第2話 光り輝く我が皇帝
またグモオオオと音がする。仮にこの音がASMRとしてYouTubeにあげられれば再生回数は百回いかないだろうという絶妙な音だ。と、そんなことを考えていた次の瞬間。ヌメッと気持ち悪く、ざらざらした生ぬるいものに顔面が覆われた。
「グワッ!!(キモッ!!)」と思わず声に出てしまった。すぐさま体を起こし周囲を見渡す。するとブンッといい、上から生ぬるい空気がかかる。それはラクダの息だった。
我は運よく遊牧民と遭遇することができた。優雅な「ラクダエンペラー」の隣にはいい感じに日に焼けた「おじさんエンペラー」がいる。頭頂部はなんとも言い難いほど砂漠で、サハラの太陽が見事に反射されている。物理的にも神々しい(なお、我は今後、助けてくださった遊牧民の方に敬意を示すためエンペラーと敬称をつけ呼ぶことにした)。加えてジェントルマンであり、ミルクをくれた。もうなんとこの恩を返せばいいのか。我の左フリッパー(翼)か臓器の一つや二つ献上しても返しきれぬ。これで何とか生き延びられそうだ。たださっきから少し問題がある。我が
「クワッ、クワクワクワッ!(我は南極から来た大統領候補です。助けてくださりありがとうございます!ただご迷惑を承知ですが、今晩止まるところがないので宿を貸していただけないでしょうか)」と必死に訴えても理解してもらえない。ペンギン語を習得していないとは。
いや、もしかするとこちら側の要求は理解しているが、おじさんエンペラー側には我を引き取るメリットがないではないかと反論しているのかもしれない。成程、我としたことが何たる失態。我の政界で培われた交渉力をここでお披露目してやることにした。ということで左フリッパーに砂糖水(飲みかけ)を持ち、真剣な眼差しで相手の目を金剛力士像のごとく凝視し、光輝くおじさんエンペラーに演説する。
「クワッ!クワ!クワア!(光輝く我が王よ!これは南極の砂糖水です!なかなか手に入らない代物で、すごく、すごーく価値があるものです。加えて次期大統領の飲みかけであります!保存しておけばさぞ高価になるでしょう!コレクションにしても良し、この場で飲んでも良し。これが今晩の対価であります!どうぞお受け取りください!)」
エンペラーに砂糖水を差し出すと鼻をつまみ、こっちに持ってくるなというようなというそぶりを見せ、全力で抵抗してくる。全く理解してくれていないではないか!
このおじさんエンペラーは素晴らしい方だが、すこし教養が足りていない。南極に帰ればペンギン語の教科書を贈呈しよう。なお、我も彼の言っている言語は全く分からない。
必死に右フリッパーを動かし回すこと実に二分。我が死にかけのペンギンのものまねをしたからか慣れた手つきでラクダの上に乗せてくれた。おじさんエンペラーは下でラクダを紐で引っ張っていってくれる。要するところ我ことペンギンと、ラクダエンペラーことラクダと、おじさんエンペラーことホモ・サピエンスの三種族がコラボレーションしている現状である。
しかしながら、よくおじさんエンペラーは我を受け入れてくれたものだ。普通砂漠にペンギンがいたら動揺の一つや二つしても良いのではなかろうか。やはり冷静さがエンペラーには携わっていたのだろう。いやあ、流石我が王よ!
ラクダに乗ること二十分ほど、なにやらテントに似たものが見えてきた。おお!あれがゲルというやつか!ラクダからぴょんと降り、深々と礼をした後に中に案内してもらう。入ると我の先ほどの疑問はすぐに消えた。我の目の前には見慣れた先客がいたのだ。
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