第11節
【 見つけたいのは あなたのおと 】
【 感じたときに くちずさめるよう 】
【 こわすことは 望んでないけど 】
【 わすれること 慣れてないから 】
翼に白と黒の細板が並ぶ
いるのに動かない
ぼくが知る最初の舞台のときとは違い、今日の歌は激しさが鳴りを潜めてしっとりとしていた。それでも、あの小さな喉のどこがどう震えているのか見当もつかないくらい、どこまでも伸びていきそうな太さのある歌声だ。
――いや、これはまだ導入部かもしれない。大波の予兆みたいなものを感じる。
ふと、オベリクと目が合って、彼が訳知り顔でにやけだしたのを見てしまって顔が熱くなった。なにを分析しているのだろう、ぼくは。まるでニーベルがどんな歌を歌うのか、気になってしかたがないみたいじゃないか。
「聴き
客――彼らにも、予兆はわかるのだろうか。
動物たちは、またぼくが投げた豆には寄ってきたけれど、ニーベルが
楽隊に背を向けて空を見ると、小さな青白い影の合間に大きな影が数体あった。中型が四体もいる。しかも、さらにその奥に、
「大型、
「抜けても死ぬかもねえ?」
効果がないとわかっていてもにらんでしまう。案の定オベリクはどこ吹く風。
鋭利な触角を持つジフは、持たないジフより脅威として格上だ。当然触角の数が多いほどより厄介になる。単純な体躯の大小も同じこと。
刃を持つ大型ジフ。正常な判断ができるなら、誰も立ち向かおうとは思わない。
もっとも、立ち向かうどころか、一番嫌いなものを披露しようというのだから、正常かどうかなどここでは問題ですらなかった。その上でまだ終わらない。肝心の歌う者が申しわけ程度の鎧として今日も作り出した
見た目より硬い薄膜が主人を包んでいるのは昨日と同じ。けれど今日の
「
姫の歌が佳境じみたところに入る。
【 なみだ流すなら溺れるように なにもおさえたりしないで 】
【 あなたの鼓動のいちどいちど 雲のかなたにとどけるから 】
オベリクが前に出る。彼はぼくの勝算を尋ねもしない。最初の舞台で彼が言ったとおり、試しもしないがアテにもしていないのだろう。
ぼくとしてもそうでないと困る。対策はしてきたものの、勝算と呼べるかは怪しい。ジフの布陣を見てトドメを刺された気分だ。
それでも、逃げる気にならないのはなぜか――
いや、逃げには徹するつもりじゃないか? なんだろう、今の自問は。不意に浮かんできたけれど、よくわからない。考えこんでいる時間もない。
樹木より上の高度にいるオベリクは、すでに中型と交戦を始めていた。前回より数自体は少ないけれど、中型が複数いれば小型は寸鉄の射程圏内を次々素通りして降りてくる。
ぼくは息を落ちつけ、両手のものを改めて握りこんだ。
左手には、鞘に収まったままの自分の長曲剣。抜こうとさえしなければ、柄を握っていてもあの感覚は訪れない。事故ですっぽ抜けるかもしれないという可能性もつぶしておかないといけないので、今日は
右手には、拾った石。およそこぶし大の、野原にいくらでも落ちているような。
これは半信半疑での賭けだ。うまくいかなければどうするかも思いついていない。
ジフに魔法は効かないけれど、魔法をまとわない物理的な攻撃はすべて効く。木製のものや宝石なんかは元から魔法を多く含んでしまっていたりするけれど、ただの石ころは鉄に近い。
ただし――ぼくは石ころを、軽い力で垂直に投げあげた。
先陣を切ってきた小型の
魔法使いでも怪力自慢でもないぼくが、ただ手で投げてぶつけたところで石はジフを貫けない。賭けにもならない。なりうる道があるとすれば――
視界に石ころが落ちてくる。ぼくは地に足をねじこむ。
カン、と鳴った音は、お世辞にも小気味いいというほどではなかった。
けれど、ほとんど同時に目の前のジフの体がちぎれるように吹き飛んだ。
「……効いた!」
一拍、息継ぎの分だけ声が遅れる。
仲間の消滅に戸惑わない後続のジフたちが、軌道を乱さず迫ってきていた。ぼくは急いで服のポケットから新しい小石を取り出し、ふたたび鞘ごしの剣で打ち飛ばす。ふたつ同時に飛ばして、二体に風穴があいて同時に消し飛ぶ。
ファゾさんが見たら呆れるでは済まないだろう。けれど鞘打ちの石つぶては、射程はあまり稼げなくても威力は申し分なかった。一度成功すればくり返しだ。次から次へと石を拾っては打ち出し、接近するジフを片っ端からつぶしていく。
中型も一体抜けて降りてきた。ぼくは内ポケットに入れておいたとっておきを取り出し、すぐに打ち出す。
オベリクの寸鉄。三日前にここで投げっぱなしにされていたものをさっき拾った。
小石よりもずっと高く澄んだ音を残し、寸鉄は小型数体をも貫いて中型に直撃した。人間ほどの大きさの体の半分近くが吹き飛ぶも、落ち葉のようにフラフラ落下し始めただけで完全には霧散しない。ただぼくがもう一本寸鉄を出そうとしたところで、中型の真上にオベリクが降ってきた。
「どーん。なんてね」
突き刺した短剣をすぐに抜き、遮光眼鏡の長身男が完全に霧散していくジフの上から飛び降りる。
「やるねえ、ジークくん。まさに〝すごい剣さばき〟だ。追加をあげよう」
彼は大げさな身振りで驚いてみせた直後、いつ取り出したのかわからない両手いっぱいの寸鉄をぼくに向かって投げた。
放物線を描くゆるい軌道。攻撃の意図はないだろうけどぼくは面食らう。思わず促されたまま剣を構え直し、降ってくる寸鉄をひとつ残らず打ちあげていた。
図らずも、打音の連なりはニーベルの歌に乗って軽快に響く。
向きが狂って自分に当たる可能性も気にせず、オベリクは悠々空を見あげる。
ぼくらを飛び越えてニーベルに直接向かおうとしていた中型二体と小型の一群が、まとめてかき消える。
「こりゃ楽チンだ。おまけに愉快。見せる芸として稼げるんじゃないか? よかったね、キミ。これでもう食い
「ッ!? オベリクさん!」
言いかえしたいいろんなことを全部まとめてにらんだつもりが、ぼくは彼の名を叫んでいた。焦り一色の声が出たけれど、彼なら間に合うはずだとも確信する。低空の深い霧を突き破って、二枚刃の大型ジフが、彼の死角から急接近していた。
なのに――彼は怪訝な顔をした。
ほんの一瞬だけだとは思う。それでもぼくは彼が首をかしげるのをはっきり見た。まるで旋律の狭間に落ちた大胆な
手を伸ばす。足は自然と踏みこんでいる。
オベリクも振り返るけれど、すでにジフの間合いにいる。遮光眼鏡と横顔のすき間から覗いた細い目が、初めて見る大きさにひらいていく。
ぼくは彼の袖をつかみ、引きつけて、入れ替わるように前に出た。
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