第48.4話 六日目。午後。1-A(四)
「え……?」
突然おかしなことを尋ねてきた
サクのことが好きかって? そんなの言うまでもない。てか、もしサクのことが嫌いなんだったら、こんなに必死になって破滅から守ろうとしているわけがない。
けど、それがなんだって……
「ああいや。わざわざ聞くことでもあるまいか」
奇稲田は、陸が答えるのを待たなかった。一人勝手に納得すると陸の手を取って、なにかを渡す。
「……鏡?」
物の正体に気付いた陸は、鏡と奇稲田を交互に見た。
「うむ。これはな。わらわが
「……」
陸はなにも言えなかった。
意味が分からない。
この鏡が、陸が持ち歩いてたような遺物じゃない本物の神宝で、返さなきゃいけないのは別にいい。でも、それ今言わなきゃいけないこと?
けれど奇稲田は、それ以上話すつもりはないようだった。
「
「……あーしは別にいーけどさあ……アンタそれ、ガチで言ってんの?」
信じられないと言いたげな目の知流姫に、奇稲田はふふと
それから奇稲田は、
「そなたらにも世話になった。特に小僧なぞ、そなたがおらなんだら、わらわがこの場におることは叶わなかったであろうしな。実によい働きであった。礼を言う」
「いやあ、そんなの別に。ぼくなんて野次馬の延長みたいなもんだし、神様に頭下げられるようなことは」
「そなたら二人もじゃ。至らぬ陸を支え助けてくれただけでも感謝に絶えぬと言うに、その上そなたらには要らぬ負担までかけてしもうて。本当にすまぬ」
「ええっ!? あっ、いやあの……アタシは別に全然! て言うかむしろ謝んなきゃいけないのはアタシの方で……」
「奇稲田様……こちらこそ、ありがとうございました」
深々と頭を下げた奇稲田に、それぞれの反応を見せた二人。
奇稲田は、
もう目を覚ますことのない咲久。今もそんな状態だなんて信じられないぐらいに、幸せそうな寝息に立てている。
「氷室の子よ……わらわが可愛い
奇稲田は咲久の頬を愛おしそうに撫でた。その様子は、まるで我が子の寝姿を見守る母のよう。
それから奇稲田は、介抱していた朱音から咲久を引き取ると、教室の真ん中あたりへと運んだ。
◇ ◇ ◇
「――
奇稲田が
「クシナダ様……?」
そのただならぬ空気に、思わず尋ねた陸。
「陸よ。わらわはな。娘を救うため、この身を捧げることとした」
「え」
陸は胸がキュッと締まるのを感じた。
咲久を救ける。――言われたことが理解できないわけじゃない。むしろ、奇稲田なら何か奥の手を持ってるんじゃないか。そんな期待すらあった陸だ。
けど、その代償が奇稲田の……なんて?
「そなたも憶えておろう。
「クシナダ様! それって――」
聞き間違いじゃない。陸は
奇稲田は自らと引き換えに、
そして彼女の体からは、それを証明するようにぽうっと
「そんな顔をするな。心配せずともあとのことは、そこな木花知流姫に任せておる。今の彼女であれば、そなたの思い悩むようなことは起こさぬよ。じゃから安心して――」
「――そんなんじゃないよっ!」
見当違いなことを言い始めた奇稲田に、陸は声を荒げた。
こんな急にいなくなるなんてダメだ。
咲久を救うのは絶対に必要なことだけど、だからって奇稲田が身代わりになっていいわけじゃない。
ちょっと待って。陸は止めようと動いた。
けれど――
「え――」
立ちはだかった相手に、言葉を失った陸。
「行ってはならぬ」
木花知流姫だった。
彼女、これまでのギャルっぽい感じとは一転、その様子はまさしく神。
思わず
「ク、クシナダ様……!!」
ここから先には行けない。陸は呼んだ。
クシナダ様――。
急に現れて、「破滅がー」とか、変なことを言い出した神様。
クシナダ様――。
学校に連れて行ったら、「あいさつがー」とか、急に年寄り臭い小言を始めた神様。
クシナダ様――。
街に出たら、「やっほぉーい!」とか、子どもみたいにはしゃいでちょっと引くぐらいだった神様。
他にも理不尽な根性論とか要らない説教とか、本当にこのヒト、神様なの? ってぐらいに自由で、正直かなり
けど――!
「待ってよ! まだ――」
なんでそんな勝手なんだよ。
出て来んのも勝手なら、消えるのも勝手とか。ちょっとはこっちのことも考えて欲しい。
六日……六日も一緒にいたんだ!
そんなに一緒にいたのに、お別れも言わせないなんて、冗談じゃない!
だからせめて! せめて、あと5分だけでも! ちゃんとお別れする時間を――
「――さらばじゃ陸よ。友を、そして娘を大切にするのじゃぞ」
「クシナ――」
陸がその名を叫んだのと、彼女の体から一際強い閃光が放たれたのは同時のことだった。
突然のその光に、陸は思わず目を閉じる。
――それにしても、そなたはわらわが見込んだ以上に善き心を持った若者じゃったな……ほんのわずかな時であったが、共に居られて楽しかったぞ……これからも、きっと良縁に多き人生を歩むのじゃぞ、陸よ――
暗転した視界の中、陸の耳に奇稲田からの言葉が届いていた。
◇ ◇ ◇
それから少し――
少しずつ視力が戻ってきた陸は、おそるおそる目を開けた。
そこに、
奇稲田の姿はなかった。
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