七日目

最終話 七日目。朝。氷室神社前。

 七日目。朝。




「オレ、昨日の夜考えたんすけど――」


 いつもより早く家を出たりくは、いつもと変わらない氷室神社ひむろじんじゃの鳥居を見上げていた。


「やっぱりオレ、もうちょっと人付き合い頑張ってみようかなって」


(……)


 返事はない。それでも陸は一人話し続ける。


「だってそうでしょ? みんながいなかったらオレ、今ごろなにもできずに泣いてたか、死んでたか……どっちにしろ、ろくな結果になってなかったと思うんすよ」


 陸はみんなのことを思い浮かべた。


 海斗かいと――奇稲田を呼び出した海斗。


 ひまり――迷うばかりの陸を引っ張ってくれたひまり。


 朱音あかね――神霊を裏切ってまで陸を助けてくれた朱音。


 みんながみんな大活躍だった。

 特に朱音なんかは、木花知流姫このはなちるひめを怒らせ、力を使い果たさせるきっかけも作っている。


「つかシュオン。最初ただの迷惑系だったのに大活躍じゃん……」


 陸はくっくっと笑った。


 何にしても、みんな本当によくやってくれた。

 そこまでする義理もないのに、あんな危険なことに最後まで付き合ってくれたのだ。

 そしてそれは、咲久さくの弟、雨綺うきにも言えることで。


 雨綺がいつ奇稲田と繋がりを作ったのかは知らない。

 けれど、あのジャージ袋がなければ、奇稲田の召喚はできなかったわけだし、すごく良い仕事をしてくれたと思う。


「――だからオレ、人付き合いは大事って分かったんす。今まではぼっち――じゃなくて、独りでも全然やれてたけど、これからもそうとは限らないし」


 まずは今ある関係を一つずつ進めて見よう。陸は決意した。


 海斗なら、友だちから親友に。

 朱音なら、知り合いから友だちに。

 ひまりは……まだちょっと怖い。


 けど、とにかくそんな感じで一つずつでも関係を進められたら、この先どんなピンチが来てもきっと乗り切れるはず。


「あーでもそうなると、一番なにもしてないのはオレか……」


 気付いてしまった陸は苦笑した。


 自分はなにもせず、助けてもらっただけ。

 こんな人間が神託しんたくを授かるとか、一体なんの冗談だろう?

 もしこれがひまりなら、こんなに苦労することもなかったろうに。


(いや。そんなことはない。そなたはようやった)


 ふいに聞こえてきた奇稲田の声に、陸ははっとした。


 でもいるはずがない。彼女は消えてしまったのだから。


 六日も一緒にいた。だからこんな時、彼女ならどう返してくれるのか無意識に想像してしまったのだ。

 けど、その想像上の奇稲田は、そんな陸を励ましてくれる。


(考えてもみよ。そなたがおったから、娘の危機を逸早いちはやく知り得ることができたんじゃろ? そなたが駆け回ったから娘を守れたのじゃろ? 皆が心を一つにして艱難かんなんに立ち向かえたのもそうじゃ。すべてはそなたが中心におったからこそ。じゃから、そんな情けないことを言うな。そなたは偉大なことを成し遂げた。それは他でもないこのわらわがけ合おうてやる)


「……」


 陸は頬を紅潮こうちょうさせた。

 想像とは言え、まさか神様にここまで褒められるなんて。


(――と言うかじゃな。わらわ思ったんじゃけど、そなた、もう少し自信と言うものを持った方が良いのではないか? 男子おのこたる者、たとえそれが虚勢きょせいであろうと胸を張り、己が信念を貫くぐらいの度胸があってしかるべきではないか。だいたいじゃな、前にも言ったがそなたは言葉使いからしてちと雑と言うか、どことなく小物臭がして――)


「あーあー。聞こえなーい」


 なんかうるさいこと言い出した。陸は耳を塞いだ。


 こんな時ぐらい手放して褒めてくれたっていいのに。


 そう思った陸。バッグの中に入っている真の御神鏡に目を向けた。


「あのさ……クシナダ様、どうしているの?」


(どうして? そんな言い方、まるでわらわがいちゃ悪いみたいに聞こえるんじゃが?)


