第3話 もう一匹の

 よくよくみるとゲルの敷布団の中であたかも人間のようにすやすや寝ている鳥類がいる。あれは…。我は即座に布団を剥がし、叫んだ。

「クワ!クワ!クワ!!(ペンの助!こんなとこでなにやってんだ!)」

 寝起きのペンの助は売れない芸人が寝起きドッキリを仕掛けられたような顔をし、動揺するもすぐに我を認知した。それもそうだろう。こんな砂漠に我とペンの助以外のペンギンがいれば世も末である。たった三四日、文章量でいうと約二千文字の間離れ離れになっていただけなのでたいした感動も湧かない。というか、遊牧民のところで居候になるのはルールを破っているのではないだろうか。

「クワ?!(うわ、お前もここに来たのか。なんだ、砂糖水で永住できるんじゃなかったのか?あれは嘘か?もうリタイアか?甘党さんよお。)」

どの口(くちばし)が言っとんねんとツッコミを入れたくなる。そもそも、我は右フリッパーに砂糖水(飲みかけ)を持っているがペンの助は持ってない。

「クワ、クワー?(ペンの助よ、そなたのパートナーの韓国キムチはどこにあるのだ?)」と質問してみると、ペンの助はしばらく硬直し、ぱっとひらめいたかのように飛び起きて外に向かう。我はそのペンの助のなんとも言えない尻尾についていく。ここでペンの助の尻尾について語ると、彼の尻尾の毛は分散しており、他のペンギンに見ない稀な形をしている。毛の一本一本が意思を持っているかの如く広がっている。個人主義がうたわれている現代でもこれほど個人の意思を貫いているのは彼の毛ぐらいであろう。

 外にはラクダエンペラーの引き紐を棒に括り付けているおじさんエンペラーがいる。エンペラーの頭頂部には夕日がかかり、赤く輝いている。逞しい、流石我が皇帝!するとペンの助は唐突におじさんエンペラーに飛びつき、民族衣装の腹部にフリッパーを入れ、がさごそと漁り始めた。エンペラーに何たる無礼を!と怒りを募らせていると何かでてきた。それは韓国キムチであった。しかもプラスチック容器にはまだラベルがついていることから一切口にしていないことが分かる。だがそんなことよりもだ。エンペラーの服からキムチがでてきたということが意味するのは実に「エンペラーは砂糖水ではなくキムチを選んだ」ということだ。これは実質的に辛党の勝利、我の負けである!なんと…。言葉を失ってしまう。我は今日一番のショックを受け、すべての羽毛が逆立っているのが分かる。(のちに聞くところによるとキムチは無理やりペンの助によって入れられたそうだ)

 我が両膝をつき、頭を抱え「クワアアアッ!!(くそおおお!!!)」と泣き叫んでいると黙れというように「メエ~」と言われた。聞こえた方を見るとエンペラーに強引に引っ張られているヤギがいる。ただ、そのヤギはきわめて容姿が綺麗である。なんとかわいらしいのだろう。声も先ほどのラクダの悪声に比べれば数千倍耳によい。そして毛並みもあのペンの助の主張の激しい尻尾に比べれば数億倍は整っており、美しい。そのヤギを鼻の下を伸ばしてみていると急にヤギが自身の角をもって暴れ始めた。しかし、さすがはエンペラー、力をもってしてヤギを強引に引っ張りどこかへもっていく。はて、どうしてヤギは必死にあれほど抵抗しているのだろうか。ふと隣をみてみると右フリッパーに韓国キムチをもったペンの助がすでにいなくなったはずのヤギの方を見てボーっとしている。どうやらこいつのタイプだったらしい。 もしかしてペンの助と見知らぬヤギのラブコメが始まるのかなと思った諸君!そんな地獄絵図はみせないとここに誓おう。主導権は我にあり!

 そうこうしているうちに日が落ち、夜が来た。一日にうるさいペンギン二匹を拾うとは、おじさんエンペラーも不運なものだ。


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