2-2 女神様は半泣きだったらしい
女神は世界を創る時、人間に神の力を一部分け与えた。それが魔力であり、魔法である。世界を生きるにあたり、力になればという祝福の気持ちで与えた力だったが、それは女神にも予想外の事態を引き起こした。
「人の身でありながら、魔力が馴染みすぎて、神に近づいてしまう。そういう人間がたまに生まれてしまうんだよね」
裏庭のベンチにフローラとエンジェリカは並んで座り、エンジェリカの講習が始まった。フローラはエンジェリカの真っ白な翼、軍服が目に痛く、まぶしそうな顔をしているし、ディランはベンチに座らず二人の前に仁王立ちだ。
真面目に聞く態度ではない二人を前にしてもエンジェリカは真剣な顔で話し続ける。真摯な表情はいつもより大人びて見え、知らない人のようで、フローラは落ち着かない気持ちになった。
「神に近づくとどうなるの?」
「人間と女神様の大きな違いは魔力を扱うための器官の有無。女神様は全ての属性を自在に操れるけど、人間は一つ、優秀でも二つが限界。それ以上になると魔力を扱いきれずに死ぬ」
教科書を読むような淡々とした説明にフローラの顔は引きつった。
「生まれつき、魔力を扱える量も決まっている。人と女神様では魔力量の容量が全く違う。人間が水瓶なら、女神様は湖くらい」
「違いすぎるでしょ……」
フローラの呟きにエンジェリカは頷いた。
「それだけ器の違いがあるのに、女神様に近づいた人間は、無意識に女神様と同じように魔力を溜め込もうとする。そうすると……」
「水瓶が壊れるか」
ディランの言葉にエンジェリカは頷いた。
「器が壊れても集めた魔力は残る。制御する器がなくなった魔力は暴走して、災害を引き起こす。魔力災害のこと、家庭教師に教わったでしょ?」
エンジェリカに問われてフローラは頷いた。幼馴染であるエンジェリカはフローラが家庭教師に勉強を教わっていたことを知っている。まだ記憶を思い出していなかったから、あまり真面目に聞いていなかった。私のバカとフローラは過去の自分を叱ったが、魔力災害という名前くらいは聞いたことがある。
「数年前にもスラム街の一画が吹き飛ぶ事件があったな」
「えっ、そうなの」
驚きディランを見ると、ディランは誇らしげに胸を張った。褒めてと言わんばかりである。前世はもうちょっとクールぶっていたと思うのだが、一体何があったのか。
そんなディランにエンジェリカは残念なものを見る目を向けた。
「意外と勉強してるんだね」
「この世界の何処かに鈴がいるんだと確信していたからな。世界のことはできるかぎり学んだ。今度こそあらゆる事件事故、病魔から鈴を救わなければいけない」
「重っ!? 前から重かったけど、さらに重くなってる!?」
もしかしなくても、自分が事故で死んだせいかとフローラは戦慄した。もともと過保護で、鈴以外とのコミュニケーション能力がゴミみたいな依存系だったが、唯一コミュニケーションがとれる相手が死んだことで変な方向に振り切れてしまったらしい。なんで私、こんな残念な人を残して死んでしまったんだと、昨日とは違う方向で後悔の念が押し寄せる。
「普通に引く……」
そんなフローラとディランを見てエンジェリカは引いていた。隣に座っていたのに、フローラとも少し距離を空ける。今世の幼馴染に引かれてフローラの心は傷ついた。
「だが、女神に近づいて魔力が暴走することと、俺たちが前世の記憶を持って生まれ変わったことにどんな関係がある」
それそうになった話を元に戻してくれたのはディランだった。脱線する原因もディランだった気がするが、深く考えないことにする。
なにより、ディランの疑問はフローラも気になっていたことだ。
「属性というのは魂の質によって決まる。念のために言っておくと、心根の清らかなものは光属性に、邪悪なものは闇属性になるというのはデタラメ。魔法の属性と性格の悪さは関係ない」
エンジェリカの言葉にフローラは安心した。王国では闇属性は生まれつき邪悪な性格をしているという考えが根強い。ゲームをプレイしていたフローラはそれが勘違いであることを知っているが、天使であるエンジェリカがキッパリ否定してくれたのは心強い。
「属性は生まれ変わっても変わらない。それどころか、生まれ変わる回数が多ければ多いほど適正値があがり、魔力暴走を引き起こしやすいことが分かった」
想像もしていなかった事実にフローラとディランは目を見開いた。エンジェリカは二人が真剣に話を聞いているのを確認すると、続きを話し始める。
「だからといって魂を消滅させて、その分新たな魂を生み出すなんて残酷なことを女神様は出来なかった。だから、魂に適合した魔力を一度ゼロにするために、魔法が存在しない世界に魔力適性の高い人間を転生させることにした」
「えっと、つまりその、魔法が存在しない世界っていうのが……」
「フローラが前世で生きていた世界。フローラは地球の日本ってところで暮らしてたって女神様から聞いた」
衝撃の事実にフローラの思考は停止した。驚いているのは自分だけじゃないと確かめるために、慌ててディランに顔を向ける。
ディランは眉間にシワを寄せてなにかを考えていた。ディランらしい険しい顔なのに久しぶりに見た気がする。
「俺の適正は闇。前世で俺が極めようとしたのは黒魔術……」
「そう。それが今回、君たちを記憶を残して転生させた理由」
エンジェリカは心底疲れた顔をして、ディランを見つめた。
「本来なら一生、人によっては数回の人生を過ごして魔力をゼロにしてから、こちらの世界に戻す。けど、君は魔力がゼロになる前に無意識に魔力を使おうとした。フローラと自分を転生させるために、魔法のない世界で、魔法を創造しようとした」
エンジェリカは険しい顔でディランを睨みつけた。美形の怒り顔はとても怖い。フローラは青い顔でエンジェリカから距離をとる。
「世界の仕組みを壊す行為だ。女神様は慌てて君をこちらの世界に呼び戻した」
「あのときの地震は女神が引き起こしたってことか」
「女神様を悪く言わないで。最初から起こる予定のものを利用しただけ。君が確実に死ぬように、ちょっと手は加えたけど」
ディランはエンジェリカに詰め寄った。フローラは慌てる。理由はどうあれ、女神に殺されたと知って怒らないはずがない。
「宏一くん! 怒るのはわかるけど、エンジェリカは悪くな……」
「感謝する! おかげで鈴とまた会えた!」
「君が怒るのも最もだ。理由があるにせよ、君を殺したことはじじ……」
三人は思い思いのことを口にして、同時にあれ? という顔をし、顔を見合わせた。中でもディランはフローラとエンジェリカに向けて「なにいってんだ」という顔をしている。こっちのセリフだとフローラ、おそらくエンジェリカも思った。
「……宏一くん、殺されたこと怒ってないの?」
「自力で転生するには時間がまだかかりそうだったからな。怒る理由がない」
フローラとエンジェリカは「マジかコイツ」という顔でディランを見つめた。
前々から個性的な幼馴染であり彼氏だとは思っていたが、ここまでではなかった。自分の死がここまで宏一に影響を与えたと知って、フローラは天を仰ぐ。
「これ……私が悪いの?」
「どう考えても、フローラは悪くない。コイツがイカれてる」
「人を指差すな」
ディランは眉間にシワを寄せて腕組みしているが、怒るポイントがズレている。イカれていることについては自覚があるようだ。少し安心した。これで自覚がなかったらどうしようかと思った。
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