうに泣いている。

「ここは天国?」

 そう聞く俺に、妻は「まさか」と笑った。

「覚えてないの?あなた、駅で刺されて救急車で運ばれたって――夜中に電話がかかってきて、ビックリしたわよ」

「……そうか」

 アレは夢じゃなかったのか――

 妻がソッとパスケースを差し出した。

「上着のポケットに入れてたコレが、刃先を逸らしたんだろうって。これがなかったら、動脈切られて助からなかったかもって……聞かされてゾッとしたわ」

「……」

 俺は黙ってパスケースを手に取った。

「葬儀の帰りにあなたまで死んだら、亡くなった友人に叱られるわよ」

 テーブルの上には、出血で汚れた礼服が置かれている。上着の左ポケットには、刺された時の穴が空いていた。

「その友人って、警察官だったんでしょう?」

「あぁ……人を助けて殉職したって」

「お父さんまで真似しないでよ」

 娘に叱られて俺は苦笑した。

 血で汚れたパスケースを開く。そこには、ナイフでスッパリと切られた、画用紙の切れ端が1枚入っていた。


【おたすけん】


 と子供の字で書かれた古い切れ端。


「なぁに、それ?おたすけん?」

「昔、貰ったんだ――自分を助けてくれる券だって」






『俺、将来警察官になりたいんだ。どんな時でも駆けつけて、必ずお前を助けるからね』






「あいつ……本当に———」

 娘たちが見ている事も忘れて、俺は咽び泣いた。




 あの夜見た、まばゆいばかりの星の瞬きがいつまでも脳裏に輝く。







 いつか自分も。

 必ず借りを返しにそっちへ行くから。


 もう暫く待っててくれな。








 約束だ。







 ……END





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最終列車 sorarion914 @hi-rose

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画