人間国宝の漆器

島尾

人間国宝と自分的宝

 人間国宝の漆器をこの肉眼で見たのは、木曽漆器館でガラス張りの向こうに展示されていた数点であった。もう名前を忘れたものの、作品は覚えている。一番良かったのは、金と銀、それに螺鈿で装飾された大きめの器であった。もちろんこれは個人的な見方で、他の作品を気にいる人もいるのは当然といえる。朱色一色の盆、朱色に花の沈金が施された弁当箱みたいなやつ。ほかにも2作品ほどあったと思う。


 漆器館に訪れる前、工房で職人のじいから木曽漆器のいろはを話して頂いた。漆自体の話をされていた際、即身仏になる前に土の中で坐っている僧が漆を飲んでいたことを聞いた。私はややKY気味に「まずそうですね」と味について確かめた。爺は「まずい。筆で漆を塗るとき、口でなめるとかぶれない。それは水分が多いためであり、むしろ水分の少ないほおなどに間違えて付けてしまうとかぶれる。又、尻がかゆくなる」と言った。私は痔を持っているので心配になった、なぜならば薄々、漆塗り職人になりてぇと思い始めていたゆえだ。その欲はその尻の話を聞いた今も消えていない。


 職人爺に話を聞く前、道の駅で丸い蓋付きの器を買った。黒スキ、という塗り方であった。それで職人に「この黒スキとは何か」と尋ねると、「一回漆を塗ってそれを拭き取る。また塗る。また拭き取る。それを繰り返す。その回数が多くなると値段が上がる」等の話になり、私の購入した漆器を良品と評した。私には見る目がある、とのことだった。

 

 人間国宝の器は美しいが、何個も並ぶと順位付けをしようという本能的で邪な考えがわく。対して道の駅の純朴な木目の見える椀は、4つ並んでいて色違いだっただけであって、そこに優劣を付けようとは思わずただ犬猫を撫でかわいがるように見ていた。そして自分が一番美しいと思ったのは、人間国宝のものではなく自分が買って職人爺に見せびらかした、誰のか分からない作品である。

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人間国宝の漆器 島尾 @shimaoshimao

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