最終話 クリスマスはハッピーエンド
12月25日の冬。
奏多と命が所属する高校は既に冬休みへと突入している。
だからか、夜の街にはカップルで溢れていた。
前まではこの賑やかさは得意ではなく、疎ましく思っていた。
前と同じなら、奏多は家族と一緒にクリスマスを過ごしていただろう。
しかし、今の奏多は違う。
人間性を含んだ様々なモノを好ましく思い、愛おしく思っている後輩が居る。
そんな大事な大事な後輩とデートの約束があるのだから、呑気に家で寛いでいる場合ではない。
「うー、寒い」
「ホワイトクリスマスだからね、そりゃ寒いよ」
「そうだよねぇ。はー、これだけ寒いんだったら降らないで欲しかった。テルテル坊主なんかに祈るんじゃなかったよー」
「アレは晴れだから関係ないと思うけど…。まあ、俺は結構好きだよ?寒くても、命との初めてのクリスマスだ。少し、ロマンチックじゃない?」
穏やかに笑う奏多に、密かに命は顔を赤る。
自分の心を撃ち抜くパーフェクトな言葉の数々。
文化祭前とは比べものにならない言葉の威力につい口を隠してまで照れを隠蔽したく思ってしまった。
「やっぱり寒い?近くの自販機に暖かい物ってあったかな。……あ、コーンスープがあった。命、コーンスープって飲める?」
「飲めるけど、買うなら私で買うよ?流石に奏多に買わせるのは」
「そういうの、気にしなくて良いよ。俺がしたくてしてる訳だしね。俺自身が買い物していると何ら変わりはしない」
「暴論だ。でも、ありがとう」
気にした表情から、命は静かに笑みを作る。
それは奏多という人間性を再認識した感情ゆえだった。側にいるだけで心が暖まり、一緒にいるだけで生きている自覚が湧く。
命は自身が思う心を自覚し、熱く灯る。同時に、それを覆い尽くす覚悟を決める。
喉から出掛かった、自分では抑えきれないであろう言葉を握りながら。
言葉よりも熱いコーンスープを流し込んで。
「寒いでしょ。手、つなごっか?」
「うん、つなぐ」
コーンスープを飲み終わったからか、命の体は激しく燃え盛っていた。
体を掻きむしりたい程の恋情。抑えなければいけないと分かっていても、抑えなければこの関係が終わってしまうと分かっていても、想う心は止められない。
ゆえに、決めなければいけない。選択しなければいけない。壊れる道を行くか、安定の道を行くか。
だから、命は願う。その結果となるまで、最後の瞬間となるまで楽しみたいと。
「うぅ…うぅ」
「どうしたのさ。前まで食べながら涙とか流さなかったでしょ」
「だって…美味しいんだもん!前まで食べ物とかそんな気にならなかったのに。これも奏多のせいだ!」
「ひどい風評被害。まあ、俺のせいにしたいなら良いよ。責任取ってあげるから」
「…?」
奏多はその言葉に意思を込めたが、命は気づかない。
責任、その意味を理解できていない。それはきっと、奏多からの言葉があるまで気づかない。
鈍感な姫には困ったものである。どれだけアプローチを仕掛けても、気づかない。それどころか、無邪気に取りに来る。
奏多はきっと、そういう所に惹かれたのだろうが。いや、そういう所も惹かれた。その間違いである。
泣いている可愛らしいところも、全てが愛おしい。
まあ、少々引っかかる部分が無いか、と言われれば否になってしまうが。
「…どうした?」
どうやら顔が歪んでいたらしい。
ポーカーフェイスを見破られるとは、まだまだである。
最初は癖で誤魔化そうとしたものの、命にまた見破られるのは明白。だから、本音を言うことにした。
さらに可愛らしい命が見られることを信じて。
「そうだなー。強いていうなら、嫉妬かな。美味しい物を作っていると思っていたけど、まだまだだったかな。命の意識をそこら辺の店料理に奪われた。もっと精進しなくちゃ」
「ち、違う!奏多の料理が不満とかいう訳ではないんだ!?たまにはこういうのも良いよねっていう思いだったの。断じて浮気をしようとかそんな意思でしたんじゃ…」
