2-3 モブという言葉の意味を思い出して欲しい

「私たちに記憶があるのは女神様の配慮なの?」

 フローラの問いにエンジェリカは頷いた。


「ディラン、安藤宏一の記憶をリセットすることも考えたけど、すごい執着だったからね。なにかのきっかけで思い出して、暴走されても困る。それなら鈴もこちらに転生させて、こちらの世界で再会させた方が安全だろうと判断されたんだ」

「そのために乙女ゲームの世界作っちゃったの?」


 神様だから出来るだろうけど、ディラン一人を抑え込むためにゲーム世界を再現するとは規模が大きい。それだけディランの暴走は困るということだろうか。我が彼氏兼幼馴染みながら恐ろしすぎる。

 フローラが震えているとエンジェリカは首をかしげた。ちょっとした動作だが小動物みたいに可愛くて、さすが天使と心の中で絶賛する。


「いや、もともとあのゲームがこちらの世界を元に作られていたから、ゲームの登場人物と同じ人間になるようにちょっと弄っただけだ」

「えっ!?」


 フローラがあまりの衝撃に固まっている横で、ディランは「ふむ」と顎のあたりに手を当てて何かを考える様子を見せた。


「乙女ゲームの制作者が元々こちらの人間だったということか?」

「……君、フローラが関わらなければ頭いいんだね……」


 エンジェリカが残念なものを見る目をディランに向けた。ディランはなぜか誇らしげである。全く誉められていないと思うのだが、本人的にはいいらしい。


「ディランの言うとおり、制作者は元々この世界の人間。ディランと同じく、魔力値をリセットするために地球に転生していた」

「記憶は消していたんだよね?」

「表面上の記憶は。だけど、魂に刻まれた記憶は私たちでも手を出せない。下手に手を出すと魂が壊れてしまう」


 真剣な顔でエンジェリカはいう。なんとなくフローラは自分の胸に手を当てた。魂というものをフローラは感じ取ることが出来ないが、繊細であり、自分の中心にある大切なものであることは想像できる。


「ゲームの制作者は前王の時代に迫害された闇属性だった」

 フローラははじかれたように顔を上げた。ディランの肩がかすかに揺れる。


「迫害された闇属性たちの怒りや憎悪は強くて、記憶をリセットするのにもずいぶん時間がかかった。それでも全ては消えなかったんだろう。地球に転生した際に、魂に残った憎悪や後悔を浄化するために、乙女ゲームのシナリオを作ったのだろうと女神様は言っていた。もちろん無意識の行動だろうが」


 そういってエンジェリカは目を伏せる。闇属性迫害に対して思うところがあるのだと、静かな瞳が告げていた。


 君つむには様々な攻略対象がおり、誰を選ぶかによってイヴの立場は変わる。ローレンスを選べば王妃に、他国の王子を選べばアルヴィオン王国を旅立っていく。だが、どのルートでも闇属性差別の話が出て、闇属性差別をなくそうという方向にイヴと攻略対象たちは動いていく。


「差別が消えてくれることを願って、作られたゲームだったの……」


 フローラの呟きにエンジェリカは頷いた。

 胸が締め付けられる。前世でゲームをプレイしていた時だって、なんで闇属性を差別するのだろうと疑問に思った。たまたま闇属性に生まれただけで、彼らは何も悪くない。差別が彼らの居場所を奪い、悪人にならなければ生きられない状況に追い込んだ。だからイヴが差別をやめさせようと決意するエンディングを見るたびに安心したのだ。

 これでハッピーエンド。君つむはゲームだから、登場人物は幸せになることが確定しているし、ゲームだから、登場人物がどんなに辛い目にあっていても見守ることが出来た。だって、ゲームなのだ。現実には存在しない。そう思っていたから、耐えられたのに……。


「酷い。なんで前王は、あんなに酷いことを出来たの」


 差別のために死んだ大勢の闇属性たち。復讐を誓ったディラン。同じく復讐のためにディランと共に戦う闇属性たち。彼らの傷はゲームを盛り上げるための作り物ではなく本物。それに気づいてしまったら、フローラは叫び出したいような気持ちになった。気づけばボロボロと涙がこぼれ落ちていて、制服に染みが出来る。エンジェリカが気遣わしげにフローラの背を撫でた。


