遭遇、そして願い

イズラ

第1幕「ごめんなさい」

 ――暗い暗い夜の森を、セーラー服を着た一人の少女が独り、歩いていた。片手に持った懐中電灯で前方を照らし、草木をかき分けながら、湿った落ち葉と土の上を一歩一歩、転ばないように歩く。そんな彼女の表情は、緊張と不安で強張っていた。


「……迷っちゃった」

 辺りを見回しながら歩いていると、突如、スカートのポケットに振動が伝う。

 少女は一瞬「キャッ」と悲鳴を上げそうになるも、冷静にポケットで振動しているスマホを取り出す。

 電話のようだ。相手は――

「……恵理華えりか、か」

 少女はそう呟くと、地面に懐中電灯を置き、人差し指で『応答』をタップする。その手は震えていた。

 電話に出た瞬間、はじけるような怒声どせいをぶつけられた。

「ちょっと水花すいか! どうなってんの!? ぜんっぜん『平気』じゃないじゃん!」

 怒る恵理華に、水花は喉の奥からの言葉をぶつける。

「ご、ごめん、恵理華! こんな、こんなつもりじゃなかったの……!」

「あー、クッサ、そういうの……」

 吐き捨てられたような言葉に、水花は涙を流しながら必死に謝り続ける。

「ごめんなさい! ごめんなさい! すぐ戻るから!」

「もういいよ」

「え?」

 ため息まじりの言葉に、思わず聞き返す水花。

 恵理華は、電話の向こうの声は、淡々を水花に言った。

「水花さぁ、嫌いなんだよね、私。昔っから『自分が中心』、『私が地球の中心だ』みたいな態度ばっかとって。そんで? いざ責められたら『ごめんなさい、ごめんなさい』って。それに、クッサい台詞セリフも添えて。そんなに自分のことが好きなの?」

 水花は、何も言わなかった。言えなかった。

 それは、心無い言葉を投げかけられたからではない。

「みんな、水花のこと嫌いなんだよ。知ってた? 知るわけないよね、だって自己中野郎だし」

 水花は、やはり何も言えない。

「心では、『自分なんてー』とか『自分嫌いー』とか、どうせどうせ、そんなことばっかり思ってるんでしょ。でも本当は――」

 だが、その瞬間、水花の中の何かが吹っ切れた。

「もう、いいよ……!」

「は?」

「……分かってる! 分かってるよ、そんなこと! 『自分のことが嫌いな自分』が”好き”なんだって、そんな事実! ……死ぬほど、分かってるよ!」

 喉の奥から、全てをぶちまける。

 だが、恵理華は冷たく返す。

「で、なんでキレるわけ? そうやって演技っぽく言って、パフォーマンスでもしたいの? エンターテイナーなんですかー?」

「恵理華だってキレてるじゃん! そうやって淡々と説教してる自分がカッコいいと思ってるでしょ!?」

「ハァ? アンタ、なに勘違いしてんの?」

「勘違いじゃない!」

 水花が一方的にヒートアップする中、突如、森の木々がざわめいた。

 そのざわめきとともに、怒鳴り声が空気を震わす。

「――うるさーい!」

 声は低めだが、少女のもののようだった。だが、あまりの勢いに、水花は思わず「キャァ!」尻もちをついてしまった。

 謎の少女の声は、そのままの叫び声で続ける。

「こんな夜中に叫び散らかしているやからァ! 今すぐ手ェ上げろー!」

「ハ、ハイ!」

 その瞬間、水花の手からスマホが飛んでいった。スマホを持った汗ビショビショの片手を、とっさに勢いよく振り上げてしまったからだ。

「あっ!」

 ――だが、そのスマホは何者かによってキャッチされる。

 バッと振り返った水花は、その者の姿を見る。――が、夜の帳がそれを邪魔した。

 そこで、そばに置かれた点けっぱなしの懐中電灯を手に取り、その者の姿を光で照らす。

 それは、暗闇に立つ少女だった。

 少女は不服そうに水花を見ながら、口を開く。

「お前か」

 間違いない、先ほどの少し低め声だ。先ほどと違って、落ち着いてはいるが。

 水花は懐中電灯で照らしたまま、少女をまじまじと見つめる。白いポロシャツに灰色のスカート、流れるような黒の長髪は、腰まで伸びていた。身長的に、中学生くらいだろうか。

 束の間の沈黙の後、少女は再び口を開く。

「お前だな」

「え……?」

「叫んでいたのは、お前だな」

 少女は少し言葉を強くすると、改めて水花の持っている懐中電灯をにらむ。

「眩しい、切れ」

「え……」

「切れ」

 少女は鋭い目つきで水花を睨みつける。

 水花は「はい……」っと弱々しく返事をし、懐中電灯を切らざるを得なかった。

 再び目の前が闇に包まれると、少女は話を切り出した。

「……お前、人間だな? なんでこんなところにいる」

「え、人間って……」

「なんで、こんなところにいる」

 再び怒られ、怖々と口を開く水花。

「……みんなと、劇を成功させるため、です……」

「劇?」

「……はい。……この森にある、尽吏願つくりねがい神社に行って、願いを叶えてもらいたかったんです……」

「劇を成功させる、そんなことを願うためにか? くだらない願いだ」

「違う……!」

 少女のよそよそしい態度にムッとした水花は、とっさに言い返した。

 それに動じず、少女はすぐに問う。

「なにが違う。『くだらない』という事実か」

「違う……! 『劇を成功させる』こと、じゃ、ないの……」

 そう言うと水花は、湿った落ち葉の上に座り込む。

「私の願いは――」

 水花は、前日のことを思い返す。

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遭遇、そして願い イズラ @izura

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