「いや。悪いでしょ」


(なっ!?)


 平然と告げる陸に、奇稲田が気色ばむ。


「いやだってそうでしょ。昨日、自分が身代わりに――みたいなこと言っといて、次の日には普通にしゃべってるとか、誰だっておかしいって思うでしょ?」


(なにを言う! わらわがその身・・・を犠牲にしたのは事実じゃろうが! おかげでわらわ、久方ひさかたぶりの現世うつしよじゃというに、やりたい事とか行きたい所とか、ぜーんぶ我慢する羽目になったんじゃが!?)


「知らないすよそんなの」


(なっ……なんでそんなこと言うんじゃ! わらわ頑張ったのに! やりたい事とか行きたいとトコとかなんもかんもみーんな我慢して、すんごく頑張ったのに! ――いいもん! そんなこと言うんだったら、わらわもうそなたとは口利いてやらんもん!)


「ええ……」


 わめき始めた奇稲田に、陸は眉をひそめた。


 なんなのこの神様。完全に子どもじゃん。昨日見たあの美人は、もしかして幻?


「や。でもクシナダ様。そんなこと言う割には、昨日ちゃっかりサクの制服着てたすよね? だったら、やりたいことやれてないってのは、ウソなんじゃないすか?」


(……え?)


 陸の言葉に奇稲田が動揺した。


「それにクシナダ様さあ。クシナダ様が消えた時、制服は残してったじゃないすか? でもその時、制服が床に落ちちゃって汚れちゃったんすよ。どうしてくれるんです?」


(え? そ、そんなのはクリーニングとか言う所に出せば――)


「男子高校生が女子高の制服持ってったら事案でしょ。だからって家で洗おうとしたら、今度は家族から変な目で見られるだろうし」


(そ……それは……娘から頼まれたとでも言えば……)


「え? なんて? 聞こえないす」


 陸は、タジタジな奇稲田を責めに責めた。

 経緯はどうあれ、またこうして奇稲田と話しができる。それはとても嬉しいことだ。と――


「何一人でブツブツ言ってんの?」


「――っ!?」


 不意にかけられた声に、陸は固まった。


 振り返らなくても分かる。あいつ・・・だ。

 いつも明るくて、世話焼きで、ちょっと雑なところもあるけど、いつも陸の心の真ん中らへんに居座り続けているあいつ。


「……」


「……聞いてる?」


 呼びかけられても、陸は動かなかった。


 人付き合いを頑張る。確かにそう宣言したけど、その機会がこうも急にやって来るなんて。


 しかも、現時点での二人の関係は、「幼馴染おさななじみ」だ。で、そこから一つランクアップさせるとなると、それはつまり――あー、何になるの?


(んん~? ほれほれどした? 人付き合い頑張るんじゃろ? ここは一つ勇気を出して、いつもよりもう一歩、距離を詰めてみせよ)


 縁結えんむすびの神・奇稲田姫命くしなだひめのみことが、ここぞとばかりにはやし立ててくる。


「あ……あのさ……」


 陸は振り返った。


 やっぱりあいつだ。

 彼女、どういう風の吹き回しか、珍しく朝っぱらから巫女姿で、ホウキなんぞを持っている。


「オ、オレさ……その……言いたいこと、あるんだけど……」


「?」


「あの……」


 陸の心臓はもう爆発寸前だった。

 けど、もう逃げることはしない。そう決めたから。陸は、この一週間で成長したのだ。


 彼は深呼吸を一つした。そして、いつになく真剣な眼差まなざしを、彼女に向けると――


「あ、あのさ! き、今日も……その……英語! 英語教えて欲しいんだけど」




 やれやれ……と、奇稲田がため息を吐いていた。




 <了>

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〇〇〇の神の申す事には sai山 @saiyama

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