「鈴……フローラ、泣くな。君が泣くと俺はどうしていいか分からない」


 気づけばディランが目の前にしゃがんでいて、両手でフローラの頬を包む。心底困った様子で眉を下げる姿は、前世の宏一と同じだった。鈴が悲しくて泣いたとき、宏一はいつも困った顔をしていた。


「ねぇ、エンジェリカ。宏一も地球に転生する前、差別にあったの?」


 宏一の手からそっと逃れて、涙をぬぐったフローラはエンジェリカに問いかける。エンジェリカは気まずそうに頷いた。


「乙女ゲーム通りの世界にしたのは、安藤宏一の執着や未練を断ち切るって理由もあったけど、闇属性差別を終わりにしたいっていう女神様の希望もあるんだ。あのゲームはどのルートでも闇属性たちを救おうとしていたから。女神様だって差別に心を痛めていた。けれど、女神様が手を出してしまったら、この世界のバランスが崩壊する。だから、君たちに託そうと思ったとおっしゃってた」


 エンジェリカはそういうとフローラの手を取った。


「舞台は整えた。フローラはゲームが大好きで、ゲームのシナリオを全部知ってるって聞いた。だから、必ずハッピーエンドに導けるって女神様はおっしゃってた。君たちが闇属性にとって希望の光。どうか、罪のない彼らを救って」


 狙い澄ましたように日差しがエンジェリカを照らす。元々光輝く美しさが日差しの効果もあって、さらにまぶしく、幻想的に輝く。

 目の前の存在は女神から使わされた天使なのだと理解する。女神様からとんでもない無茶ぶりをされているということも分かった。それでもフローラの答えは決まっている。


 ぐっと目尻に力を入れる。最後に涙がひとしずくこぼれたが、これが最後だ。挑むようにエンジェリカを見つめて、握られた手の上にフローラは手を重ねた。


「絶対、ハッピーエンドにする。イヴも攻略対象も闇属性も、全員まとめて私が幸せにする」


 何度も何度も夢に見た。もしも大好きな乙女ゲームの世界に転生出来たら、漫画やアニメのように展開を自由に動かす力が自分にあったら、絶対に悲劇なんて起こさせないのに。全員が笑って終わられるエンディング。最高のハッピーエンドに皆を連れて行くのに。

 それはただの妄想。乙女ゲームの世界にいけるはずがないと思っていたからこそ出来た、無責任な空想。でも今、フローラは乙女ゲームの世界にいる。女神様に差別をなくせなんて重大過ぎるミッションを言い渡されてしまった。

 荷が重い。出来なかったらどうしようという不安もある。だが、それ以上に、絶対に成功させるんだという強い気持ちがあった。


 ディランはフローラとエンジェリカの様子をじっと見つめている。心配そうにフローラを見つめる姿に宏一の面影がある。だからこそフローラは負けてなるものかと思った。

 前世の推しであり、前世の最愛の人が不幸になる未来なんて、全て潰してやる。


「……ちょっとまって、モブには大役すぎない?」


 冷静になった途端、熱していた熱が一気に冷める。

 フローラの立場はモブ。ヒロインのイヴじゃない。乙女ゲームのルート通りに話を進行させるためにはヒロイン、イヴの協力が必須だ。だがしかし、今のところイヴとの接点は同じクラスというだけ。向こうはフローラの存在すら知らない可能性がある。

 前途多難すぎない? とフローラが一人で呆けていると、エンジェリカがフローラの手をぎゅっと握りしめた。


「大丈夫! フローラのサポートのために私はきたんだから!」


 至近距離で見ると目が潰れそうな輝きだった。天使級美少女の破壊力はすさまじい。思わずフローラが片腕で顔を覆っていると、ディランがフローラの顔を無理矢理動かした。そこにはどアップの推し。


「俺がいるから大丈夫。そこの自称天使よりも有能だ」


 自称天使という言葉にエンジェリカが騒ぐ。隣がうるさいし、無理矢理顔を動かされたせいで首は痛いしで、言いたいことは色々ある。だが、フローラの心をしめていた気持ちは一つ。


「いや、ディランが一番大丈夫じゃないからね!?」


 ディラン・クーパーは悪役令嬢も真っ青な死亡フラグ特盛りキャラである。

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乙女ゲーのモブに転生したら推しの様子がおかしい 黒月水羽 @kurotuki012

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