第4話 最後の晩餐

 サハラの温度差は大きい。昼は四十度もあったのに夜は十五度ぐらいまで下がる。氷点下にいくこともあるらしい。我のような人智を超えたペンギンならたやすいが人間にとってはさぞ苦しいものだろう。エンペラーは厚着にいつの間にか着替えている。しかしながら同種族のはずのペンの助氏は今にも泣きそうな目で完全に凍り付いている。加えて先ほどから我すらも寒気がしている。理由は今目の前に出された夕食にある。皿にのせられたのは香ばしく紅色の新鮮な肉なのだが、やはりどうみても先ほどのヤギなのである。確固たる理由としては皿の端に例の角が飾られている点である。果たしてこれがこの民族の文化なのか、この家独特の風習なのかは判断しかねる。そして、寒気がするというのはなにも現代人の様に加工食品ばかりを食べ、動物まるまる食べるのがショッキングという陳腐な理由ではない。新鮮な命をいただくというのは南極でも自然の摂理であったし、生きていくためには当たり前の所存である。ではいったい何が恐怖の根幹か。あのヤギが食されるのが意味するのは我らペンギンも食される射程に入っている可能性があることである。つまり、今、食物連鎖の下位にいる我らは上位にいる人類のいい肉になるかもしれぬ。そんなことがあってはならない。ペンの助のようなサブキャラならまだしもこんな中盤で主人公が死ぬのは読者もなんとも言い難い気持ちになること間違いなしである。

 そんな食物連鎖の恐怖におびえ、本来平気な寒さもより一層寒々しく感じる。ここにいては食われる。逃げろ。そう本能が泣き叫びながら訴えてくる。そしてこの恐怖に花を添えるのがエンペラーの妻、皇后の顔である。何を隠そう、たいそう見た目がいかつく怖い。皇后は能面の般若のような顔で、目がぎんぎんしており、今にでもペンギン肉とされてしまいそうだ。我の両フリッパーは先ほどから無意識に小刻みに震えている。

 肉となったヤギにほれていたペンの助への精神的ダメージは大きいようでまさしくこの場にはお通夜のような空気がながれている。

 そんな中、我は良い策を思い付いた。我も般若の顔をすることである。ということで、くちばしを横に最大限広げ、眉間にしわを寄せ、ありもしない犬歯をあるかの如くむき出しにしている。流石に般若皇后も同族を食おうなどとは思うまい。万が一、食されそうになればペンの助を二秒以内に献上する予定である。ただし、ペンの助の尻尾は個性が強く食べずらかろう。獲物に食べられぬよう毒をもつ小動物がいるように、ペンの助もまた残念な尻尾に毒をもっているのである。

 顔と尻尾に毒をもったペンギンたちにエンペラーが何か話しかけてきた。おそらく肉を食べないのかと聞いているのだろう。皇帝からのお達しである。覚悟を決めて食うしかない!


 晩餐も終盤。ヤギの肉は実に美味であった。口の中でとろけて、風味もある。ペンの助も序盤はためらっていたものの途中からは普通に食っていた。ただ我は気づいてしまった。これは我らペンギンにうまい飯を食わせ養殖しているのではなかろうか。ペンギンの養殖はあまり聞いたことがないが、この般若皇后ならやりかねない。先ほどから皇后とエンペラーがごにょごにょ話し合っている。これは、我らをどう調理するかを話し合っているに違いない!まずい!ペンの助を差し出す準備をしなければ!ということで我は般若フェイスをしながら逃げ惑うペンの助の尻尾の毛を包丁を研ぐようになで、少しでも見た目を整え、毒を殺菌することにした。

「クワ!クワ!(なにすんだ!俺の尻尾を触んな!)」

「クワクワ!(頼む!お前の尻尾をもっと綺麗にさせてくれ!一生の願いだ!)」

ここで変顔をしながらもう一匹の尻尾をなでるという地獄絵図を目撃している般若皇后とエンペラーの会話をお見せしよう。

皇后「やっぱりあのペンギンおかしくない?そもそも、腐った水とキムチ持ってる時点でやばいんだけどさ。なんか病院とかにつれていくか、野生に返すべきなんじゃない?」

エンペラー「いんやあ、野生に返したらまた干からびるだけだって。病院につれていってみるかなあ」。この二人にペンギンを食すという考えは一切ないようだ。そうこうしているうちに時は過ぎ、寝る時間が来た。

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