焦ってくれるだろうな。そう感じていた奏多だったが、命は思ったよりも焦ってくれた。
そんな愛らしい姿に、奏多はついつい笑みを漏らす。誰がどう見ても揶揄ったと分かる愉悦に溢れた笑み。
それに命は骨抜きにされているらしい。顔を赤らめつつ、ハムスターのように頬を大きくしていた。
「か、揶揄ったな!私、怒ったら怖いんだよ!」
「そんなに怖いの?だったら見てみたいかも」
「え、いや、それは…。……が、がおー」
「確かに、子猫ちゃんにしては怖かったかもね」
「笑うな!揶揄うな!」
それは無理な話。これだけ愛おしさマックスである命を前に揶揄わないのは、奏多ではない。
「ば、罰だ。わ、私を案内してくれない、か…?」
「ふふ、そんなに不安がらなくても、案内してあげますよ。俺のお姫様」
お姫様。その言葉が、命の脳内を永遠にグルグルと回っていた。
奏多との関係を作ってから数多く聞いてきたセリフの一つ。最初はなんとも思っていなかった。
タダの戯言が思いに変わり、想いに変わった。
他にはしない特別な対応、特別な呼び方。それに命は、骨の髄まで溶かされてしまった。
「このデートのフィナーレはココだよ」
その言葉に、わずかな絶望を抱いてしまう。
命は心で選んだ。偽ることなく、自分の気持ちを告げる選択を。
ゆえに、命は自身に宣言をする。お前が抱いていた甘く酸っぱい物語が終わるのだ、と。
「悔しいけど、ここの料理って美味しんだよね。俺もこれくらいにはなりたいな〜」
奏多は注文をし終え、そんな言葉を吐く。
命はそれに気の利いた返ができない。少なくも、楽し過ぎた思い出が脳裏に浮かぶ。
頭に出る奏多の笑みが、こびりついてしまう。
これからはその笑顔が別に向けられる。
その事実に、嫌の気持ちが幾数も浮かび上がって仕方ない。
注文が来ても、食べても。命の気持ちは真に晴れることなんてない。
味が上手く分からない。奏多と出会う前と同じだ。まるで味のない非常食を食べているような気分。
それはまるで色が失ったかのように。
その現実を認識して、ようやく気づく。食べ物を好きになったのは、奏多のおかげだと。
一緒に食べるから美味しく見えた。奏多の料理だから美味しく感じたのだ。
離れるなんて、嫌。その気持ちが、命を支配する。
重い感情は乗せないつもりだった。奏多が断っても罪悪感を感じないように。
しかし、無理なようだ。暴れ出す心が、勝手に本音を引き出してくる。
「私、奏多の料理が好き」
「そう?そう言ってくれるのはありがたいなあ」
「奏多のをずっと食べたい。奏多と一生一緒にいたいよ。わたし、奏多とはなれたく、ない。わたし、奏多のこと、好きなんだよぉ…」
「命…」
涙を拭いながら、命は言葉を続ける。
最初で最後の、心の底からの思いっきりの告白を。
「まいったなぁ。…あ、まいったってのはソッチの意味じゃないよ。これは、こういう意味さ」
そうして奏多が出してきた物は箱。
ゆっくりと開けられた中身は指輪。
その答えに、命の思考は数秒止まる。
「告白、取られちゃった、ってこと。改めて、言わせてもらいます。倉橋命さん、俺と結婚を考えた上でお付き合いをさせていただけませんか」
普段の顔からは考えられない。自身が発言した言葉に真摯に向き合っている表情。
だから、その全てから判断ができる。
奏多は本気だ。間違いなく、奏多という貴公子は私という姫に恋をしている。
「なんで、なんで私なの…、」
「難しい。論理化できる程、俺は俺を理解できていない。ただ、分かっていることが一つある。俺は、貴公子は一人の姫に恋をした」
その言葉で、ようやく言葉を飲み込み終わる。
その結果、変わる。離れたくないという負の感情から、正の感情へと。
「幅白奏多さん、よろしくお願いします…!」
貴公子は一人の姫に恋をした 鋼音 鉄@高校生兼カクヨムコン参加中 @HAGANENOKOKORONINARITAI
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