もう一度だけ、愛したい

@akiregia676

第1話 拝啓


ー五月三日ー


 偶然だった。


 普段は朝しか確認しないポストを寝る前に確認した。すると宛名が書かれていない一通の手紙が目に入った。いつから入っていたのかはわからないが今朝は確認したので、今日入れられたものだろう。差出人を確認すると私がよく見知った”あの人”の名前が書いてあった。おそるおそる封を切り中身に目を通した。


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拝啓


 八十八夜の別れ霜の言葉のとおり、本格的に暖かくなってまいりました。貴方様におかれましても益々ご多忙のことと存じます。


 さて、普段筆を執らない私ですが、このような機会ですので久方ぶりに手紙をしたためようと思い、このような形で貴方様に手紙を送らせていただきます。


 この手紙を書くにあたり、貴方とのいろいろな記憶を思い出しました。それらの思い出は未だに鮮明で、忘れることのできないものばかりです。水族館、遊園地、博物館、公園などなどいろいろな場所に行きましたね。ときに少し危ない場所なんかにも行って怒られたこともいい思い出です。そのなかでも、貴方といった映画館の思い出は脳裏に深く焼き付き離れません。私は今後の人生でその映画館の内装と見た映画のタイトルを忘れることはないでしょう。そしてあの映画館に行くたびに私はあなたのことを思い出すでしょう。


 私は貴方から数え切れないくらいたくさんのものをもらいました。それら全てが私にとっての宝物です。もし貴方がいなかったら、出会っていなかったら私の人生はつまらないものだったでしょう。改めて貴方に感謝を伝えたいと思います。ありがとうございました。

 

 思い出話に花を咲かせてしまい長くなってしまいましたが、最後にもう一度だけだけ言わせてください。



 貴方を、愛しています。



 迷惑になってしまうかもしれませんが最後にこれだけは伝えさせてください。

 これからも貴方様のご多幸をお祈り申し上げます。


敬具


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 これを読み終わった私は、すでに夜道をかけだしていた。


 明日は大切な予定がある。服装も普段から使っている寝間着用のスウェットだった。色々確認しなくてはならないこともあった。そんなこともどうでもいい。この行動が正解だったのか不正解だったのかは、当時の私には到底わからなかったし未だに私にはわかっていない。ただひとつ確かに言えることがあるのだとしたらそこに「意味がなかった」ということだけだった。もしそこに意味を付け加えるのだとしたら「意味がなかった」ということになるのだろう。それほどまでに私はこの行動になんの意味も責任もかんじておらず、底しれぬなにかで私は駆け出していた。


 どれくらい走ったのだろう。私が目的の場所までたどり着いたときにはすでに日付は超えていて、昼過ぎの騒々しさはなくなり、自分の心臓の音のほうがうるさいくらいだった。私は肩で息をしながら、門をよじ登り建物の中に入っていった。昔と変わらない建物に少しの懐かしさを覚えながら私は当時のように屋上に続く階段をのぼっていった。悪いことをしているという自覚がなかったわけではない。ただそれでもそこに”あの人”がいる気がして、足を止めることはできなかった。


 屋上の扉の前に立った時、私はあの日と同じように運命じみた何かを感じた。屋上に続くその扉は思っていた以上に簡単に開いた。そこにはやはり”あの人”が座っていた。入口から見て反対側の屋上の縁。そこは”あの人”の特等席だった場所だ。”あの人”は私が入ってきたことに気づくと静かに振り返り、あの日と同じ笑顔を向けながら同じ声色で言った。



「           」



 私は静かに頷き、笑った。



 きっとこの物語はそういう物語なのだったと思う。私達が出会い周囲の人間を巻き込んで巻き込まれて、そして最後には笑い話になる。そんなくだらない物語。それがきっと私の人生なのだろう。だからこれから語る内容はとてもくだらないすこし奇跡と偶然が多めの物語。


 

 そして運命に見放された人間の惨めで滑稽な物語。



 だってそうでしょう。ハッピーエンドは名作ばかりなのだから。

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